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#104


 階段を降りると、通路は封鎖されていた。

 湖底神殿、第七層。

 ゲームだと、最下層の第八層にはモンスターがいないので、実質、モンスターとの戦闘は、この第七層が最後となる。

 ……はずなのだけど。

 モンスターの姿は見えず、石造りの直廊が、かなり先まで見渡せる。

 問題は。

 階段を離れて先へ進もうにも。

 ぐにゅん。もにゅ。ぼいーん。

 と、目には見えない、やわらかいゴムクッションのようなものが通路を塞いでいて、進むことができない。

「これはこれは……」

 ガミジンさんも、興味深げに、前肢の蹄で、ぽにゅぽにゅと、透明クッションの感触を確かめたりしていた。

「物理結界魔法の一種ですね。人類はむろん、上級悪魔でも、これほど強力な物理結界を張ることは難しいでしょう」

 おおー、そんな物凄い魔法なんだ、これ。

「おそらく、この階層にいるという竜が、侵入者対策として張り巡らせたものでしょう。解除は無理ではありませんが、なかなか骨が折れる作業になりますよ」

「どーやって、かいじょするの?」

「そうですね……ともあれ、構造を確認して、分析。そこからどうアプローチするか思案することになるでしょう」

 ふむふむ。まずは解析と。

「お嬢様、『鑑定』は使えますね?」

「うん、つかえる」

「ではまず、そこからです。やってみてください」

「はーい」

 というわけで、『鑑定』を発動。

 すると。

 それまで何も見えなかった前方に、真っ黒い壁が現れた。隙間なく、ぴったり通路全体を覆っている壁が。

 これが結界の真の姿?

 これって多分、結界自体に『認識阻害』のような魔法が掛けられてるってことだ。それで普通では目に見えない透明な壁になってるけど、『鑑定』で普通に壁が見えるようになったと。

「どうです、何かわかりますか?」

 ガミジンさんに訊かれて。

「んーとねー……ぐはぁ!」

 構造を詳しく見ようとした瞬間、何十という膨大な量の魔法の術式が一気に脳内に流れ込んできて、眩暈と吐き気を催した。

「お嬢様!」

「あう……うぅ、だっ、だいじょーぶ」

 ガミジンさんが慌てて声を掛けてきた。わたしは、小さく呻き声を発したものの、かろうじて意識を保った。

 あまりの情報量に、あやうく脳がキャパオーバーを起こしかけた。どうにか耐えたけど。

「ふえぇ……これ、すごいよ。すっごい、たっくさんの魔法が、くみあわさってるの」

 複数の魔法を組み合わせることで、単一の魔法ではありえない様々な効果を作り出す。

 応用魔術の理想形というか完成形というか、そういうイメージ。

「では次に、それらの術式をひとつひとつ確認してみましょう。それらが、どのように組み合わさって、この結界の効果を作り出しているのか。そこを理解することで、解除が可能になります」

「ふぇー……」

 わたしの脳内に流れ込んできた情報は、ざっと合計三十六個もの魔法の術式。

 ひとつひとつは単純なものだけど、とにかく数が多い。これは確かに骨が折れる作業だ。

 ……ふむふむ。大元になっているのは『障壁』という魔法で、これに複数の認識阻害系、物理強化系の補助魔法を組み合わせている。意外と、そんなに難しいものじゃないね。ただ、これをダンジョンフロア全体に張り巡らせて維持する魔力が半端ではない。今のわたしでは、ちょっと真似できないだろう。

 魔法効果の増幅、範囲の拡大など、数多く掛かっている補助魔法のなかで、とくにわたしが注目したのは『衝撃吸収』『衝撃反射』という二つの術式。この二つが『障壁』に組み込まれることで、ゴムクッションのような独特の弾力が付与されていると推測できた。

 となると……ここをピンポイントで攻略できれば。

「ガミジンさん」

「おや、何か思いついたようですね?」

「んーとね。しょーげききゅーしゅー、と、しょーげきはんしゃ、これが、やっかいかなって」

 まず『障壁』という魔法は、あらゆる魔法の効果を阻む壁として作用する。反面、物理的にはそれほど強度は高くない。

 それを補うため、『衝撃吸収』『衝撃反射』で物理耐久性を飛躍的に向上させている。これで魔法も物理攻撃も通さない最強結界が構築されてるわけね。

「ほほう。その二種を無効化すればよろしいのですね?」

 え、魔法の無効化? そんなことできるの?

 それはぜひ見たい、知りたい。

「おねがいします!」

「はい、やってみましょう」

 ガミジンさんは、さも何事でもないように、うなずいてみせた。

「まずは、『鑑定』を……ふむふむ、ああ、これとこれ……ですか。なるほどなるほどー。では、これを……」

 しばし結界を『鑑定』魔法で検証するガミジンさん。すぐに納得したようにうなずき、新たな呪文詠唱を開始。

 ん? また聞いたことのない呪文……。

 ぱぁぁっ、と、目の前の真っ黒い壁が一瞬、青白く発光した。

 ふー、と、ガミジンさんはひと息ついて告げた。

「できましたよ」

 壁の見た目はとく変わらないけど。なにか違いが?

 と、指先で壁に触れてみると。

 ひんやり冷たい、硬い感触。さきほどまでの弾力は無くなっている。

「おお」

 驚いた。ガミジンさん、何をしたんだろう?

「術式反転という、これも応用魔術の一種です。術式が判明していれば、その効果を反転、相殺することが可能なのです。詳しい理屈や実践方法は、のちほど、お教えしましょう」

 ちょっと鼻息荒く述べるガミジンさん。いまのやつ、簡単そうに見えて、どうもかなり心身を消耗するみたい。

「さて、お嬢様のご注文どおりの状態になりましたが、ここから、どうなさるのです?」

 と、ガミジンさんに問われて。

「うん。えっとね」

 わたしは、ささっと数歩後ろにさがった。

「こーするの」

 右足を前に力強く踏み出して。

 右手にぐぐーっと力を込めて。

 黒い壁を。

 この『身体強化』の掛かった拳で――ぶん殴る!

 パリィィン!

 と、軽快な音を立てて、黒い結界は、薄いガラス板が破れるごとく、見事に割れ砕けた。

 脆くも結界はガラガラ崩れ落ち、ほどなく完全に消滅した。

「できたー!」

 右手を高く掲げて勝利宣言するわたし。

 あのゴムみたいな弾力さえ無くなれば、こちらのもの。あとは物理で叩けばなんとかなる、と想定していた。

 どうにか、うまくいったみたい。むしろ『衝撃吸収』『物理反射』の組み合わせが凶悪すぎたというべきだろうか。

 それらが無くなると、結界は思った以上に脆かった。さすがに、ガラスみたいにパリーンと割れちゃうとは想定外だった。

「お見事です。では先に進みましょう」

「はーい!」

 わたしたちは、足取り軽く前進を再開した。

 通路のずっと奥から、コオオオオ……と、かすかに空気が震えるような音が響いてきている。

 風か。それとも、ここに棲むという、竜の息吹か。

 もうすぐ、その竜とご対面。

 ゲームでは話の通じる相手だったけど、ここではどうなのだろう? できれば穏便に済ませたいところだ。





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