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第6話 友達の名前③

 それにしても、と記憶が戻る前のフィレンツェアの事を思うと胸が痛い。私はいつもこんな悪意ある視線と噂話に晒されていたのか。しかも今の私とは違い本当にひとりぼっちでだ。いくら虚勢を張っていても疲れてしまうのはしかたないのかもしれないと思った。神様もどうせなら悪役令嬢という登場人物をもう少し図太い性格にしてくれたら良かったのに。なんて事を思ってしまう。


 とにかくあんなのは無視をするに限ると思う。ああゆうのはこっちが反応するから味を占めて余計にちょっかいをかけてくるのだ。元々のフィレンツェアの精神も私と混ざったからか落ち着いているし、私の中の小さなフィレンツェアが騒ぎ出す事はない。それに、あの子達の優越感を満たしてあげる義理なんて全く無いのだし。無視だ無視!


『…………あの人間共め』


「?」


 その時、肩の上のアオから一瞬だけれど不穏な感じがした気がした。人前で堂々と声を掛けるわけにはいかないのでチラリと視線を送ると、アオはきゅるんとした顔で『ぴぃ?』と目を輝かせている。


 うん、気配も姿もちゃんと普通のトカゲに擬態してくれているわよね。……気のせいだったのかしら?それにしても鳴き声が可愛い。


「……まぁ、いいか」


 とにかく、ゲームの進行状況と好感度を探るにはまずヒロインを見つけないといけない。ヒロインが悪役令嬢の婚約者と仲良くしているのは知っているけど、そのルートを攻略していると思っていいのだろうか?それともその他の攻略対象者との関係もどこまでか進んでいるか……。同時攻略のハーレムルートだと少々厄介だったはずだ。


 確か、どの攻略対象者を選ぶかによってストーリーや結末が変わるのだと神様は言っていた。私がやったお試しプレイがどこまでのものかは不明だがそれによって悪役令嬢の結末も多少は変わる。まぁ、どの結末でも悲惨な最後を迎えるのには違いないらしいけれど。


 ゲームでは悪役令嬢の悪行三昧は散々描かれていたけど、悪役令嬢が受けた嫌がらせの詳細はほとんどわからなかった。つまり今回のような死ぬかもしれない嫌がらせをされていたのに誰にもわかってもらえていなかったということになる。この辺は神様の手抜きにしか感じられない。


 しかしヒロインには会いたくないのが本音だ。だって顔を合わせれば強制的にイベントが発動してしまう。出来ればその場所に先回りして離れた所で観察したいと思っていた。


 それにしてもやはり悪役令嬢側の詳細がわからない。ゲーム自体はヒロイン目線で進められていたし、まだ完成していない世界だからと神様が(その場の思い付きや気分次第で)あれやこれやと付け加えたり削除したりしていたのでさすがに全部は覚えていないのだ。……というか、ヒロインのイベントって最初はどの場所で起こるのだっただろうか?


 神様に見せてもらった世界は玉を覗き込むとなぜか平面の四角い場面となって見えていた。ゲームプレイ時も同じだ。四角い場面が次々に入れ替わって物語が進んでいた。神様曰く「ゲーム画面仕様」とのことだったのだが、その背景は学園内のイベントだとどれも同じように見えてしまっていてあまり区別がつかなかったのだ。さらにうろうろしていたら迷ってしまったようで現時点でどこを歩いているのかわからなくなってきた。


「どうしようかしら?」


『ぴぃ?』


 進行状況を確認したいだけなのにまさか迷子になるとは……まずは地図というか、学園マップなるものを入手しないといけないようだ。しかしアイテムを持てるのはヒロインだけだったはずだ。まさか悪役令嬢もアイテムショップを利用なんて出来るのだろうか?


 私が首を傾げるとアオも同じように首を傾げた。足を進めながら「う〜ん」と悩んでいるその時。


「……ジェスティード様ぁ、本当にぃ?」


 曲がり角の向こうからやたら甘ったるい声が聞こえ、私は足を止めた。


 アオに静かにするように合図をしてそっと向こう側をみると、視界にうつったのはふわふわのピンク色の髪。あんな髪色はこの世界にたった1人しかいない。やはり私のあの時の勘は正しかったのだ。


 ルル・ハンダーソン男爵令嬢。悪役令嬢とは全く逆の、愛されるために生まれてきたこの世界の唯一無二のヒロインだ。


「あぁ、本当だとも。ルルの事は俺が必ず守る」


 そんなヒロインがピンク色の大きな瞳の目尻に涙を浮かべて「嬉し〜い!」と抱きついた人物は、ヒロインの体を優しく抱き締め返して言った。


「フィレンツェアを断罪して、必ずルルを新しい婚約者にするよ」と。


 そう言ったのはフィレンツェアの婚約者だった。金髪碧眼で顔だけなら誰にも負けないこの国の第二王子。そして、メイン攻略対象者である……ジェスティード・ガイストだ。


 フィレンツェアの記憶でも確かにこの2人は距離が近かった。だがそれを指摘すると「ただの友達なのにぃ、ひどぉい」だとか「困っていたから相談に乗っただけなのに下衆な想像をするな!なんて下品な女なんだ」などとこちらが理不尽に責められていたのだ。しかし今の2人はどこからどう見ても恋人のようにしか見えない。さらにジェスティードはこれからどうやってフィレンツェアを陥れるかを鼻高々に語り出した。


 あらまぁ、これは……。


 とりあえずは予想通りのジェスティードルートのようだが思っていたより好感度は高そうだ。これは攻略がだいぶ進んでいそうだなぁ。と、しばらく話を聞いていた私はこれからどうしようかと頭を巡らせるのだった。


 そんな私とアオの姿を、誰かが見ていただなんて気付きもせずに。

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