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#109 幕間・レオノール


 レオノール・コープスだ。

 聖光教会枢機卿にして、現在、次期教皇に最も近い聖職者、といわれている。

 正直、そんなガラじゃあない、と自分では思ってるんだけどな。

 だが、おれが教皇の座に就いたなら、シャレアへの援助をさらに拡充できる。

 となりゃ、断れねえよなあ。

 他のことは、どうだっていいんだ。だが、シャレアのためならば、どんな労力も惜しむつもりはない。

 そうだ。

 あんときも、そうだった。

 もう十年ぐらい前になるか。

 シャレア・アルカポーネ……あの大天使様が、突然、おれのもとを訪ねてきてな。

 まだ小さかったシャレアと出会って、間もない頃の話さ。

 そんとき、おれはルリマス教会にいて、事務仕事を片付けてる最中だった。

 そこに、シャレアがいきなりダイレクトで『転移』してきやがった。おれが座ってるデスクの、すぐ脇にだ。

 そりゃ驚いたのなんのって。あっちもおれと同じぐらい驚いてたけどな。

 出てくる場所を間違えたってよ。本当は教会の裏門のほうに出るつもりだったのに、なんか座標がズレたとか言ってたな。

 そんで、用向きを告げられ、さらに驚かされた。

 なんでも、ペスカレの湖底神殿とかいう遺跡で、膨大なお宝を手に入れたんだと。

 その財宝を活用して、アルカポーネ領を豊かにしたい。両親や領民が裕福に暮らせるようにしてほしい、だってよ。

 さらに、その宝物を、実際に聖堂の床に山と積んでみせた。無限収納アイテムとかいうのを使ってな。

 度肝を抜かれたよ。

 だってよ、軽く見積もっても、そこらの城の十や二十、丸ごと買い取れちまいそうな額面はあったぞ、あのお宝の山は。

 田舎の貴族領のひとつやふたつ、あれだけあれば、どうとでもできちまうだろう。

「これ、おあずけします。アルカポーネりょーのために、うまくつかってください。やりかたは、おまかせします」

 シャレアは、そういい残すや、さっさと『転移』で帰っていきやがった。

 いやちょっと待てやー! 丸投げかよ! とんでもねえもん押し付けるだけ押し付けて帰ってんじゃねえよ!

 ……とはいえ、他ならぬ大天使様、シャレアの頼みだ。いや命令だ。こうなったらもう、腹をくくって、やるしかない。

 それに。

 いくら、おれが聖光教の聖職者だからって、普通、こんな財宝をぽんと他人に預けるなんて、ありえねえ話だ。どんだけおれを信用してくれてんだ。

 自分のためじゃなく、家族と領民のために、というのもシャレアらしい。まさに聖者。

 この絶大なる信頼に応えずして、なにが聖職者か。上等だ、やってやろうじゃねーか!

 っで、まずは現地の状況を把握することから始めた。

 当時のおれは、枢機卿の内示を受けてはいたが、まだ実際の身分は大司教、職分は巡察使。さらに聖女探索の「神命」も受けている身。ってことで、かなり自由に動けた。

 それで、アルカポーネ領の担当教会に赴き、調査に着手した。

 あの頃、わが聖光教会アルカポーネ支部は、森の中の掘っ立て小屋に毛が生えたみたいな朽ちかけた建物で、年寄りの司祭がひとりいるだけっていう、布教活動どころか存続すら危うい窮状だった。こんなど田舎じゃ、信者も少ねえし、仕方ねえよな。

 一応、その貧相な教会を仮の拠点として、部下どもを動かし、領内の経済状況を調べてみたんだが。

 これがまた酷いもんでな。

 ハイハットとかいう、モンスターに襲われて廃村になりかかってた集落の復興作業をやってたが、資金不足で、作業は遅々として進んでねえ。領主のアルカポーネ子爵家は借金まみれで首も回らん惨状。

 唯一、そこそこ活発に動いてたのが冒険者組合だ。ただそれも、組織としてじゃなく、個々の冒険者らが自発的に作業に協力しているような状況だった。

 なんでもアルカポーネ領内のモンスターが激減し、あそこの冒険者は暇なんだとさ。原因は「レッドデビル」とかいう謎の存在がモンスターを狩りまくったからだとか。レッドデビルねえ。いったい何者だろうなあ。

 一通り調査を済ませると、おれ自ら、領都リュカへ出向いた。ここも領都というには貧相な田舎町。ほんとに何から何まで貧しいな、この領地は。

 まずはライナス・アルカポーネ子爵と直接、面談を行った。

 かつては王都で「雷神」と呼ばれた最高の大魔法使い。なおかつ、あのシャレアの父君だ。

 どんな怖いおっさんが出てくるかと思いのほか、スマートな優男だった。おれよりずっと若いし。

 こちらから領主に持ちかけたのは、ハイハットの南の原野あたりに、新たな教会を建設すること。その許可を求めた。

 代金を領主に払って土地を買い取り、そこに、かつてない規模の大教会をぶっ建てる。もちろん費用は全額こちら持ち。領内から人手を募り、賃金を払って働いてもらう。ついでにハイハットの復興にも、こちらの事業の一環として、いっちょ噛ませてもらう。

 土地代金で領主家の懐も潤うし、建設事業で新たな雇用も生まれる。そうやって領内の経済活性化にひと役買おうって寸法だ。

 領主ライナス・アルカポーネは、若いし迫力にも欠けるが、怜悧な眼差しで、じっくりおれを観察しているようだった。

 いや、無理もねえけどな。急にこんなうまい話を持って来られちゃ、なんか裏があるかも、と疑うのが当然だ。

 だが。

「わかりました。全てお任せします」

 あっさり丸投げされた。

 あんたらな。親子揃ってな。そういうとこだよほんとにな。

 そして始まる大事業。

 もちろん、いくら膨大な資金があるったって、人間のやることだ。一朝一夕ではできん。

 新教会の建設作業を監督しつつ、時折シャレアとも会って、別口の厄介ごとに首を突っ込んだり、王都まで一緒に行ったりした。

 実に多くの出来事があった。王都にて、スタンレー公爵家の令嬢ポーラが「星の聖女」であることを確認したのも、このくらいの時期だ。

 ポーラ・スタンレーは、かつてシャレアがおれに公言した「将来守護すべき二人」の片割れでもあり、教会としても、それなりに注意を払って観察していたんだが、そこで様々な傍証を得て、おれの「聖女試問」を受けるに至り、見事、反応があった。ポーラが「星の聖女」たることは明白となり、以後、教会の公認を受けて、様々な特権を享受する身となっている。

 もう一方の「月の聖女」はなかなか見つからなかった。本山のセイクリッド・リリィの「紅」はもう咲いていたのにな。以前の約束通り、シャレアにも協力してもらったが、空振りが続いた。

 長年の捜索活動の末、ようやくそれらしい娘を王都近郊の村落で見出したのは、ちょうどシャレアの王立学園への入学が決まった頃だ。

 フレーカ村のルナ。庶民なので姓はない。もとは村の入口に捨てられていた赤子で、たまたまそれを見つけた村人に拾われて養育されたという。

 利発で器用で、ちょっと庶民離れした、垢抜けた雰囲気を持っていた。出自を考えると、本来はどっかの貴族の血を引いてるのかもしれんな。

 そんなルナは、おれの「聖女試問」に一発で反応し、その場で「月の聖女」に認定。以後、村を離れ、王都の大聖堂預かりとなった。

 なにせ、これまでろくに読み書きも教わってない庶民の子。聖女としての修行をさせる前に、まずは一般教養を身に付けさせよう、となった。

 ところが、砂が水を吸うように、ルナはあらゆる知識を早々に学び取り、大聖堂の書庫にある書物は一冊残らず読破して、魔法も使えるようになった。

 このぶんなら、ということで、来年、王立学園の入学試験を受けさせると決まった。合格すれば、シャレアの一年後輩として学園に通うことになるだろうな。

 そのシャレアだが……。

 月日が経つのは早いもの。

 十年もの建設期間を経て、ついに完成したアルカポーネ大教会。その竣工式にて、しばらくぶりに再会したシャレアは、一見、目立たない地味な娘になっていた。

 だが、おれの『法の真眼』を誤魔化すことはできん。

 シャレアは、度の入ってない眼鏡に、非常に強力な『認識阻害』を付与している。その眼鏡を掛けている間だけ、いかにも地味で、特徴のない顔に見える。そのように装っていた。

 理由は、聞くまでもない。

 十五歳になったシャレアは、おれの贔屓目もあるにせよ、それはもう、たいそう美しく成長してしまった。あきらかに人目を引く容姿だ。当人もそれを自覚しているはず。

 その美貌を隠すために、わざわざ偽装している。

 もうじき、シャレアは王立学園に入学する。試験は楽勝だったみたいだ。

 シャレアが王立学園に入るのは、学問や将来のためではなく、……ルードビッヒとポーラを守護するため。

 その活動にあたって、極力、目立ちたくないのだろう。それでああいう手法を採ったと。いかにもシャレアらしい。

 こちらも、ルナの教育、ルードビッヒとポーラの警護。王族、貴族への根回し、北塔の魔女の監視……やるべきことは多い。

 もうすぐ学園の入学式だが、それを狙ってか、一部の貴族どもがおかしな動きをしている、学園襲撃の手配を始めている、なんて物騒な報告も入っている。対応を急がねばなるまい。忙しいことだ。

 もっとも……入学式には、当然、シャレアも参列するわけで。

 もし、こちらの対応が間に合わずとも、シャレアなら、自力でどうとでもするだろう。むしろ、襲撃者どものほうに同情しちまうよ。彼女、敵には容赦がねえからな。

 そうだ、憐れな襲撃者どものために、聖職者らしく、せめて祈っといてやるか。

 ――願わくは、汝らに大天使様の慈悲あらんことを。

 なんてな。





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