つまり、ジェスティードは王太子になる為にも公爵家の後ろ盾や私を通して渡される軍資金はそのまま欲しいと思っている。けれど結婚はルルとしたい。なぜならばと理由を述べるなら運命の恋で真実の愛だからだそうだ。
だから私を犯罪者に仕立て上げたい。そしてそんな娘を王家の婚約者にした責任を公爵家に取らせようとしているのだ。そして、考え抜いて出された結論が……。
ルルを正妃にしてフィレンツェアは名前だけの側妃にし、後で事故に見せかけて殺害しようという事、らしい。こっちの方がよっぽどあくどい気がする。
寵愛と贅沢は全てルルに捧げ、仕事はフィレンツェアに押し付ければ真実の愛を貫いてついでに後ろ盾と軍資金も手に入る。犯罪者となった娘を婚約破棄するどころか側妃に召し抱えた恩により公爵家は自分の意のままに動くはずだと。もちろん騒ぎにはなるだろうからしばらく様子を見て全てが落ち着いた頃にフィレンツェアに不運が訪れる予定だと。「オレに全て任せておいてくれ」と、ルルを抱き締めながらジェスティードは恍惚な表情で語っていた。
ちなみに側妃を持てるのは国王陛下のみである。それも正妃に三年以上子供が出来なかった時にだけ許される特例で、側妃の仕事は子供を産むことのみ。正妃の仕事を側妃に押し付けるなんて以ての外だ。
さらに追記すると、もしも本当に私を犯罪者に仕立て上げられたとしてそんな人間が王家に嫁げるはずがない。当たり前だ、王族に犯罪者の血を混ぜるわけにいかないからだ。オマケに言えば、子作り以外の目的で側妃を娶ることも許されていないのであしからず。だって子供を産むのが唯一の仕事なんだもの。
王子なのにそんな事も知らないのか。
そんなだからブリュード公爵家の後ろ盾が無いと王太子になれないとか言われるのだ。結局未だになれていないし。この婚約だって確かにフィレンツェアがごり押しはしたけど結局はジェスティード様の方が権力とお金欲しさに承諾して今まで散々フィレンツェアに貢がせていたくせに。利用するだけ利用したら最後は消そうとするなんて根性が悪すぎる。というか、こんな浅はかな計画した立てられないくせに本気で国王になれるつもりなのか。
確かにフィレンツェアは周りに横暴な態度をとっていたし、ルルにだってキツく当たっていた。評判は悪いし嫌われ者の公爵令嬢。でも、犯罪者にされるほどの事はまだしていないはずだ。
それにしてもゲームの進行状況と攻略具合を確認できたのは良かったが、なんだかガッカリしてしまった。ヒロイン目線から悪役令嬢目線になるだけで乙女ゲームとはこんなにイメージが変わるのだと痛感する。他の攻略対象者もこんなだったらどうしようか。全く神様め、もうちょっとマシな王子に出来なかったのか。
つい心の中で悪態をつきながら見ていたら、自慢気に話し終えたジェスティードが今度はルルとイチャイチャしだしたのでその場からそっと立ち去ることにした。だって、胸焼けがしそうだったんだもの。真実の愛だかなんだか知らないけど、学園内で何をしているんだこいつらは。
それにしても、神様は「ヒロインは純真無垢で天真爛漫、ちょっと天然なゆるふわ系女子なんだ!でも実はあざと可愛いんだよ!それが魅力ってやつなのさ!」とか言っていたっけ……そういえば、ゆるふわとかあざと可愛いってなにかしら?暗号?どのみちヒロインの設定は大失敗だと訴えたい。ついでに第二王子も。こんな事ならもっと詳しく聞いておけばよかったかもしれない。と思わずため息をついた。
しかし、ジェスティードの口ぶりではこちらが何もしなくても勝手に巻き込む気満々のようだ。婚約破棄は大賛成だけどやってもいない罪を擦り付けられて断罪されるなんてお断りである。
それにラストがわからない以上、まさかとは思うけれど本当に側妃になんてされたらたまったものではない。それにヒロインも要注意だ。彼女の守護妖精セイレーンはたぶんとても強い精霊のはずである。魅了の力は禁忌のはずなのに誰もそれに気付かないのもどうかと思うが、何か都合が悪いことがあったら全てこちらに押し付けられそうな気がした。こうゆう勘はよく当たるのだ。
私は人気の無い廊下を歩きながら今後の事を考えていた。
婚約破棄は決定事項だが、やり方を間違えたらどんな酷い目に遭うかわからない。それでは私の目指すのんびりスローライフには程遠い生活になってしまうだろう。かと言って、今アオの存在が明るみに出ればそれこそ婚約破棄が難しくなってしまう可能性もある。ヒロインの守護精霊であるセイレーンは確かに強いが希少価値の差で言えばドラゴンの方が上だ。しかもそのドラゴンが守護するのが公爵令嬢となれば国王は婚約破棄を認めないだろう。そしてたぶんそうなったらジェスティードが王太子になってしまう。結婚はもちろん絶対に嫌だが、あの王子が未来の国王になるのもなんだか嫌だった。それこそ国が滅びそうである。
そういえば、ジェスティードは第二王子だ。第一王子はどうしたのだろう?とふと思ってしまった。ゲームに全然出てこなかったのは、まぁ神様の手抜きだろうけど。しかしこの世界はすでに私にとって現実の世界でもあるので必ずいるはずなのだ。これでも第二王子の婚約者なのに一度も会った事がなかった。
「ルルの事もだけど、こっちも確認しといた方がいいかしら────」
思わずそう呟いた時、肩の上で大人しくしていたアオが慌てたように『ぴぃっ!』と鳴いたので振り向こうとした次の瞬間、私の右手首を誰かが乱暴に掴み捻り上げて来たのだ。
「い、痛い……!」
「おい!今、ハンダーソン嬢の名を口にしただろう!?きさま、あの有名な“悪役令嬢”だな?!今度は何を企んでいる!」
そう言って私をギロリと睨んだ男は筋肉質な腕に力を込めた。
「痛いです!離してください!」
痛みに思わず顔を顰めるとその男は鼻息を荒くした。
「きさまが悪事を働いている事は知っているんだぞ!守護精霊のいない“加護無し”のくせに弱い者いじめをするとは言語道断!そんなことはこの俺……未来の騎士団を背負う男、ノーランド・スラングが許さん!!」
その名前に聞き覚えがあり顰めた目を開くと、確かにそこにいたのは知っている人物だった。
ノーランド・スラング。候爵令息でダークブラウンの髪と瞳をした筋肉が自慢の脳筋男……そう、攻略対象者のひとりだ。
ちょっと……!なんでこんな所に攻略対象者がいるのよ?!ノーランドの出現場所はこんな所じゃないはずでしょぉ?!