特に怪我はしていないと言ったのだが、念の為にと主治医に診察してもらい(これまたおじいちゃん先生で「普通に診察が出来るようになるなんて……長生きはするものですなぁ」と泣きながら診てくれたが)大丈夫だとわかった途端にこんな状況になってしまっていた。私の話も全然聞いてくれないし、さっきから衝撃的事実ばかりが暴露されていて困り果ててしまっているのだ。嫌われていなかったのは良かったんだけど、逆にこれまで押さえつけられていたフラストレーションが一気に解放されたのか勢いと執着がすごいことになっている気がしてきた。これでは小さなフィレンツェアが恥ずかしいやら悩ましいやらで動揺するのも仕方がないか。
もちろんこれだけでも充分なのだが、さらに小さなフィレンツェアが動揺する事柄が今まさに目の前で……いや、足元で起きている。しかし一緒にそれを見ているはずのお母様や使用人達はまるっきり無視して私の事ばかり騒いでいるのでもはや困惑しかない。
「あのー……」
やっと小さなフィレンツェアが落ち着いたと言うか、諦めてこの状況を受け入れたようで体の自由が戻ってきた。やはり状況の変化にあまりに驚き過ぎていただけのようで私から主導権をどうこうしようとは思っていないようだった。まぁ、さっきから声だけは出ていたからいっそこの事態を収める役目を丸投げにしてきた可能性もあるが。
つまりは私的にはそれくらいの事が起きているのである。私は思い切って足元の“それ”を指差して息を飲んだ。その指先にみんな視線が一斉に集まったのだが……。
「さっきから、お父様が白目を剥いてる上に泡まで吹いて気絶して倒れてるようなんですが放っておいていいんですか?まさか病気だとかは……」
そう、その足元に転がっているのはまさしくお父様……ブリュード公爵家当主、その人だったのだ。最初に発見した時は死んでるのかと思って心臓が止まるかと思ったくらいびっくりした。しかし時々ビクッと痙攣でもしてるのか一応動いていたし呼吸音もわずかに聞こえていた。同じくお父様を発見していたお母様が何も言わないので黙っていたのだが、全然起きる気配が無いのでやはり気になって仕方がない。なんで使用人達までため息混じりに残念そうにお父様を見ているのだろうか。
「あぁ、旦那様ね。病気と言うか……そうなるのはいつもの事なのよ。旦那様ったら見た目からはそう見えないのにとても気が弱いの。ちょっとショックな事があっただけでもすぐに体調を崩してしまったり気絶してしまう残念なお方なのよね。
今も、フィレンツェアちゃんが湖に落ちてしまったと聞いた途端にこの状態になってしまって……わたくし達がなんとか情報を得ようと四苦八苦しているのに呑気に気絶しているんだから困ったものだわ」
「呑気に気絶してるっていうか……」
「だって、密偵は学園内に入れないし下手に騒ぎにすればコレ幸いとフィレンツェアちゃんの失態を狙う輩が出てくるわ。第二王子であるジェスティード殿下の婚約者でブリュード公爵家のひとり娘となればどこに敵がいるかわからないもの。しかも、あの学園の教師にはジェスティード殿下とフィレンツェアちゃんの婚約に反対している人間がまぎれ込んでいるのだとわかったばかりだったのよ。もしも学園に連絡をしたとしても、任せる人間を間違えればフィレンツェアちゃんを助けるフリをしてそのまま……なんてこともあり得たわ。それでなくてもフィレンツェアちゃんには守護精霊がいないからって理由で悪評を流す者も多いし、あんなにフィレンツェアちゃんが熱望した婚約者の座をなんとか守ってあげたかったのよ……。だからわたくし達は気絶したくてもそれどころじゃなかったの!
その後で密偵からなんとかフィレンツェアちゃんの生存と湖に落ちた事も学園には知られていないと知らせが届いたものの、学園内でトラブルに巻き込まれたようだとか、様子がいつもと違う。なんて聞いて、もしかしたら怪我をしたり体調が悪くなったんじゃないかとか心配で心配で……」
そう言ってお母様は頬に手を当ててため息をついた。
その言葉に、もしかしてそれは私にはわからない“隠された記憶”の部分を密偵が見ていた可能性があるのでは?と思った。
「あの、その密偵は私が湖に落ちる時の事はなんて言っていたんですか?」
「それが、わからないって言うのよ。その密偵は守護精霊の力を借りて望遠の魔法でフィレンツェアちゃんを見ていたのだけど、フィレンツェアちゃんが湖にやってきた時に突然魔法が使えなくなってしまったらしいの。すぐに見えるようになったけれど、見えたのは沈んでいくフィレンツェアちゃんの姿で……周りに人は見えなかったそうだけど焦っていたせいで正確にはわからないのですって。助けに行こうにもあまり近づくとその密偵も体の自由が利かなくなるから助けるどころか二次被害になりかねないと公爵家に知らせを飛ばしたそうよ。自分は密偵失格だと落胆していたけれど、それはわたくし達も同じだわ。叶うならば学園に乗り込んでフィレンツェアちゃんを助けに行きたかったのに、それが出来なかったもの……。でも、アオちゃんのおかげでフィレンツェアちゃんはこうして無事だったわ。アオちゃんには感謝してもしきれないわね!」
『ぴぃ?』
ちなみにアオは私の横でトカゲの姿に戻って他の精霊達もに上げ膳据え膳ともてなしてもらっていた。みんなとすっかり仲良しになったのはいいことだけど、クッションの上で手足を伸して寝転がっているなんてくつろぎすぎじゃないだろうか。
そんなアオの姿がを見てお母様が「あ!」と声を上げた。