湖底神殿。
ゲームでは中級ダンジョンと呼ばれている、この地下遺跡。
そもそもの話、なぜこんな場所に、こんな遺跡があるのか?
神殿というからには、何らかの神様を祀っていたのだろうけど。
でも以前、あの「因子」ちゃんは、この世界に神はいない、と言ってた。
でも神殿はある。これが何を意味するのか、いまのわたしには見当もつかない。
ガミジンさんも、さすがにそこまでの知識は持っていないようで。
ギャレさんは、もちろん色々と知ってるだろうけど、もう何も答えてくれなさそう。
ただ、ギャレさんは、わたしが「大神の加護を受けている」と言っていた。
その「大神」が何者かはわからない。わたしとしても、そんな凄い存在の加護なんて、身に覚えがない。
それでも、なんとなく推測できるのは、この地下の神殿……たぶんその「大神」とやらを祀っていた場所なんだろう、ということ。おそらくギャレさんが鎮座していた中央広間こそ、その祭壇だったんじゃないかと思う。
これ以上のことは、いまの時点では、なんともいえない。
憶測はできるけど、なにせ情報が足りない。いずれ、もっと詳しく調べたいところだ。
それはそれとして。
階段を降りると、それまでとは明らかに異なる光景が広がっていた。
湖底神殿、最下層。
床も壁も天井も、灰色の金属……鉄板? に覆われていた。壁には一定間隔でリベットが打ち込まれていて、複数の金属板を繋ぎ合わせてこの通路を形成しているらしいとうかがえる。
天井の照明も、発光植物でもなければ篝火でもない。白く輝く、野球ボールくらいの大きさの魔力の塊のようなものが、天井に十メートルおきに据えつけられていた。
おかげで、上層階とは比較にならないぐらい明るい。
……実は、ゲームとほぼ同じ状態だ。
中級ダンジョンは基本的に石造り。でも最下層だけは、通路が謎の金属で覆われていて、照明も電球みたいなのが並んでいるという、異様な造りになっていた。
なんというか、ここだけファンタジーというよりSFっていうか。そんなふうに感じられる。
その事情について、ゲーム内で、特に説明はない。
唯一、ゲームにて「王子様ルート」分岐フラグが立っている状況でのみ、同行中の第四王子アレクシスが、ぽそりと違和感を呟く台詞がある。
『不思議だ。まるで、この世界のものではないみたいだ』
ってね。
ゲーム「ロマ星」には膨大な設定が存在していた。
設定資料集はそれこそ何冊も出版されてたし、ファンブックのたぐいには、開発者インタビューなんかも載ってたんだけど。
でも、中級ダンジョン最下層が、なぜこういう外観なのか。そこは一切説明がなかった。
おかげで一部のファンの間で物議を醸し、その謎について、さまざまな推測、推理、憶測、妄想などが飛び交い、その手のコミュニティーも盛り上がっていた。
ただ、まあ……わたし個人的には、あまり気にしてなかったというか。
大多数の「ロマ星」ファンにとって、重要なのは恋愛ゲームとしての内容、テキストやキャラグラフィック、演出等の出来栄え、キャラとその関連設定などであって、こういう局所的な謎を追求する人は少数派だった。
わたしも、ああこういう演出たまにあるよねー、くらいにしか思わなかった。当時はね。
でも、こうして実際にその現場に踏み込んでみると……上層とのあまりの違いに驚かされた。
この階層だけ、まるで鉄の要塞の内部でもあるかのような、異様な雰囲気。
明らかに、何もかもが別物とわかる。
おそらくだけど。
厳密にいえば、ここは「湖底神殿」ではなく、そのさらに下に埋まっている、別の何かじゃないかな。それもSF的な由来がありそうなやつ。
地下の神殿から、このよくわからない何かへと降りられるように、何者かがわざわざ階段をつくって繋げて、実質、ダンジョン最下層という扱いになった。そんなところだろうか。
「これは、また……不思議なものですね。この世界のものではないように見えます」
ガミジンさんが呟いた。アレクシス王子と同じこと言ってるよ……。うん、わたしもまったく同感ですけどね。
最下層はさほど広くない。
階段を降りると、そこは最下層南端。
それから北に向かって一直線に、鉄の通路が伸びている。通路の幅は約四メートルほどと、やや広め。長さはせいぜい三十メートルってとこ。
通路の端から、もう左右三部屋ずつ、合わせて六部屋の扉に、一番奥の祭壇の間の扉まで、ひと目に見渡すことができる。
これが最下層の全て。行手を阻む敵の姿は、どこにもない。
あるのはただ、鉄の廊下と、各部屋の扉。それだけ。
祭壇の間は通路北端の突き当たり、真っ黒な両開きの大扉の向こう。あそこには近付かないほうがよさそうだね。ギャレさんからも警告を受けてる。わたしとしても、大事な出産の邪魔をするつもりはない。
で、わたしの目的地である宝物庫は……南端から向かって、通路右側、三番目の扉。
他の部屋がジュラルミンっぽい材質の片開きのドアなのに、宝物庫の扉だけが、あからさまに別物。
妙だな? ゲームでは、宝物庫も、他と同じ片開きドアで、区別がつかないようになってたんだけど。
でも、今実際に目の前にあるそれは、金の縁取りに真っ赤な塗装が施された、両開きの巨大な金属扉。
あちらこちらルビーやサファイアみたいな宝玉がちりばめられて、無駄に豪華な造りになっている。錠前まで黄金。
「むむ。これは……かなり強力な魔法の封印が施されていますね。ワタシの『解錠』でも、これは無理です」
ガミジンさんが『鑑定』を行い、そう告げてきた。
うーん?
わたし、この扉、見たことあるな。どっかで。
どこだっけな?
……思いだした。
「あー、うん。たぶん、だいじょーぶ」
「お嬢様? もしや、これを開けることが?」
「うん。みてて」
と、ワンピースのポケットから、小さな黄金の鍵を取り出して、とてとて錠前の前へと歩み寄り……。
右手を伸ばして、錠前の穴に、鍵を入れる。思った通り、ピッタリ。
一瞬、ぱあぁっ、と、扉全体が虹色に輝いた。
光はすぐにおさまった。なんか背後でガミジンさんがすっごく驚いてる。どうやら、これで封印は解けたみたいだね。
おもむろに、鍵を、くるっと左に回す。
カチン! と金属音が響いて、あっさり解錠できた。
……そう、これは先日、ルリマスの街の「真実の乙女」像の前で、ミニゲーム成功のご褒美として、わたしの頭に落っこちてきた、黄金の鍵。
これ、ここで使うためのものだったんだな……。
ゲームだと、ここに入るにはルナちゃんのレベルが70以上、なおかつ王子様ルートへの分岐フラグが立っている、という条件を満たさないと絶対に開かないようになってたんだけど。
因子ちゃんのおかげで、苦もなく宝物庫に入ることができる。
ありがとう、因子ちゃん!
(どういたしましてー!)
ん?
また脳内に、あの声が響いた、ような気がした。
いやぁ、気のせい……だよね。
そういうことにしておきましょう。