ジェスティードは第二王子。つまり、彼には腹違いの兄がひとり存在しているのだ。ジェスティードは正妃の子供だが、その兄は側妃の子供だ。血筋からすればジェスティードの方が上なのだが……この兄にはそれこそ“完璧”だと言わんばかりの才能があり、なによりも国王が側妃を溺愛していたと聞く。ただ側妃の出自に問題があるとかで揉めていたのを思い出していた。ちょうどその頃にジェスティードはフィレンツェアと婚約をし、ブリュード公爵家という後ろ盾と口うるさい貴族達を大人しくさせる資金を手に入れたのだ。こうして兄を蹴落とし、王太子の座に近づいたジェスティードだが自分のプライドを守るためなのかフィレンツェアへの態度は日に日に酷くなっていった。そして兄王子はほとんど顔を見せなくなり、体調不良を理由に母親である側妃と共に休養の為だと領地に引きこもってしまったのである。
一見するとジェスティードの完勝のように思えるが……実は初めて顔を合わせた時に兄王子はジェスティードに爆弾をひとつ落としていたのだ。
たったひと言の爆弾を。
「ジェスティードって、小さいな」と。
事実、兄王子は背が高かった。標準な子供の身長と比べてもとても高かったし逆にジェスティードは標準的だったのだが、その言葉はジェスティードに“コンプレックス”と言う塊となって重くのしかかってしまったのだ。しかもふたりの年の差はわずか数ヶ月だ。ふたりは確実に比べられていた。勉強、運動、顔の造形。そして背の高さまで。
同い年の腹違いの兄弟が顔を合わせたのはわずか数回であったし、その時は周りの大人がピリピリしていたので守護精霊はそれぞれ隠れていた。なのでクロも遠巻きにしか兄王子を見ていないのでどんな顔かはよく知らないが、強い魂であることだけは感じ取っていた。それに、あまり王太子の座に興味がなかったことも。
昔から王家の人間は魂が強く、守護精霊とも強固な絆を持ってきていた。結局兄王子の守護精霊はわからずじまいだったが、もし彼がその気になっていたらジェスティードがどんなにしがみついても軽くひっくり返されてしまうかもしれない。そんな気がしていた。
だからこそ婚約者であるフィレンツェアを大事にして欲しいのだが、恋は盲目というのか今のジェスティードの目は曇りきっているようにしか見えない。
『……ちなみに、フィレンツェアお嬢ちゃんのどこがそんなに嫌いなんだ』
クロを横目で見ながら毎朝のルーティーンをし始めたジェスティードは「ん?1、2、3……そんなの、オレより背が高いところだ!生意気にいつも見下ろしてくるんだぞ!」と吐き捨てるように言った。
確かにフィレンツェアの方が少しだけ背が高いが、わずか2センチ程の差である。しかもフィレンツェアはジェスティードに気を使って踵の低いパンプスやブーツをいつも履いていた。ジェスティードがそんな事実に気付くわけはないが。
『じゃあ、ルルお嬢ちゃんの嫌いな所は?』
「14、15、16……はぁ?そんなのあるわけ無いだろう!なにせルルは背は低くて可愛いし、笑った顔が可愛いし、声も聞いてると癒されるんだ!いつも俺の事を考えてくれていて、俺の幸せを願ってくれているんだ!俺とルルの邪魔ばかりしてくるフィレンツェアと違って俺を幸せにしてくれる……これこそが運命の恋で真実の愛なんだ!」
『そのフレーズは何度も聞いたが……』
悦の入った顔でルルの事を語り出すジェスティードはもはやクロの言葉など何も聞いていない。多少機嫌は直ったようだが、本当に大丈夫なのかと、クロはかなり心配だった。
王家の結婚は主に政略結婚だ。王子と男爵令嬢が結婚するのは到底無理な話だとクロにでもわかる。特に王太子候補となれば、それこそ現婚約者が大罪を犯した犯罪者にでもなるか歴史を塗り替えるくらいの事をしなければいけないのだ。フィレンツェアは確かに加護無しだが、それが罪になるわけではない。
ジェスティードが正式に王太子となれるのは卒業後だ。それまでに大きな問題を起こせばいくら兄王子が雲隠れしているからといってもどうなるかわからないのだ。特に女性問題で拗らせるなど言語道断である。
それはジェスティードもわかっているはずだと、クロは信じていた。
まさかずっと見守ってきたジェスティードが、ストレスの反動で結婚前に浮気という火遊びをするような男に育ってしまった事に若干ショックではあったが。それほどあのルルと言う男爵令嬢が魅力的だと言うのだろうか?一歩間違えば破滅の道になるかもしれないというのに……。そうならないように願うしかない。
ちなみにジェスティードがこんな早起きをしてまで毎朝何をしているかというと……。
「パーフェクトファングクロー!さっきの失言は許してやるから数を数えてくれ!息が苦しくなってきた……ひゃくいちぃっ!」
『だからクロだ!クロ!!仕方ねぇなぁ……。ほれ、102、103、104、105……』
これを続けると「背が伸びる」と巷で噂の運動を延々と繰り返していた。ジェスティードはワガママだ。婚約者に冷たい態度をとり浮気までする最低な男だが……実は素直で一途なところがある。それを知っているからこそ、クロはジェスティードを見捨てられないでいた。
だからこそ、学園にいる間だけのただの火遊びで終わってくれればいい。そう思いながらクロは数を数え続け、こっそりとため息をついていたのだった。
余談だが、ジェスティードの背はまだ1ミリも伸びていない。