そう叫んで、肩から飛び上がると再び私の頭上をぐるぐると飛び回り始めた。どうやら喜んでいるようである。そしていきなりピカッと発光したかと思えば、小さなドラゴンの姿から青い鱗をしたトカゲの姿に変わっていたのだ。
『うわぁ!?なんか、変身出来たよ!』
「あら、すごい。ついでに力も抑えられる?今の状況で守護精霊だってバレるとトラブルになりそうだから普通のトカゲみたいに振る舞って欲しいのよ」
『それだと、またフィレンツェアがいじめられない?』
ブルードラゴン……もうアオか。アオが心配そうに見てくるがその姿が妙に可愛くて笑みが溢れてしまった。
「ふふ、大丈夫よ。それに、これまで加護無しだと思われていたのに突然守護精霊を連れていたら大騒ぎになるわ。しばらく様子を見たいのよ」
やはりタイミングが大事だと思うわけである。フィレンツェアの過去を思い出しても、やる事なす事どうにもタイミングの悪い子だった。悪役令嬢というのがそうゆう存在なだけなのかもしれないが。
そんなわけで、状況を整理して神様がよく「ここ重要だよ!」と言っていた乙女ゲームの進行具合や好感度を確認したいと思った。このままでは私は悪役令嬢人生まっしぐらだ。出来るだけ素早くそしてスムーズに退場したいのだが、やはりそれもタイミングが大事である。もうこの世界は私の生きていく世界なのだから、下手に拗れたらスローライフどころではなくなってしまう。確か悪役令嬢には婚約者もいたはずだ。天界でやったお試しプレイはヒロイン目線だったから多少誤差があるかもしれないが、婚約者関連で悪役令嬢が破滅していたのは覚えている。
出来れば今世は、せっかくだからのんびりと余生を過ごしたい。そして、神様に散々教えられた娯楽をまた楽しみたい。その為にもヒロインや攻略対象者達の恋愛トラブルに巻き込まれるのは御免被りたいのだ。なにせあの神様ときたら「恋愛ゲームなんだから多少はドロドロしないとね!こうゆうのを恋のエッセンスとかスパイスとかって言うんだよぉ!」なんて鼻息荒くしてドヤ顔で言っていた。聖女時代は恋愛なんて御法度だったし、元よりあまりそうゆうものには興味がなかった。それに天界にいた頃もあくまでもゲーム……疑似世界だから楽しめていたのだ。あのドロドロを実際に体験したいかと問われれば答えはノーである。
「それに……これからはアオがいるもの、もう寂しくないわ。どうせなら一緒にスローライフを楽しみましょう。そうだ、神様直伝のゲームも教えてあげるわ。もう私達は闘い合わなくていいんだし、素敵な友達が出来てすごく嬉しいのよ!」
『……僕が、フィレンツェアの素敵な友達?』
「そうよ、とっても素敵な友達だわ。これからよろしくね、アオ」
『うん!』
まぁ、学園に行けばなにかわかるでしょ!
こうして私とアオは、新たな人生を生きるために神様が作り出したこの世界の舞台へ足を踏み入れたのだった。
***
なーんて、お気楽に考えてやって来たものの……やたらと感じる刺さるような視線と聞こえよがしな噂話のせいで学園内での居心地の悪さといったら半端のないものだったのだ。
悪役令嬢とは、思ってた以上に嫌われ者のようである。
「……ほら見て、ブリュード公爵令嬢ですわよ。“加護無し”のくせによく学園にいられますわね」
「本当に厚かましいですわよね。もしもわたくしが同じ立場だったら恥ずかしくてとてもあんな風に平然とはしていられませんわ。普通、自主退学いたしますわよねぇ?厚顔無恥って言葉は彼女のためにあるのではないかしら。わたくしあの方が近くにいるとなんだか気分が悪くなりますのよ」
「実はわたくしも近づくとたまに吐き気がする時があって……やっぱり“ちゃんとした”守護精霊を持つなわたくし達とは相容れない存在なのではないかしら?それにしてもさすがは“悪役令嬢”、人を害するのがお得意なようですわ。そういえばこの間のテストの結果も下から数えた方が早かったようですわよ。もちろん精霊魔法学は言うまでも無く散々な点数だったとか」
「あんな平民にも劣る“加護無し”がこの国の公爵家の人間だなんて、世も末ですわ。第二王子殿下の婚約者の座も金と権力で無理矢理に手に入れたって噂ですわよ。なんて下品なのかしら。あの方のせいで学園内の空気が淀むようですわね」
「あら……、肩に変なトカゲを乗せていますわ。もしかして守護精霊がいないからってトカゲで代用でもしているつもりなのかしら?これだから“加護無し”は……せっかく公爵家に生まれてもこれでは生きてる意味もないのではなくて?うふふっ」
数人で寄り添ってここぞとばかりに口撃を仕掛けてきているのは、たぶん下位貴族の令嬢達だろうか。私は公爵令嬢だが、ここでは爵位よりも守護精霊の強さの方が勝る。それでも堂々と喧嘩を売ってこないのは私の婚約者が関係しているのかもしれない。
今までの私なら彼女達の言葉を聞いた途端にキレて大暴れしていたはずだ。そしてその言動は瞬く間に広がり、私の悪評に繋がる。“フィレンツェア”の立場が悪くなればなるほど彼女達は嬉しいのだろう。
まぁ、よくあるストレス発散というやつだろう。理由なんてなんでもいいから誰かを下に見て優越感に浸りたいのだ。その相手が自分よりも上の立場の人間ならその優越感はさらに心地良いものになるらしい。前世でもそんな奴らはたくさん存在していた。たぶん、私はその発散方法の相手にちょうど良かったのだ。それにそうやって貶めたら自分の価値が上がるとでも思っているのかもしれない。そんな事などあるわけがないのに。