この世界に転生して、はや十五年余り。
時が経つのは早いもので。
なんともうすぐ、王立学園の入学式。
そう。
待ちに待った……ほんっとーに、待って待って待ち焦がれて焦げ死にそうなくらい待ち望んだ……。
生!
ルードビッヒ!
のお姿を!
もうすぐ、この目で直接、拝見させていただける!
その日がですねっ! もうすぐ来るわけですよっ!
つい先日も、王都には行ってたんだけどね。王立学園の入学試験を受けるために。
残念ながら、そのときにはルードビッヒとポーラのお姿を仰ぐことはかなわず。
試験には無事に合格して、学園入学が決まったので、いったん実家に戻って、あらためて諸々の準備をしていたわけです。
現在ただいま、お部屋の荷物をまとめて、出発直前という状況。
冬も終わりに近い早朝。アルカポーネ子爵邸。
玄関先に、王都へ向かう馬車が待機中。
家令のルーシャンさんが、着替えや小物をぎゅうぎゅう詰め込んだ旅行カバンを、どどんと馬車に積み込んでくれた。
あとは、わたしが馬車に乗り込むだけです。
ルーシャンさんが、わたしの専属メイドだったエイミと結婚して、もう九年にもなる。
エイミったらねー、結局、ルーシャンさんに猛アタックして、あっという間に奥さんになっちゃった。
それから即、当家のメイドを辞して、エイミは専業主婦に。いまや二児の母である。
玄関へ降りたら、家族と使用人一同、みんな玄関口に揃って、わたしを待ってくれていた。
「ねえさま!」
真っ先に口を開いたのは、わが弟、マークス。今年でちょうど十歳。金髪碧眼、半ズボンに白い太腿が眩しい、なんとも見目麗しき美少年に育ってくれた。
「やっぱり、ぼく、心配だよ。いまからでも行くのやめない? 王都は物騒なところだって、前にねえさまも言ってたよね? そんなところに行くより、ねえさまは、ぼくのそばにいるべきだと思うんだ」
……なんというか。外見は美少年なんだけど、中身は、ビミョーに変な方向に育ってしまった気がする。
一応、しっかり者ではあるんだ。頭脳は明晰、身体能力も同年代のなかでは抜群という優等生。
でも、なぜだか、わたしを必要以上に庇護したがるんだよね……弟なのに。普通、逆じゃない? お姉ちゃん、そんなに頼りなく見えるかな。
「マークス。おねえちゃん、だいじょーぶだからね。夏休みには帰ってくるから」
わたしは、諭すように、マークスの頭を撫で撫でした。
「そうよ、マークス。お姉ちゃんを困らせちゃダメよ」
母が、横からマークスへ声をかけた。
昔に比べると、ひとまわり痩せて、とくに首まわりが随分すっきりして、より美しいラインに。でも両腕はムッキムキ、腹筋もバッキバキのシックスパック。そのへんの筋肉は相変わらず健在という。
「お姉ちゃんなら心配いらないわ。あなたが思ってるより、ずっと強いからね」
「そうだぞ。なにせ、学園の入学試験で、模擬戦の相手を素手で張り倒したそうだからな。そこらの学生じゃ、束になってもシャレアにかなわないだろうさ」
これは父の言。いや、うん、間違ってはいないんですけどね。
王立学園の入学試験って、てっきりペーパーテストだけだと思ってたら、実戦形式の模擬戦なんてのがあって。なんか面倒くさかったので、適当に相手を振り払ったら、真後ろにすっ飛んでいって壁にぶつかって血まみれに。
慌てて回復魔法で治療したので、さいわい相手に怪我はなかった。いや怪我はあったけどすぐ治ったのでここはノーカンでお願いします。
強いか弱いかでいったら、わたしは間違いなく強い部類。だから逆に、加減というものを常に意識しなくちゃいけない。入学試験は、それを再確認するよい機会になったと思う。なるべく、目立ちたくないしね。
「パパ。ママ。マークス。それに使用人のみなさん。行ってまいります」
淑女らしく一礼して、馬車へ乗り込んだ。なんかちょっとマークスが涙目になってた気がするけど。よっぽど、わたしのことを心配してくれてるのかな……。
「ああ、楽しんでおいで。学園はいいとこだぞ」
出発直前、馬車を見上げつつ、父が穏やかな笑顔で告げてきた。
実はこの父、王立学園のOB。それもずっと学年首席で、卒業式でも生徒総代を務めたのだとか。思ってた以上に凄い人だな、うちのパパ……。
「もし何か困ったことがあれば、ベルファールという人に相談するといい。私の娘と聞けば、大抵の問題には手を貸してくれるはずだ」
「わかりました! 憶えておきます」
わたしも、笑顔でうなずいた。
ベルファールが誰かは知らないけど、学園の関係者かな? ともあれ、王都に、味方と思しき人がいるのは心強い限りだ。
ルーシャンさんが、軽く目礼しつつ、客車のドアを、ぱたんと閉ざした。
ええ。ルーシャンさんが何を言わんとしているか、よくわかってますとも。大丈夫ですから。多分。
御者が馬に鞭を当てる。馬車はカラカラと軽快な音を立てて、家族の見送りを受けつつ、石畳の街道を進み始めた。
そう。石畳である。
なんと現在、わがアルカポーネ領の主要道路のほぼ全域、舗装工事が完了している。
十年前、レオおじさんに託した財宝。それでレオおじさんは、アルカポーネ領に大教会を建て、ハイハットの村を門前町として生まれ変わらせた。
いまやアルカポーネ大教会は、この地方トップクラスの「聖地」と化し、ハイハットは昼夜わかたず巡礼者と観光客で溢れかえる盛況ぶり。領都リュカより人通りの多い観光名所になってしまった。
その経済効果はすさまじいものだった。わが家の借金はあっという間に消え去り、わたしのワンピースの裾は伸び、毎食のメニューが一品増え、献立のバリエーションも二倍になった。
当然、わたしの学費など余裕で出せるようになった。
聖地巡礼のために、道路整備も急速に進行し、馬車での移動も以前とは比較にならないほどスムーズに、快適になった。
やはり持つべきものは、おカネだな。あとそれを的確に活用してくれる支援者。
アルカポーネ家は、もう貧乏貴族ではない。それもこれもレオおじさんのおかげ。
そのレオおじさんも、いまは王都にいる。
よし。入学式の後にでも、レオおじさんに会いにいってみよう。色々、お礼とか言いたいしね。
などと考えていると。
「あの、おじょうさま」
わたしの隣りに、ちょこんと腰かける、小さな女の子が、口を開いた。
実は……今回の王都行き、わたしの一人旅じゃない。同行者がいる。それがこの子。
わたしがまだ部屋にいる間に、この子はもう馬車に乗り込んで、ずっと、わたしの乗車を待ってくれていたのだ。
「おなかがすきました。おべんとー、たべてよいですか」
「まだ出発したばかりだよ? せめて街を出るまで待てない?」
「でもー……」
「あー、うん、わかったから。そんな泣きそうな顔をしないでね。食べていいですよ」
「はーい! それではっ!」
その子は、携えていたバスケットを膝に乗せて、大きなパンを取り出すと、満面の笑顔でかぶりついた。
白黒のエプロンドレスに、ホワイトブリム。いわゆるメイド服の少女。
そう。わたしの隣りで、馬車に揺られつつ、パンをむさぼる、この子こそ、わたしの現在の専属メイド。
アザリン、八歳。
エイミと、ルーシャンさんの娘である。
「あー、おいしかったー」
けぷ、と息をついて、白いエプロンのお腹をなでる、アザリン。
王都では、この子がわたしの身の回りのお世話をすることになっている。
彼女の同行について、父親のルーシャンさんは反対したんだけど、母親のエイミが是非にとゴリ押ししてきて、ルーシャンさんも、うちの両親までも、結局押しきられたのだとか。
さきほどのルーシャンさんの目礼は、そういう事情から。娘をよろしく、という。
アザリンは両親に似たのか、この年でもうメイドとしてはかなり優秀な子だ。家事の天才といってもいい。
けれどこの通り、やたらとすぐお腹をすかせるのが唯一の欠点。育ち盛りというか、燃費が悪いというか。
……正直、ちょっと不安。
わたしが学園で過ごす間に、アザリンが悪い人に騙されて連れ去られないか心配だ。食べ物で釣られたりしたら、一発アウトだろう。
アザリンの身の安全についても、なにかしら考慮しておく必要がありそうだね。
もちろん入学式も近い。
王都に着いたら、色々と忙しくなるな……。想像したら、ちょっと疲れてきた。
け・れ・ど!
入学式では、ルードビッヒ王子が在校生代表、生徒会長として、壇上にのぼることになっている。
そう。
もうすぐ、もうすぐ、そのお姿が生で見られると思うと……どんな眠気も疲労も吹っ飛ぶってもんですよ!
待っててくださいねー!
生!
ルードビッヒィッ!