それに私の悪評のせいもあり、ブリュード公爵家で働いているだけで色々と周りから八つ当たりをされるというのにエメリーは学園での私の立場をとても心配してくれていた。
「学園ではわたしのクラスにもフィレンツェアお嬢様の噂がよく届いておりました。下位貴族ばかりが集められたクラスでしたし、フィレンツェアお嬢様の事をあまり良く思っていなくてもわたしに陰口を言ってくるくらいで直接何かをするような阿呆はいませんでしたが……いえ、実はひとり問題児がおりました……」
エメリーが何かを思い出したように小さくため息をつく。どうやらエメリーのクラスにはあのヒロイン……ルルがいるらしいのだ。クラス内でルルを巡って派閥争いが起こっていて時々授業にも支障が出るのだとか。
「お嬢様の事に関しては、ハンダーソンさんだけが騒いでおりますね。睨まれたとか、挨拶をしてもらえなかった。それに嫌味を言われたと毎日のように似たような事を訴えていて、うるさいのなんの……。まぁ、便乗して陰口に華を咲かせる者もおりましたが。でも公爵令嬢と男爵令嬢では立場が違います。いくらお嬢様の事を加護無しだと思っていたからってハンダーソンさん自身の爵位が上がるわけではありませんのに、なぜ睨まれた事実だけでお嬢様を追い詰める理由になると思っているのか意味がわかりませんでした。
それに、ハンダーソンさんがお嬢様の婚約者である第二王子とこっそり逢瀬を重ねているのはみんなが知っているんですよ?お相手の第二王子がわかりやすくハンダーソンさんにご執心な様子だから表立って言えないだけで、人様の婚約者とふたりきりになったり過度に密着するなんて言語道断です。そんなこと平民だって知っております。お嬢様がハンダーソンさんを本当に睨んだり嫌味を言うのは当然ですよ。むしろもっと怒ってハンダーソンさんのご実家を訴えてもいいくらいです!」
昨日の話を聞いてエメリーはものすごく怒ってくれていた。それに同じ学園に通っていたのに私が湖に落ちた時に助けに行けなかった事を泣いて悔やんでくれたのだ。
「フィレンツェアお嬢様は本当はお優しい方だってわたしは知っています。だって、あんなに屋敷の使用人達の態度に傷付き、嫌われているのだとショックを受けておられたのに……それでもわたし達に罰を与えようなどなんて考えもなされなかったではないですか」
「それは……」
「これからは今までの分も誠心誠意お仕えさせていただきますからね!テスト勉強だって一緒に出来ますよ!……ほら、泣かないで下さい。わたしはやっとお嬢様の笑顔を見ることが出来て嬉しいのですから」
そう言ってエメリーはいつの間にか涙ぐんでいた私の目尻にハンカチを当ててくれる。
私は「……うん、よろしくね」と、今の幸せを噛み締めた。小さなフィレンツェアも喜んでいるみたいでくすぐったいような気持ちが広がった気がしていた。
あんなに乗るのが嫌だったこの馬車にいるのは、もう私だけじゃない。優しい侍女と、改めて付けてもらった護衛も御者の隣に座っている。
もうこの馬車は私やフィレンツェアにとって最高の乗り物になったのだと思ったら嬉しくて仕方なかった。
しばらくは心地の良い揺れを堪能しながらエメリーとおしゃべりをし、エメリーの守護精霊もすっかりアオと仲良しになっていた。雀の姿をした守護精霊がそよ風を起こしてくれるので馬車の中はさらに快適になっていた。
そして、窓から見える風景が華やかなものに変化していった頃に御者がにこやかに声をかけてきた。
「お嬢様、もうすぐ都市部に入りますよ!」
「うわぁ……っ」
学園やブリュード公爵家の周りはどちらかと言うと静かな森林が多かったし、フィレンツェアは商人を屋敷に呼び出して買い物をしていたのでこうやって都市部にやって来てどこかへ出かけるなんて事はなかった。まぁ、今までは護衛どころかお付きの侍女すらまともにつけられない状態だったからお父様とお母様が心配してあまり外出しないように仕向けていたという事実も昨日知ったのだが。しかしこれからは違う。こうやって侍女もいるし護衛もいる。なんだか世界が広がった。そんな気分だった。
露店がたくさん並ぶ通りにくると人が一気に多くなった。子供が飛びだしてきたら危ないからと馬車の速度がゆっくりになる。馬車の中から見るだけでも楽しくてついキョロキョロしていると……「「あ」」と、私とエメリーの声が重なった。
エメリーと同じ方向に向けられた視線の先には、なんとジェスティード殿下がいたのだ。そして、その隣には見覚えのあるふわふわしたピンク色の髪……やっぱりとは思ったけれど案の定ヒロインだ。まさか碌に変装もせず、明らかに婚約者ではない女を連れてこんな人前で堂々とデートしているとは思わなかったので驚いてしまったではないか。確かにゲームでもお忍びデートのイベントはあったにはあったが……。ゲームではちゃんと平民の姿に変装をしていたはずだ。そして護衛を振り切り逃げるとヒロインと露店を周り、初めての買い食いなどを経験する。