この世界は、神様が創造した乙女ゲームを再現した世界だ。
今から思えば、タイトルに〈愛を囁くフェアリーの奇跡〉なんてノリノリで付けている時点でこの時の創造主である神様の趣味はだいぶ偏っていた気がする。「メルヘンチックが流行りだよ」とわけのわからない事を興奮気味に叫んでいたのはいい思い出か。
簡単に言えば、妖精の力が重要視される世界で実は誰よりも妖精に愛されていたヒロインが困難を乗り越え真実の愛を成就させるというサクセスストーリーである。“妖精から嫌われた悪役令嬢”と対比する事でヒロインの心の純粋さをアピールしたかったのだろう。
基本設定として、ヒロインは希少な癒しの魔法を使う守護精霊に愛される存在だ。その精霊の名はセイレーン。愛に盲目な精霊で、愛の為なら何でもしてしまう性質があるのだがヒロインの事を愛するあまりに治癒と同時に無意識に禁忌とも言われている魅了の魔法を使ってしまう厄介な守護精霊でもあった。それもこれも、ヒロインがみんなに愛されて欲しいがため……。(そこまでしないとヒロインはみんなに愛されないのだろうか。とも思うが)
言うなれば、ヒロイン専属の恋のキューピッドなのである。(セイレーンはそのつもり)
ヒロインがその相手に好意を抱けば、その想いに反応したセイレーンが勝手に魅了しようとするのでこれまた厄介だ。セイレーンが力を使うとどこからか不思議な歌が聞こえてくる仕様で、攻略対象者との各出会いでは必ずその歌が流れていた。神様が「出会いの女神の歌を参考にしたから効果はバツグンだよ!」と他の神様に聞かれたら叱られるようなことを堂々と言っていたのを思い出す。今となっては私も叱ってやりたい。つまりセイレーンの歌は妖精の力でありながら女神の力も宿しているのだ。それは効果バツグンに決まっている。つまりヒロインは何もしなくても“想う”だけで無敵なのだ。
まぁ、もしも人間の方が悪巧みをして精霊に頼んでやってもらっていたとしても精霊達は基本的に自分が契約した人間としか会話をしないので簡単にバレることもないのだろう。
ではまず、ジェスティードルートの説明をしよう。
この第二王子、メイン攻略対象者なだけあって(?)1番攻略が簡単なのだが、神様曰く「チョロQレベル」とのこと。チョロQがなにかはよく知らないけれど。
確か、些細な事で悪役令嬢と言い合いになったジェスティードは学園外の森に出かけてしまう。お供の従者はつけていたものの
そしてヒロインはジェスティードにこれでもかと一目惚れしてしまい「まるで王子様みたい」と心で呟きながら怪我を癒やし、ついでに(無意識にだが)魅了もかけてその場を去って行った。名前は名乗らなかったが名前の刺繍入りのハンカチを落としていくのは忘れていない。仕事はきっちりしていくタイプである。
そして、かすかにセイレーンの歌が流れる中でジェスティードが「まるで天使だ……」と囁き、その後学園で運命的な再会を果たすのだ。ちなみにこの時の従者がヒロイン探しに翻弄される事は全く出てこない。再会したふたりの背後に疲れ切った顔をしている従者の姿がチラッとうつるのみだ。彼が魅了にかかっていたかは明かされていないが、ちょっとかわいそうだとも思った。
ちなみに悪役令嬢との言い合いとは身長の事だった。ジェスティードは自身の身長が悪役令嬢よりほんの少し低い事をコンプレックスに思っていて、いつも愚痴を言っていた。それを知った悪役令嬢が「背を伸ばすにはこれがいいと聞いたので」と金と権力を使って各諸国から手に入れた珍しいサプリやグッズを見せるとジェスティードは「俺を馬鹿にしてるのか!」と激怒したのである。それから影で「男を立てる事も出来ない傲慢な女」だと散々罵られていた事を悪役令嬢は後で知るのだった。
確か、ヒロインの事は「小さくて守ってあげたくなる可愛らしい存在」として気にいっていた。庇護欲をそそるらしい。さすがの魅了もその相手に欠片も好意が存在しなければ発動しないので、つまりはジェスティードもヒロインに一目惚れしていたのである。
それからも偶然という名の出会いを繰り返し、ヒロインはジェスティードが自分の想像ではなく、本当に本物の王子だと知ってショックを受けてしまう。親密度を上げていく中、ヒロインは自分の守護妖精がどれだけ希少かをあまり理解していなかった。それよりも自分の爵位が低い事に引け目を感じていて、ジェスティードが王太子になる為には例え守護妖精がいなくても悪役令嬢の存在が必要不可欠で自分は役立たずだと卑下するのだ。そんなヒロインをジェスティードは心底寵愛し、それに嫉妬した悪役令嬢がヒロインを虐めるのである。だが、どのルートでも途中まででラストがどうなるかは知らない。神様はまだそこまで作っていなかったから。
ちなみに他の攻略対象者達は自分のルート以外ではあまり絡んでこない。ヒロインに好意は持っているがあくまでも見守って応援するスタイルだ。ゲームでは出現する場所も決まっていたのでここがジェスティードルートなら少しは楽かもしれない。
それとこれから私がすることになっている悪行リストでは、ヒロインの教科書を破いたり、街で暴漢を雇ってヒロインの荷物をひったくりさせたり、嫌がらせで図書館に大量の本を取りに行かせたりするのだが……おっと、これって全部攻略対象者達との出会いイベントに関係してるじゃないか。……そうそう、ヒロインの口から悪役令嬢にされた嫌がらせの数々がそれぞれの攻略対象者に明かされて断罪への道筋が出来るんだった。特に思い込みが激しくてヒロインの話以外は全く聞かない攻略対象者もいるのだ。いやまぁ、全員そうだと言えばそうなのだけど。
えーと、それからヒロインの誘拐未遂に殺害未遂。男爵家を取り潰そうと圧力をかけたり、ジェスティードに貢ぐ為のお金欲しさに密輸に手を出すんだったか。それが次々と暴かれて酷い目に合う予定なんだよって、神様が言っていたっけ。ただ、ヒロインとそれぞれの攻略対象者のエンド後をどうするかをまだ決めていないから、どのルートで悪役令嬢がどんな最期を迎えるかが決められないとも。
……悪役令嬢って、働き者すぎじゃない?もちろんこれからそんなことする気はないけど。
そんな事を考えている間も、ジェスティードはまるで武勇伝のように私をどうやって断罪するのかをヒロインであるルルに詳しく聞かせてくれていたのだ。そのおかげで彼がこれからどのようにして私を陥れようとしているつもりなのかはよくわかったのだが、真実の愛だかなんだか知らないが正式な婚約者がいる以上ただの浮気なのにそれを無理矢理正当化しようとして言い訳ばかりに聞こえてしまう。