アオは自分のせいで呪いをより強いモノに変えてしまったのではと落ち込んでいる。しかし私はそうは思わなかった。私の考えが正しいのならば、元々の悪役令嬢……フィレンツェアの身に起こっていた事もその呪いのせいかもしれないからだ。
今の時点で真実はわからないが、もしフィレンツェアにかけられた呪いが精霊達にまで及ぶ呪いならばフィレンツェアが加護無しになったのは決してアオの威嚇のせいだけではないはずだ。野良精霊は自由な分、他からの影響も受けやすい。呪いの影響でフィレンツェアを祝いに来れなかった可能性もあるのではないだろうか。それに、それならば悪役令嬢が加護無しだった理由もつく。その呪いをかけた犯人も神様がどこまで物語を複雑にしているかによって変わってくるだろう。
……ただ、あの神様がそこまで考えて設定するだろうか?と疑問にも思った。もちろん神様から「呪い」なんて言葉をひと言も聞いたことがなかったからというのもあるが、「ドロドロ恋愛の複雑関係」がどうのこうのと語っていた割にあの神様自体は純粋な気がしたからだ。まぁ、もしかしたらどんでん返し的なのを狙って犯人を設定している可能性もあるのだけれど。
それにしても私が悪役令嬢に転生した事やアオがついてきた事からすでに違っては来ているのだろうが、もしも神様の設定以外で誰かが勝手に動いているのだとしたら……果たしてこの世界はあの未完成の乙女ゲーム〈愛を囁くフェアリーの奇跡〉と同じ世界だと言えるのかどうか……。そう思うと、少しだけ複雑な気持ちになってしまった。
『ごめんね、フィレンツェア……』
「あら、アオが謝ることなんてひとつもないわ」
私は未だしょんぼりとするアオを優しく抱き締めた。
「だって、その呪いは“強力なモノ”だったかもしれないのよ。そうだった場合……アオの力が呪いを弾き飛ばしてくれたってことでしょ?今の結果を見てよく考えてちょうだい、アオが誰も私に近寄らせなかったから私はこうして無事だったの。もしも呪いの内容が“フィレンツェアを傷付けるモノ”だったら私はもっと酷い目に遭っていたわ。お母様達が実は心の中で私を想っていてくれたのも、アオの力が呪いと反発してくれていたから……私はそう思うわ」
『フィレンツェア……』
アオの瞳にじわりと涙が滲むと、アオの威嚇が無くなりもう怯える必要の無くなったみんなの守護精霊達が一斉にアオの周りに集まり出した。
『そうです、ドラゴン様!』
『確かにドラゴン様の魔法は怖かったですが、そのおかげで我々精霊は呪いの影響を受けていません!』
『それどころじゃなかったんだもん!フィレンツェアお嬢に近寄ったら守護してる人間も食べられるかもってヒヤヒヤしたんだもん!』
『あ、でもドラゴン様の威嚇以外でもピリピリしてる感覚があったです!あれが呪いだったのかもなのです!』
『弱い精霊がへにょへにょしてたのはそれのせいなのかも〜!でもドラゴン様の魔法の方が怖くて途中でシャキッとして自分の契約している人間守らなきゃ〜みたいな感じだったなのかも〜!』
『その通りですじゃ。ドラゴン様!』
そして大騒ぎする守護精霊達をかき分け……お母様の守護精霊であるペンギンが姿を現した。その姿はつぶらな瞳をしたコウテイペンギンで、周りの守護精霊達が『長老しゃま!』『ちょぉろーさま!』と口々に言っているので
『儂はフィレンツェアお嬢ちゃんがエリザベートのお腹に宿った瞬間から見守ってきましたじゃ。しかし妊娠中は特別な事は何もなく平穏に暮らしておりましたのに、フィレンツェアお嬢ちゃんが産声を上げた瞬間……世界が一変しましたのですじゃ。今から思えばあれが呪いの始まり、しかも我々精霊達に呪いだと気付かせずに守護する人間を呪うとなればそれはかなりの手練れでございますじゃ。ドラゴン様の魔法がなければどうなっていたか……。ドラゴン様のおかげで儂の守護する人間の心までは操られませんでしたのじゃ。これを感謝しなくてどういたします。ありがとうございましたじゃ……!』
それから守護精霊達や使用人達からも感謝の言葉を言われ、やっとアオの涙が引っ込んでくれた。
『……フィレンツェア、僕はフィレンツェアをちゃんと守れたのかな?』
「もちろんよ。私を守ってくれてありがとう、アオ」
そんな私とアオの姿にお母様も再び溢れ出した涙を拭っていた。
「ふふっ、よかったわぁ……!呪いをかけた犯人は公爵家の全勢力を使って必ず探し出すから安心してちょうだい!守護精霊達も協力してくれるって言ってるしね!
それにしてもまさか加護無しだと思っていたフィレンツェアちゃんがドラゴンに守られていたなんて驚いたけれど、これで一件落着ね!もう、湖に落ちたって密偵から緊急の知らせを聞いた時は本当に生きた心地がしなかっ────………………って、え……ドラゴン?」
「「「え……ドラゴン?」」」
そのお母様の最後のひと言で精霊達以外のほんわかしていた空気が一瞬で凍り付き、使用人達は目を見開きながらまるで錆びた歯車のようにギギギ……とゆっくり首を動かしてアオに視線を集中させてから全員が同時に口を開いたのだ。
「「「「ドッ、ドラゴン────っ?!」」」」と。
私は「え、今更?」なんて思ったが、どうやらさっきまではそれどころではなかったようでアオがドラゴンである事まで気が回らなかったらしい。と言うか、護衛はついていなくても密偵には離れた場所から私の様子を見守らせていたなんて初耳だ。呪いとは気付かず、私に近付けなかった中でもなんとかしようとしてくれていたのだとわかったら思わず笑みが溢れてしまう。
そして────慌てふためくみんなを見ながら、私の中で小さなフィレンツェアがちょっとだけ笑っていたのを感じていたのだった。