王族ともなれば食事は毒見が終わってからのものばかりですっかり冷めてしまっているのが通常だ。ここでジェスティード殿下は出来立ての温かい、それも串に刺して焼いただけの肉や野菜になぜか感動してしまう。束の間の自由を謳歌するジェスティード殿下にヒロインがかける言葉の選択肢によって好感度が変化する大事なイベントだ。そう、大事なイベントなのだ。神様風に言うならば「ここ重要!」な事なので2度言ってしまったが。
「……あれって、お忍びのつもりなのかしら?」
どうみても浮かれているジェスティード殿下の姿に私は首を傾げてしまった。エメリーも同意見らしく肩を竦める。
「本人はそのつもりのようですけれど、逆に目立っていますね。ご覧ください、露店の人達が真っ青になっていますよ」
「そうよね、あれじゃ全然忍んでないわ。なんでわざわざあんなにヒラヒラがいっぱいついた服なんて着ているのかしら?歩くたびにすれ違う人にヒラヒラが当たってすごく迷惑そう……。まぁ、ほとんどの人がジェスティード殿下の正体に気づいたのか野次馬もすごいけれど」
「あ、あそこで頭を抱えている騎士は王子の護衛ではないですか?」
「あれって、お忍びだって言われたのに全然想像と違ってたって顔かしら……」
なんだかその騎士達が少し哀れにも思ったが、私が助ける義理もない。ここは見なかった事にしよう。
「下手に見つかるとまたいちゃもんをつけられそうよね。少し遠回りして図書館にいきましょう」
「それが良さそうですね。人が集まりすぎると馬車が動けなくなりますし」
そんな感じで目的の図書館に着くまで大幅に時間をロスしてしまった。休日まで迷惑な王子である。
やっと図書館に到着した頃にはもうお昼近くになってしまっていた。入り口でブリュード公爵家の名前を伝えると「あぁ、あの加護無しの……」と受付の人間が呟いたせいでエメリーと護衛が殺気立ってしまったが。ついでにアオも受付を威嚇しようとするので止めるのも大変である。
「私は平気だから、みんな本を集めるのを手伝ってくれる?人の出入りに厳しいんだから怪しい人も入ってこないだろうし少しくらい離れても大丈夫よ。ほら、アオもいるしね」
本当はペット禁止らしいのだけど、そこはまぁ、権力を使わせてもらうことにした。改めてブリュード公爵家の名前の威力は凄まじいと感じてしまう。これまでフィレンツェアはその力を見境無く使っていたんだから警戒されても仕方が無いのだろう。でも、申し訳ないけれどアオと離れるのは嫌なのだ。
「アオが人間の姿になれたらその辺も気にしなくて良くなるのにねぇ」
それでも規則を破るのだからと手続きに多少手間取ってしまった。ペットが本や施設を汚したり破壊した時の弁償など云々かんぬんと話も長くたくさんサインもする羽目になってしまったのだ。毎回これを繰り返すのかと思うとちょっと辟易として思わずそんな事を呟いてしまった。
「お嬢様、空想生物はいても人間の姿をした守護精霊なんて聞いたことがありません。それに普通は守護精霊の姿はひとつだけと言われているんです。アオ様はトカゲの姿になれるだけでもとてもすごいことなんですよ」
「ごめんなさい、冗談よ。でもやっぱりアオはすごいのよね!さぁ、手続きも終わったし今日は勉強するわよー!」
静かにする事を条件に付けられたからか、アオは黙ったまま私を見ていた。それが少し気になりつつも時間に限りがあるので急いでお母様から教えもらった本を何冊も抱えて運んでいたのだが……。
ドンッ!!
本を積み上げすぎて前がよく見えず誰かにぶつかってしまい、よろけた拍子に抱えていた本がその場に散らばってしまう。しかも相手がその衝撃で尻もちをついてしまったようだった。
「ご、ごめんなさ……えっ!?」
慌てて謝りながら助け起こそうとすると、視界に入ってきたのはふわふわのピンクで。私は驚いて思わず声を上げてしまったのだ。
「いたぁ〜い!酷いわぁ!!」
驚くのも仕方が無いと思う。だって、少し前に確かにジェスティード殿下と街で露店を見ていたはずのヒロインがそこにいたのだから。
私が驚いた反動でなにも出来ずにいると、ヒロインはここぞとばかりにわっ!と両手で顔を覆って声を張り上げた。
「いつもあたしに意地悪ばかり……!今だってあたしに命令して本を集めさせていたのに急に突き飛ばすなんて酷いですぅっ!!」
「えっ、ちょっ……!」
ヒロインが騒ぎ出した事により館内にいた人間の視線が私に集まる。そして、その騒ぎを聞きつけた人物が姿を現したのだが……。
「何の騒ぎだ、ここは静かに本を読む場所だぞ」
そう言って私とヒロインの前に現れたその細身の人物は長い金髪を後ろに束ねて結び、薄い銀縁の眼鏡を人差し指でクイッと押し上げる。そしてレンズの奥からライトブラウンの瞳を細めて私を見てきたのだ。
その人物こそ、グレイス学園の教師でフィレンツェアの担任でもあるグラヴィス・シュヴァリエ。
攻略対象者のひとりである────。