「それにしても、私ったらなんでお昼休みなんかにこんな場所にいたのかしら?」
どうにも一気に前世の記憶を思い出したせいなのか、直前までの記憶が曖昧になってしまっているようだった。フィレンツェアには友達がいないし学園内は居心地が悪いはず。1人になりたくて来た可能性もあるけれど、それにしてもわざわざ危険な桟橋の上に無防備に立っていたのには違和感がある。しかし、その辺の記憶がすっぽりと抜けてしまっていたのだ。
私に今わかっているのは、この湖が学園の敷地内にあるもので今がその学園の昼休みであるということ。そして私……フィレンツェアがその学園に通う1年生だと言う事か。もちろんこれまでの人生の記憶はあるので記憶喪失というわけでもなさそうなのだが。
桟橋の上からぐるりと辺りを見回す。林に囲まれていて人気の無い場所だが、向こう側には校舎が見えた。つまり学生なら自由にここへ来れると言うことだ。やはり私を突き落とした犯人は学園の生徒なのだろうか。この湖は見た目よりもかなり深い事は学園の人間なら知っているはず……そして、もし犯人がフィレンツェアが泳げないという事を知っていてこんな事をしたのなら、守護精霊がついていない人間が落ちたらどうなるかなんてわかっているはずである。ならば、あれは悪意どころか殺意だったのだ。
まぁ、学園内にこんな大きな湖があることが凄いのか。確か神様が「精霊達が好む場所をそこら辺に作ってるんだ〜」と言っていたから似たような場所がそこいらにあるのだろう。さすがにゲーム内の地形までは覚えていないが、だいたいの話の流れならわかっているつもりだ。
ちなみにその学園とはこの国の子供達が十五歳になると通う事が義務付けられている国王陛下公認の由緒正しき学び舎、グレイス学園だ。守護精霊と絆を深め、将来は国を支えられる優秀な人材を育成方法するために規律に厳しく誠実な人間を育てるのが目標とされている。しかし、皆平等と謳われている割には貴族と平民とでは校舎が分かれていて顔を合わすことはないし学ぶ内容も全然違っている。貴族と平民の線引きはしっかりとされているのだ。
さらには爵位や権力による横暴は堂々と振るわれているし守護精霊の強さによって暗黙の了解によって決められた階級の差によるイジメも横行している。だからこそフィレンツェアは権力を振るい、加護無しのくせにと嫌われ……結果湖に突き落とされたのだから。
実際は怪我どころかどこも濡れてすらいないし、もはや突き落とされたくらいでショックを受けて寝込むような性格でもなくなってしまった。聖女時代には理不尽に妬まれてあんなことやそんなことも散々されたてきたし、過激な仕返しも数え切れない程したものだ。あの時は私も若気の至りというか、ちょっと荒ぶっていたというか……うん、なつかしい思い出である。
『そうだ!フィレンツェアは、何かを探していたみたいだったよ!』
さっきから私の頭上をぐるぐると飛び回っていたブルードラゴンは私の肩に留まると、ハッとした顔をして言った。よく見ると前世時代には無かった小さな羽が生えている。だから空を飛んでいたのね……可愛い。もしかして精霊に生まれ変わったからだろうか?それとも転生特典?可愛いからどっちでもいいけど。
探し物をしていた……こんな湖で?
そう言えば、ブルードラゴンは封印はされていたけれど僅かに意識はあったのよね。
「そうなのね……。それって何かわかる?」
『うーん、わかんない〜』
首を傾げすぎてコテンと転がりそうになるブルードラゴンを手で支え、私は肩を竦めた。わからないことは悩んだって仕方がない。
「まぁいいわ、きっと落とし物かなにかしたのね。もしかしたら私を突き落とした犯人が捨てたのかもしれない。……それだけフィレンツェアが嫌われてるってことよ。とりあえず学園に戻りましょうか。あなたも一緒に来るでしょう?でも、そのドラゴンの姿のままではいくら小さくても目立つわよね。出来ればあまり目立たない生き物に姿を変えて欲しいんだけど……ん?どうしたの、ブルードラゴン」
するとブルードラゴンは私の手にひらに頰を擦り寄せ、うるうるとした瞳をこちらに向けていた。
『……ねぇ、フィレンツェア。聖女はフィレンツェアなのに、僕はブルードラゴンのまま?』
「えっあぁ……そういえば前の世界では一匹しかいなかったからそのまま呼んでいたけど、確かブルードラゴンって種族名だものね。それに、もしも他の強い精霊がドラゴンの姿をしていたらややこしくなっちゃうか。そうねぇ、それじゃあ……」
私が顎に手を当てて「うーん」と悩み出すと、ブルードラゴンが金土は目と鱗をキラキラとさせてながら私を見つめてくる。この鱗も、前は邪気のせいで綺麗というよりは恐怖の対象だったけれど浄化されたからなのか今は宝石のように綺麗だと思った。
「……じゃあ、鱗が青いから“アオ”って呼ぶわ」
『アオ?』
「そうよ。だってあなたの鱗ってサファイアって言う青い宝石みたいにキラキラしていてとても綺麗だもの。……だから“アオ”よ」
するとブルードラゴンは黙り込み、体をプルプルと震わせたのだ。
もしかして気に入らなかったのかしら?
「あの、気に入らないのなら他のな……」
『アオ!僕の名前はアオだぁ!!やったぁ!』