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第17話 公爵家のお家騒動③−1

 私は今とても困っている。それはもう、なんというかものすごくだ。




 ……湖に落ちたあの時、前世の記憶を思い出した衝撃で“私”と“フィレンツェア”はほとんどの人格や記憶が混ざり合ってひとつになった。


 だが、それとは別に“今までのフィレンツェア”の意識も“小さなフィレンツェア”と言う別人格として確かに存在している。それはたぶん、心の奥底の深層心理的な意識なのだろうと思っていた。いずれ自然に全てがひとつになるのだろうと……“そうゆうもの”だと思っていたのだ。


 しかし、今はこの小さなフィレンツェアからは完全に私と混ざり合う事を拒否しているような雰囲気を感じていた。こちらの考えは筒抜けなのに小さなフィレンツェアの事はなんとなくの感情しかわからない。もしかしたら“悪役令嬢”の魂は“元聖女”の魂より強いのだろうか……などと考えてしまった。神様に散々「強い魂だから」とおだてられたせいもあるが、少し自意識過剰だったのかもしれないと思わず反省した。


 とにかく“隠された記憶”があるのだ。この小さなフィレンツェアの意識は私には知られたくない“何か”を隠している。それもかなりの強い意志でだ。そう直感が働いていた。


 “私”と“フィレンツェア”が完全に一緒になればこれまでの経験も、もちろん細かな記憶も全てが共有されるはずだったのに、小さなフィレンツェアが抵抗したことにより最後の一欠片が混ざり合えなかった状態にいるのである。


 そして、それが原因かはわからないが“私”の記憶が戻る前……フィレンツェアが湖に落ちる寸前の記憶だけはあれからどうしても思い出せないでいたのだ。もしそれが、小さなフィレンツェアの隠している記憶だとしたら────。一体、あの瞬間に何があったのかをすぐに知るのは難しい事のように思えた。


 確かにその辺は少し気にはなっていたのだ。だが実際に転生したばかりで状況整理の方を優先していたからそれどころではなかっし、それに基本的にこの体の主導権は“私”の方が握っていたから妙な安心はしていたのかもしれない。


 しかしこのその隠された記憶以外にも、小さなフィレンツェアがあまりに強く反応するとどうしてもそちらへ気持ちごと引っ張られてしまうようだった。いや……まぁ、実はちょっとはそんな気がしていたのだけれど、まさかここまでの強制力があるとは思わなかったのである。小さなフィレンツェアからは言葉自体が聞こえるわけではないのだが、感情の強さで小さなフィレンツェアの気持ちを体感していると言う、なんとも不思議な事になっている。


 まぁつまり、“こうなってしまう”と小さなフィレンツェアの方が強いと言うことだ。私だけではどうにもならないと感じている真っ最中であった。……せっかく転生してきて、悪役令嬢の運命から一緒に助かろうとしているのだから少しは融通を利かせて欲しいものである。






 さて、私が何を困っているかと言うと……。





「さっきは驚いてしまったけれど、ドラゴンでもトカゲでもなんでもいいわ!さぁ、フィレンツェアちゃん今夜はお祝いよ!パーティーよぉ!!

あぁ、いつも親子デートを妄想しながら買い揃えてきたドレスや宝石達がやっと活躍する時が来たのね……。これまでフィレンツェアちゃんと正面から顔を合わせてサイズを測り服を作っていた商人や仕立て屋達がどれほど羨ましかったか……!これからはフィレンツェアちゃんの体のサイズはわたくしが測るわ!なんなら服もわたくしが作るわ!その為なら仕立て屋に弟子入りだってする覚悟よ!やっと母親らしいことができるようになるなんて……感激だわ!」


「いえ、服はこれまで通りでいいんで……えっと、あの」


「お料理はお嬢様の為に腕によりをかけて作りますからね!これまで遠目で見ていたお嬢様のお食事のご様子と各料理をお食べになった時のわずかな表情と召し上がるスピード、お残しになった食材などから分析しましてお嬢様の好物はコレとコレで……苦手なのがアレとコレで……料理長としてもプライドと命にかけて全て大好物フルコースにさせて頂きます!昔お部屋で隠れてお食べになっていた木の実もありますよ!」


「えーと……もう子供じゃないんで別にそこまで好き嫌いは……えっ、なんでこっそり部屋で食べてた事知って……?!ちがっ……あれはたまたま気になっただけでつまみ食いしたわけじゃ……それに子供の時の話だし!」


「これまでほとんど触れられなかったフィレンツェアお嬢様のお肌やお髪をじっくりお手入れ出来る日が来るだなんて……!今厳選したメイド隊がお風呂とマッサージの準備をしております!例え近寄ってお話が出来ずとも、壁に隠し通路と覗き穴を作ってそこからフィレンツェアお嬢様のお肌のチェックは毎日欠かさずにおこなってきておりましたので抜かりはございません!ここ数日はお肌が少し乾燥気味で、毛先が2ミリ程ですが傷んでいるご様子……爪も少々伸びてきているかと。マッサージに爪のお手入れも追加致しましょう!

あぁ、いつかこんな日が来ることを夢見て、最高級の石鹸とマッサージオイルと香油を定期的に仕入れておき常にすぐにご用意できるようにしておいて本当に良かったです!あ、もちろんアロマもございます!」


「え、毛先が傷んでたの?知らなかっ────て、の、覗き穴ぁ?!どこに?!とにかく今すぐ塞いで!!」


 それは、私を囲ってお母様と料理長と侍女頭が大騒ぎしているからである。






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