「そうだわ!フィレンツェアちゃんにはアオちゃんがいるからもう加護無しなんて呼ばれなくなるじゃない!
しかもその守護精霊がドラゴンとなれば、これまでフィレンツェアちゃんを馬鹿にしていた奴らもきっと手のひらを返すわ!この事を王家に言えば絶対に大々的に発表してくれるはずよ。そうすればもうジェスティード殿下の婚約者に相応しくないなんて言われなくなるし、きっとジェスティード殿下もフィレンツェアちゃんに興味を向けてくれるわね!」
お母様のその言葉にドキッとする。王家にアオの事が知られたら私のスローライフ計画は終わりだからだ。お母様の言う通りこの婚約はフィレンツェアが熱望したのに今更婚約破棄したいなんて言ったらお母様の態度は豹変してしまうのだろうか?
初めて感じたお母様のぬくもり。優しい言葉。心から心配してくれる眼差し。もしかしたらやっと手に入れたそれらをまたすぐな失ってしまうかもしれない。
でも、それでも……!
「お母様……、その件についてお話があります。私に守護精霊が出来た事を誰にも言わないで下さい!私は……ジェスティード殿下と婚約破棄したいと思っています。どうか、私の最後のワガママを聞いて下さい……!」
「えっ……!」
私が勢いよく頭を下げるとお母様も周りの使用人達も言葉を失ったようだった。それに反応したかのように下げた視線の先に転がるお父様の体がビクッと仰け反る。
「確かに私はジェスティード殿下の婚約者になりたいとワガママを言いました……。でもそれは、ジェスティード殿下を愛していたからではなく王子の婚約者になればお母様達が私に興味を持ってくれるかもと期待していたからなんです。でも、湖に落ちて私は目が覚めました。そんなの何の意味もないって。それに、ジェスティード殿下には恋人がいるようで……きっと私は邪魔者になると思います」
さすがに神様や乙女ゲームの話なんて信じてもらえないだろうから出来ないが、湖に落ちた衝撃で「憑き物が落ちて生まれ変わった気分」であること、「アオの事がバレて騒ぎになるのが嫌」なこと、「ジェスティード殿下には他に好意的な女性がいる」こと。私とアオの前世の事はぼやかし、とにかく婚約破棄したいと伝える事にしたのだ。本当は王子の有責で婚約破棄したかったが、今はアオの事を内緒にしてもらうことが先だ。せめて無事に婚約破棄が成立するまで絶対にバレたくない。
「それは、本気なのね……?アオちゃんの事を隠すと言うことはこれからも加護無しと呼ばれ続けると言うことなのよ?それにもしも婚約破棄したとしたら、どんな理由であれあなたはキズモノになってしまう。また後から再婚約したいなんて言っても絶対に無理なのよ?」
「本気です!アオの存在が知られたらそれこそ婚約破棄出来なくなってしまいます!それに、ジェスティード殿下は私を側妃にしようと考えているみたいでそれも嫌なんです!
もし加護無しの娘の存在が公爵家の名前に泥を塗った事になるなら家から勘当してもらってもかまわな「そんな事、するわけないでしょう!」お母様……」
お母様は私を優しく抱き締めてくれた。わかってくれたのかと嬉しくなり顔を上げるとお母様がなんだかニッコリと笑っている。……目は笑ってないけれど。
「少し雰囲気が変わった気がしていたのは、湖に落ちた衝撃で“憑き物が落ちた”からとして……ジェスティード殿下に恋人がいるですって?貴族や王族の結婚なら政略結婚が当然なのだからフィレンツェアちゃんがあの馬鹿王子を愛していなくてもなんの問題もないけれど……あの阿呆はこんなに可愛いフィレンツェアちゃんと言う婚約者がありながら浮気しているってことなのかしら?しかも側妃って……どんな計画を立てたらそんな考えになるのかは謎だけれど、自分の国の法律も知らないのかしら。そこまで馬鹿にされて、それでもフィレンツェアちゃんは自分がキズモノになってもいいから身を引こうと……」
お母様の腕にきゅっと力が込められる。
「あ、あの……お母様?私は私の為に婚約破棄したいのであって……」
「いいのよ、わかってるわ。これまで散々フィレンツェアちゃんの気持ちを利用して我が家から資金を巻き上げていたくせに、結婚前から浮気なんていい度胸よね。あの馬鹿王子がフィレンツェアちゃんの事を加護無しだと馬鹿にしているのは知っていたわ。自分が馬鹿のくせに!それでもフィレンツェアちゃんの気持ちを優先していたけれど────」
バキッ!と、足元で破壊音が鳴った。恐る恐る視線を動かすとお父様の顔の横に小さな穴が空いている。お母様の履いているヒールの破壊力が恐ろしい。というか、もう少しズレていたらお父様の顔に穴が空いていたかもしれない。お父様、早く目覚めて!
「わかったわ、フィレンツェアちゃん。あなたの最後のワガママ……お母様が叶えてあげましょう!ブリュード公爵家に喧嘩を売ったらどうなるかとことんわからせてやるわ!」
その日、おーほっほっほっほ!!と悪役令嬢よりも悪役っぽい笑い声がブリュード公爵家に響いたのだった。