さあ、いよいよやってまいりました、湖底神殿の宝物庫!
ゲームでは、このダンジョンは、一番奥の祭壇の間に安置されてる「金竜の卵」をゲットするのが主目的。
では、この宝物庫には、何があるのか?
開いた扉をくぐり抜け、内部へ踏み込んだわたしたちを待っていたのは……。
床を埋め尽くす金貨銀貨、色とりどりの宝石宝玉、ぴかぴか輝く腕輪やネックレスなどの装身具、いかにも由来ありげな剣や槍、盾といった武具類などが、おそろしく雑に積み上げられて天井まで届いている、目も眩むような有様だった。
部屋の広さはざっと見ておよそ五十平米程度、天井まで五、六メートルというところ。
壁も床も天井も黄金色。天井にはクリスタルガラスのシャンデリアらしきものが燦然と輝いている。光源は不明だけど、室内は充分明るい。
そんな、そこそこ広い室内を、それこそ無数の財物が視界を覆わんばかり埋め尽くしている。
まさに、宝物庫というイメージそのまんまの情景がここにあった。
「ほおー……シュヴァンガウの宝物庫でも、これほどではありません。たいしたものです」
ガミジンさんが感嘆の声をあげた。
(おたからー?)
(たべられる?)
(かたそう)
(おいしくなさそう)
ホロウさんたちの呟きがわたしの脳内に響いた。
(れっでびのほうがおいしそう)
だからわたしを食べないで。おいしくないから。
さて、圧倒されてる場合じゃない。
わたしがここまで来た目的は……。
ここにある金銀財宝、その全て!
である。
ゲームではね。王子様ルート限定のご褒美イベントなんですよ、これ。
まず王子様ルートのフラグが立った状態でないと、宝物庫の扉が開かない。
それで無事に宝物庫に入ると、お宝はパーティーで山分け、という話になる。
そこで、第四王子アレクシスが、自分の取り分はすべてルナちゃんにプレゼントする、と言い出す。
残る二人の同行者たち……好感度によって変化はあるけど、六人の攻略対象イケメンズのうちの二人。
この二人も、王子様に負けじと、じゃあ自分らの取り分も全部ルナちゃんにあげます、という話になり……。
『(ルナもしくはプレイヤーネーム)の所持金が∞になった!』
というメッセージが、たおやかなBGMとともに表示される。
これ以降、ルナちゃんはゲームクリアまで、資金的に困ることは一切なくなる。ゲーム中、おカネで買えるものなら、なんでも、いくらでも、買えるようになってしまうという……。
さて。
わが実家、アルカポーネ子爵家、ひいてはアルカポーネ子爵領は。
現在、たいへん貧乏である。
これは、たまたまそういう状況になっているのではなく、ゲーム公式設定としてアルカポーネ家は「田舎の貧乏貴族」ということになってるのです。
なにせ、わたしことシャレア・アルカポーネは、ゲーム中では「名有りのモブ」なわけだけど、その数少ない台詞がですね。
『あなたはいいよねー。うちなんて貴族とは名ばかりの貧乏領主だからね。父があちこちから借金して、わたしの入学資金を工面してくれたんだよ』
これは、特待生としてタダで王立学園に入学してきたルナちゃんを羨んでいる、ゲーム内のシャレアの台詞である……。
じゃあ、この金銀財宝、全部持って帰れば、我が家はたちまち大金持ち。それで問題解決!
なのだけど、こんな何十トンあるかしれない貴金属類を普通に全部持ち帰るなんて、さすがに物理的に不可能。
では、どうする?
王子様ルートで得られる、この宝物類のなかに、ひとつ重要なアイテムが存在している。
ゲームの通りなら、たしか、あのへん……。
わたしは、宝物の山へ、慎重に足を踏み入れ、その中ほどまで歩いていった。
ガミジンさんは、そんなわたしを、なぜか嬉しそうに後ろで見守っている。
……おお。あった。
金貨の山に埋もれかけてたけど、目的のものは、すぐ見つかった。
わたしはしゃがんで、その小さなアイテムを拾い上げた。
外見は、ちょっと可愛らしいピンク色の小さなポーチ。
『鑑定』
念のために鑑定魔法で詳細を調べる。間違いない。これこそが。
魔法のアイテム「無限収納ポーチ」である!
これさえあれば、ここのお宝を全て収納することが可能。取り出しも自由自在という夢のような逸品。
そう。この無限収納ポーチこそが、わたしの大本命。これをゲットするために、わたしはこのダンジョンまでやってきたというも過言じゃない。
色々あったけど、どうにか目的は果たせた。ここまで頑張った甲斐があったというものだ。
あ、もちろん金銀財宝もいただきますけどね。わが家の未来のため、なによりわたしの将来の入学資金のために!
ゲームでも、ルナちゃんはこれを使って財宝を回収し、持ち帰っている。最終的にはその大部分、国庫に入れちゃうことになるんだけどね。
なにせルナちゃん、王子様ルートのグッドエンドで王太子妃になっちゃうので。これで王国の財政も安泰だよねっ、とかいって。
ただこれ、わたしが全部独り占めするわけにはいかない。
ガミジンさんという同行者がいる。多くの魔法、その応用法、数々の裏技まで、今日は、たっぷり教えてもらえた。
ならば、ここはガミジンさんと山分け、という形にすべきだろう。
と思って、ガミジンさんに声をかけようとしたところ。
「お嬢様。分け前とかは不要です。それは全部、お嬢様がお持ちください」
ガミジンさんのほうから、そう告げられてしまった。
「……んー、でもー」
ここまで、魔法を教えてもらって、いろいろ手助けもしてもらったのに、お礼のひとつもしないというのは……。
「お忘れですか? ワタシは、お嬢様に命を救われたのですよ。本日の魔法の授業など、そのささやかなご恩返しにすぎません。ワタシのことなどお気になさらず、やりたいようになさいませ。そもそもワタシ、人間の財物には興味ありませんので」
そう言って、ガミジンさんは、ニィッと歯茎を見せた。
むむ。
ならば、せっかくのご厚意。わが家とわたしの未来のために、活用させていただきましょう!
その後、ガミジンさんと二人がかりで、さらにホロウさんたちの手をも借りて、庫内の宝物すべて、銅貨一枚すら残さず、無限収納ポーチへ放り込んだ。
「よし、かえろー!」
無限の夢が詰まったポーチ。その肩紐を斜めに掛けて、腰へとぶら下げ。
わたしは『転移』を発動した。
まずは、みんなで一緒にシュヴァンガウの城門前へ、瞬間移動。
そこでガミジンさん、ホロウさんたちとお別れすることにした。
「また遊びにおいでください」
「うん! もっと魔法、おしえてほしー!」
「ええ。喜んでお教えしますよ。いつでもおいでください」
「はいっ!」
そう挨拶を交わして、わたしは、尊敬する魔法のお師匠へ、ぺこりと一礼。
再度『転移』を発動。わが家の自室へと戻った。
……まだ真夜中。お部屋の外は真っ暗だ。家族も使用人さんたちも、すっかり寝静まっている。
わたしは、大急ぎでパジャマに着替えた。例の無限収納ポーチは、ベッドの下へ。
膨大なお宝を持ち帰ったはいいけれど、これをそのまま両親に渡すのは、ちょっとマズい気がする。
きちんと事情を説明しなくちゃ、両親も納得しないだろう。でも、わたしがこっそり「夜のお出かけ」してることは、まだ当面、身内には内緒にしておきたいんだよね……。
いかにして、このお宝を、ごく自然にアルカポーネ領へもたらし、わが家の繁栄へと繋げてゆくか。
わたし一人では、どうにも難しいけれど、さいわい、相談相手の心当たりはある。明日にでも訪ねてみよう。そうしましょう。
ころんとベッドに寝転ぶと、すぐさま心地よい眠気にさそわれた。今日も色々ありすぎて、疲れちゃったな。
まどろみながら、ふと脳裏に思い描いていた。
ルードビッヒとポーラ。……二人とも、まだ七歳だっけ。
いまごろ王都で、すやすや眠っているはず。いま、わたしが生きている、この同じ空の下で。
わが「最推し」のベストカップル。いつかきっと会いましょう。必ず、わたしが守りますから。
そんなことを念じながら、わたしは眠りについた。
今夜はいい夢が見られそう……。
おやすみなさい。