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#103


 さて。

 第六層なのだけど。

 基本的な構造は、上層階とまったく同じ、武骨な石造りのダンジョン。

 わたしの記憶通りであれば、フロア中央付近が広間になっていて、そこまでの道程もとくに難しいことはない。

 ほぼ道なりに歩けば、ものの十分かそこらで広間に辿りつけるはず。

 ここに出てくるモンスターは、だいたい四足歩行の獣型。

 大きな犬の姿のモンスターで、わんわん吠えて飛びかかってくるスピネルドッグや、姿はフェレットなんだけど体高がわたしの身長ほどもあるエルナーレット、他に狐型とか虎型とか熊型、そういった中・大型モンスターの面々。

 けれど広間までの道中、わたしもガミジンさんも、モンスター相手に戦う必要はなかった。

 どういうわけだか、一緒についてきてたホロウ・フェアリーさんたちが、妙にやる気……殺る気を出して、それらのモンスターたちへ、ばんばん攻撃魔法を放って、片っ端から排除してくれたので。

 ホロウさんたちの波状攻撃。色とりどりの魔力が津波のごとく敵を呑み込み、あとには骸が残るのみ。傍で見てるぶんには、それはもう美しい戦いっぷり。できれば敵に回したくないな……。ゲームでもホロウ・フェアリーって、すんごい強敵だったからね。

(どりゃー!)

(しねやおらー!)

(いったれー!)

(なんじゃわれー!)

(ほんだらほだらだー!)

(ぺろぺろしていい?)

 って具合に、戦闘中、伝わってくる声も異様にヒートアップしていた。なんかいつも通りの子もいるけど。

 ホロウさんたちは、波状攻撃で倒した獣型モンスターの骸に一斉に群がり、一瞬血しぶきが舞ったと見る間に、骨だけにしてしまう。本当に食べちゃうんだな……。わたしはおいしくないから食べないでね。ほんとに。

 と、そうこうやってる間に、もうフロア中央まで辿り着いていた。

 鉄の両開きの扉は、大きく左右に開かれていた。

「凄まじい魔力を感じます。かなり強力なモンスターの気配ですね。お嬢様、ご注意を」

 ガミジンさんが、ぐっと眉間に皺を寄せて告げてきた。

「わかりましたー」

 わたしも、ちょっと身構えつつ、ガミジンさんと並んで、出入口をくぐり、内部へ踏み込んだ。

 ざっと五十平米ぐらいありそうな、広々とした空間。天井はさほど高くないけど、それでも五、六メートルぐらいはあるかな?

 ここの天井に、例の発光植物はない。ただの石材みたいだ。

 その代わり、四方の壁面にずらりと松明が据えつけられて、煌々と燃えている。おかげで内部は充分明るい。

 この大空間の中央に、さながら祭壇のごとく、三段の石壇が設けられて、その上にも篝火が輝いていた。あそこは俯瞰すれば大きな正方形の台座みたいになってるはず。ゲームのフロアマップではそうなってたので。

 ホロウさんたちは、いつの間にか、わたしの背後に引っ込んでいた。自分たちより遥かに強大な悪魔の気配に、ちょっぴり怖れを抱いている。そんな感情が、なんとなく伝わってきていた。

 ホロウさんたちすら怖がらせる、その存在。

 三段の壇上に佇み、悠然、こちらを見下ろす異形の姿がある。

 シルエットは人型に近いのだけど、身長四メートルぐらいあるだろうか。かなりの巨体。

 篝火に照らされた肌は青黒く、全身、隆々たる筋肉に覆われている。爬虫類っぽい顔に、両眼は爛々と赤く輝き、背には蝙蝠のような黒い翼を負っていた。両手両足の指先は、いかにも刺さったら痛そうな長い鉤爪が伸びている。

 間違いない。グレーターデーモンだ。姿はゲームとまったく同じ……いや実物は、より禍々しく、おぞましく見える。

 なにより、身にまとう気配が、殺伐としすぎている。侵入者絶対殺す、みたいな怒りと殺気に満ち満ちていた。

「上級悪魔ですね……生半可な魔法は無効化されます。膂力も体力も、並のモンスターとは比べ物になりません。強敵ですよ」

 ガミジンさんが冷静に分析する。

 確かに、まっとうにやりあったら、かなり苦戦しそうな相手。

 ただね、よく似たモンスター、以前にも見かけたことがあったんだよねー……アルカポーネ領のダンジョンで。

『%☆#$★@*$★%&@*★*#☆◎……』

 その大悪魔が、ゆっくりと動き出す。右腕をあげ、鉤爪をこちらへかざし、何事か呟いている。

 言語としては理解不能だけど、なんらかの魔法の詠唱っぽい。それもかなり高レベルなやつ。

 その詠唱が続く間に。

 わたしは、ひとり、すたすたと石壇のそばまで歩み寄った。

『極大治癒』

 おもむろに、最上位回復魔法を、無詠唱でグレーターデーモンに放り投げる。

『@*$*#☆◎★*#☆◎%&@*$★%&@★*#◎☆#$★@*ー!』

 地の底から湧き出すような不気味な悲鳴が、広間全体に響き渡った。

 青黒い巨体は瞬時に全身泡立ち、ぶしゅるっ! と、蒸気をあげつつ溶け落ちて、原型をとどめぬゲル状物質と化した。

 そのまま、しゅうしゅうと蒸発してゆく……。

 回復魔法をとなえてから、一秒と掛からず、グレーターデーモンは溶けて消えた。あっちゃんのように蒸気から復活、なんてこともなく、完全に消滅したみたいだ。

 チーン、とわたしの脳内に音が響いて、全身にぎゅん! と力が漲った。

 あ、またレベルアップした? なんか演出が以前と違う気がするんだけど、そこはどうでもいいかな?

「お……お見事です。さすがですね……」

 呆然と、ガミジンさんが呟いた。

「ぐーぜんです」

 わたしは応えた。検証のためにと、試しにやってみたのだけど……どうも上級悪魔は、例外なく回復魔法が大ダメージになるみたいだね。もう間違いなさそう。

 ただ、それに依存しすぎていると、いずれ思わぬ形で足をすくわれるかもしれない。

 将来のことを考えれば、回復魔法抜きに、正攻法で上級悪魔とやりあえるだけの実力を身につけておきたいところ。今後の課題として意識しておこう。







 かくて第六層もクリア。

 グレーターデーモンが消滅すると同時に、広間全体が、ゴゴゴ……と振動し、石壇のそばの床、その一部がゆっくりスライドして、下層へと続く階段が現れた。これもゲームの通り。

 さっ、いきましょー。

 わたしとガミジンさんが、並んで階段を降りてゆく。ホロウさんたちも、気楽そうに、わたしの周りを飛びまわりながらついてくる。

「次の層には、竜がいるはずです。マスターがいうには、宝物庫の守護者として、何百年も侵入者を阻み、排除してきたのだとか」

 ガミジンさんの解説。あっちゃん詳しいな……。

 ゲームでも、この中級ダンジョン最下層には宝物庫がある。竜は、その財宝を守るために、一階上の第七層に居座っている。

 しかもゲームでは、その竜は途方もなく強くて、倒すことはほぼ不可能。

 ゆえに、ルナちゃんが竜を真面目に「説得」して、最下層への扉を開いてもらう、という展開になっていた。竜はそういうイベントキャラクターであって、実質、グレーターデーモンが中級ダンジョンの固定ボス扱いだった。

 ゲームの通りなら、竜は話が通じる相手なので、戦闘にはならずに済むはず……。

 なんだけど。

 第七層に降り立って、一歩を踏みしめた、そのとき。

 ぐにゅん、と全身にやわらかい感触。

 まるで、見えざるゴムクッションか何かが、行手を塞いでいるように。

 そして、後ろへ跳ね返された。ぼよーん、と。

「ほわっ?」

 反動で、あやうく真後ろへひっくり返りそうになった。ガミジンさんが慌ててわたしの背中を受け止めてくれて、どうにかセーフ。

「これは……結界ですね。竜の仕業でしょう」

 ガミジンさんが呟いた。

 いまのが噂の、竜の結界?

 ゲームには、こんなのなかったけど。

 まさか、階段降りてすぐの通路を塞がれてるなんて。

 どうすれば通れるようになるんだろう?





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