その後、通路を塞ぐ結界を解除・破壊すること九度に及んだ。
通路の辻をひとつ曲がるたびに新たな結界があり、それを壊すとモンスターが襲撃してきた。
さすがにこう何度もやっていると、結界の構造や術式もすっかり頭に焼き付いてしまった。いまや、わたし自身でも、まったく同じ結界魔法が再現可能になっている。
ただし、再現できるといっても、ごく狭い範囲に、ごく短い時間だけ。
さすがに広範囲に張り巡らせて長時間維持する、というのは、今のわたしではちょっと無理。実際に結界を張って維持している竜の魔力量が、いかに凄まじいものか、よくわかる。
さらに道中、結界解除のついでとばかり、ガミジンさんから「術式反転」の具体的なレクチャーを受けることができた。魔法効果の反転・相殺の手法。
方法は様々にあって、たとえば火に水をぶっかければ火は消える。水は熱せば蒸発する。そういう理屈で、対極にある属性をぶつけあって相殺する手法もあれば、より強力な魔法で効果を上書きする、というようなアプローチもある。
さらに結界魔法のように、その場にずっと固定されて存在しているものなら、じっくりその術式を解析して、効果をゼロやマイナスに置き換えた同じ魔法で上書きしてしまう、という方法も採れる。ガミジンさんは『衝撃吸収』『衝撃反転』をそれで無力化したのだとか。
突き詰めるほど、その奥深さを実感させられる技術の数々。本当に勉強になるなぁ。
あ、襲撃してきたモンスターたちは、ホロウさんたちが全部おいしくいただいてました。
そんなこんなで第七層も、もう大詰め。
上層のボス部屋とよく似た構造の中央広間に、未知の巨大生物が端然と座して、わたしたちを待ち受けていた。
竜、といわれれば、そうなのだろうけど。
外見は、西洋型のドラゴン。端的に言えば、超でっかいトカゲに翼が付いてる、みたいなやつ。
でもその大きさが半端ではない。上体を起こして座っている姿勢で、体高十メートルはゆうに越える。立ち上がったらその倍くらいの身長がありそう。
全身、黄金に輝く鱗に覆われ、見るから神々しい気配を漂わせている。
体格も立派で、悠々堂々、とても威厳に満ちた姿。
顔つきは、一応爬虫類に近いのだけど、眼差しはどことなく穏やかで、深い知性すら感じさせるものだった。
お……おかしいなあ?
ゲームに出てくる竜は、金色の大蛇に両手が付いてるような、東洋型だった。それがふよんふよんと宙に浮いて、ルナちゃんたちを見下ろしている……というシチュエーションだった。
全然違うよ。どーなってんの、これ。
……いや。
この世界は、ゲームじゃないんだった。ゲームによく似た世界ではあっても、ゲームじゃない。
冷静に考えれば、ゲームと違うところがあるのは、なんら不思議なことじゃない。それを忘れちゃいけない。
『よく、ここまで辿り着きましたね。久方のお客様がた。歓迎いたしましょう』
穏やかな女性の声が、広間に殷々と響き渡った。
ちょっと、おばあちゃんっぽい感じの優しい声。ってことは女性なのかな? 竜に性別があるかどうかは知らないけど。
わたしの隣りで、ガミジンさんが、突如、ぐらりとよろめいた。前肢で頭を抱えている。
「ガミジンさん!」
「ああ、大丈夫です……お嬢様」
ふらつきながら、かろうじて姿勢をもち直すガミジンさん。
「あの竜を『鑑定』してはなりません。じょっ、情報量が、多すぎます」
ああ、『鑑定』しちゃったんだ、ガミジンさん……。
ガミジンさんでこの有様じゃ、わたしがやったら気絶しかねない。詳しい情報は知りたいけれど、ここは『鑑定』『解析』は封印しといたほうがよさそうだね。
『あらあら、不思議な組み合わせだこと。この世の理から外れた獣と、この世の外から来た転生者だなんて』
うへぇ、わたしの正体、いきなりバレてるぅー!
あとガミジンさんが馬じゃなくてUMAなのも見抜いてるっぽい? いやそれは見ればわかるか。
少なくとも、いきなり攻撃とかは、してこないみたい。
敵意も感じない。むしろ、なんだか嬉々として、わたしたちを迎えてくれてる雰囲気すらある。
ならば。
まずはこちらから名乗るのが、礼儀というものでありましょう!
「わたしは、シャレア・アルカポーネと、もーします」
ぱぱっ、とワンピースの裾をつまんで、カーテシーなど。
え、偽名じゃないのかって?
あちらには、もう正体バレてるし、そこはもう今更かな。
実はガミジンさんも『鑑定』持ちだから、わたしの名前くらい、とうに把握してるはずだしね。
そのガミジンさんも、わたしに倣うように、恭しく頭を垂れて、名乗った。
「ワタシは魔獣ガミジン。今後ともよろしく……」
ガミジンさんって魔獣だったの? あとその挨拶って……いや、今はそれはどうでもよくて。
『丁寧なご挨拶ですこと』
竜は、機嫌よさげな声で、うんうんうなずいている。よかった、ご機嫌を損ねずに自己紹介できたみたい。
『では、わたくしも名乗りましょう。わたくしは、ギャレ。創世の因子を司る、古い亡霊のようなものです』
創世の……因子?
亡霊にしてはご立派なお姿だけど……それよりも、因子とな?
『おや』
そのギャレさんが、ふと何かに気付いたように、ちょっと頭を動かし、わたしに視線を注いできた。
『あらまあ、あらまあ。あなたから、わたくしのよく知る気配を感じますよ。小さき異邦人。あなた、大神の加護を受けていますね?』
大神の加護? なんのことだろう?
あと、ギャレという名前にも聞き覚えはない。ゲームでここにいた竜は、そもそも名乗らなかったし。
やっぱりゲームとはいろいろ違うみたい。
すなわち、ここでは攻略情報も役に立たず、模範解答もない、と。
ここは、なんとか話し合いで最下層への扉を開いてもらい、穏便に先に進ませてもらいたいところ。
さいわい、あちらは友好的だし、慎重に対応していけば、どうにか……。
『では、その力、試させてもらいますよ。覚悟はよいですね?』
そう告げるや突如、ギャレさんが、口からゴオオオ、と赤い火を噴いてきた。
いやちょっと待って、そんないきなり!
覚悟なんかありませんー! どーしてこーなるの!