『いやいやいや、もうアウトじゃぁぁぁん!!なんかもう全部アウトじゃぁぁぁあん!!なんなのお前ら?!ドラゴンの守護精霊がいるとか聞いてないしぃ!!そこの女、加護無しじゃなかったのぉぉぉ!!!?』
なぜか、ノーランドの守護精霊のスイギュウが真っ青になり涙や鼻水をぶちまけながらブチギレしていた。さっきまでの興奮状態とは別の意味で興奮しているようたが。
「あれ?守護精霊って契約した人間としか話さないんじゃなかったの?なんか、あのスイギュウがこっちに話しかけてきてるみたいなんだけど……」
『精霊って気まぐれだからじゃない?別に話が出来ないわけじゃないし!まぁ、僕はフィレンツェア以外の人間とお話しする気はないけどね!』
「ふーん……でも何をそんなに慌てているのかしらねぇ?ノーランドは五体満足無事なのに」
『だよねぇ!』
『だから溶けてるからぁ!なんか端っこの方が溶けてるからぁぁぁ!!オレちんの契約者になにするんだよぉぉぉ!!』
四本脚で地団駄を踏むスイギュウが、わぁわぁとがなりたててくる。アオがそのスイギュウの事を『生まれたばかりの青二才め』と呟いたのでどうやら精霊の中でも子供になるらしい。というか、精霊に年齢感覚があったなんて神様の設定にはなかった新事実だ。
『ノーランドはオレちんと一緒に筋肉道を極めるすごい人間なんだぞぉぉぉ!!だから、悪役令嬢なんて呼ばれてる女を退治して有名になるはずだったのに────『うるさい』ぐうぇっ?!』
スイギュウが器用に前足を動かし私を
『お前の契約者を溶かしたから、なんなの?なんなら原型が無くなるまでドロドロにしてやってもいいんだけど────それとも僕と闘うつもり?』
その時、アオからは殺意にも似たオーラが出ていた。空気がビリビリと揺れ、そのオーラに怯えたのかスイギュウの体がひと回り小さくなった気がする。
『ひぃぃぃ!!ご、ごめんなさいぃぃぃっ!そ、その女の守護精霊がドラゴンだなんて知らなかったんだ!だってオレちん、ドラゴンの精霊なんて見たことなかったし……なんで他の精霊達がその女に近づかないのか不思議だったし、オレちんは筋肉強化の魔法しか使えないけど強さなら負けないって思って、だから面白そうでつい……っ!』
『面白そうねぇ……。自分の実力との差もわからなかったの?そりゃ、封印されてる間も威嚇オーラを出してはいたけどそれがドラゴンだって知ってる精霊はほとんどいないと思うよ?でもね、それでもちゃんと“わかってる”精霊なら自分より強いオーラ相手にちょっかいかけようとは思わないはずなんだけど……たまーにこうゆう世間知らずっていうか身の程知らずっていうか、困ったちゃんな精霊がいるんだよねぇ』
アオがため息混じりに肩を竦めるとスイギュウがビクゥッ!と反応しさらに体が小さくなった。
「つまり、ドラゴンって珍しいから認知度が低いってこと?」
『さぁ、わかんない。でも、僕以外にもドラゴンはいるはずなんだけどなぁ〜。まぁ、封印されてたから見たことないけどね!』
どうやら精霊の世界は奥が深そうだ。もしかしたら神様が設定をサボった分、この世界が勝手に進化してるのかもしれない。と、そんな事を考えていると遠くの方からかすかに聞こえてくる数人の足音と話し声に再び慌てる羽目になってしまった。
「いけない!見つかっちゃうわ!」
『大変〜っ!』
アオは大慌てでトカゲの姿になり、未だ怯えているスイギュウに『僕の事、誰かにチクったらどうなるかわかってるよね?約束だよ』とにっこり笑顔で口止めするとスイギュウは震えながらカクカクと頷き……その場から姿を消した。
私とアオも騒動に巻き込まれるのはごめんなのでそのまま立ち去ったのだが、その場に残されたべっちょべちょのノーランドが意識を取り戻した後に大騒ぎしたのは言うまでも無い。しかし記憶が混濁しているのか意味不明な事ばかり叫んでいたそうだ。
しかも謎の液体にべっちょり濡れている理由が本人にさっぱりわからず(たぶんショックで記憶が抜け落ちている)、ノーランドは真相を探るために守護精霊のスイギュウに聞こうと大勢の前で呼び出したようだが、スイギュウは姿を現してノーランドの姿を見た途端に真っ青になって泣きながらゲロリと(何かを)吐いたのだとか。結局、ノーランドが濡れていた原因は自身の守護精霊のせいとなった。
しかし納得がいかなかったのか、怪我や気絶していた理由をひたすらに悪役令嬢のせいだと周りに訴えていたのだが……ノーランドの訴えに共感する声は少なかったようだ。
もちろん私の方にも飛び火は来たが、私があの場にいた証拠は無い。なので全否定しておくことにした。
「そんな方とは会っていません。その方はなにをおっしゃっておられるの?」と。
いつもならちょっとした言いがかりでもキレ気味に反論する私が呆れ気味にそれでいて至極冷静に対処したせいか、ノーランドの話に信憑性がなかったからか、珍しく私の方が信じてもらえた。まぁ、ノーランドの話を信じるなら加護無しの私が筋肉強化の魔法を使ったノーランドを素手で倒した事になるのでそれこそ幻でも見たのだろうと笑われて終わったわけなのたが。
こうして学園随一の筋肉自慢だったノーランドの評判は一気にガタ落ちしてしまった。しかもノーランドが諦めずに訴えを続けた為に噂は悪い方に尾ひれをつけてしまい、なんと「加護無しの公爵令嬢に無理矢理迫ってフラレた男」だと、たった1日で本人にとっては情けない悪名が学園中に広がってしまったのである。結局本当に攻略されていたのかはわからなかったが、すでにヒロインに没頭している様子の脳筋男にはかなりの大ダメージなはずだ。
「それにしても、記憶を失ってるわりには私のせいだって事にこだわっていたわねぇ。すぐに諦めていればここまで酷い噂にはならなかったのに……」
『フィレンツェアに負けたって感覚だけは覚えていたんじゃないかなぁ。なんか、自分は悪くないんだ!って思ってそうな奴だったし』
確かに自分は絶対正義だと信じて疑わなさそうな彼なら、記憶に無くても明らかに誰かに負けたという状況は耐えられなかったのかもしれない。例えそれが自分の首を締める行為だとしても。
「真面目すぎるのも考えものね」
『僕はフィレンツェアに害が無いならなんでもいいよ!』
今日はなんだか濃厚な1日だった。湖に突き落とされて死にかけ、前世の記憶を思い出して……こうしてアオと再会を果たしたのだ。これからについて不安が無いといえば嘘になるが……それでも、アオと一緒ならなんとかなりそうだとも思うのだった。