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#102


 湖底神殿、第五層。

 階段を降りたら、そこは蛇の楽園だった……。

 天井と壁は、これまで同様、がっしりした石造り。発光植物が天井を覆っているのも同じ。

 けれど床は石ではなく土の地面。それも雑草がぼうぼうに生え散らかしていて、背の低い潅木も、あちこちに生えている。

 実はこれ、ゲームに登場する中級ダンジョン五層とまったく同じ。

 ゲームでは、この草が覆い茂る地面に、小・中型の蛇の姿のモンスターが多数棲息していた。ストライプマンバ、カイザーコブラ、レッドジェネラル、なんて名前が付いていたな。

 どれも異常に素早くて攻撃を当てにくく、『気配察知』の魔法をあらかじめ掛けていないと不意打ちを食らいやすい。おまけに、すべての個体が強烈な神経毒、麻痺毒を持っており、ルナちゃんのレベルが相当上がっていないと、あっさり全滅してしまう。

 ゲームでは、中級ダンジョン最大の難所といわれていたのが、この第五層だった。

 で、現在。

 まさにゲームそのままの光景が、わたしたちの眼前にあった。

 緑の草々をかきわけ、そこいらを、うねうねと動き回る、大小、色とりどりの蛇の大群。

 潅木の幹に長い巨体を巻きつけ、こちらの出方を虎視眈々と注視しているような個体もある。あれはブルーネットボアとかいう大型種だね。

「ううむ、これはなかなか、気持ち悪いですね……」

 ガミジンさんが感想を洩らした。わたしも同感。

 前回の蜘蛛よりはマシ、という程度で、やっぱりこういうの、生理的に駄目だな……。

「さて、では魔法の授業といきましょうか」

「はい、おねがいします!」

「よい返事ですね。こちらも教え甲斐があるというものです」

 ガミジンさんは、前方、じわじわと迫り来る蛇の大群を眺めつつ、ぶるん、と鼻を鳴らした。そういうところは普通のお馬さんっぽいんだよね。UMAだけど。

「蛇は変温動物の一種です。モンスターといえど、蛇の習性と形質を持つのなら、その点は変わらないといえるでしょう」

 うんうん。

「ゆえに、こういう魔法が有効です」

 ガミジンさんが、前肢をかざし、呪文を詠唱する。

『冷気』

 魔法発動。蒼い輝きが、ガミジンさんの蹄から前方へ、ぱぁっと閃いた。

 おや……ちょっと、肌寒くなってきた?

 と見る間に、こちらへ迫りつつあった色とりどりの蛇型モンスターの群れ。その動作が、急速に鈍く、遅くなりはじめた。

 潅木に巻きついていたブルーネットボアが、いそいそと木の根っこ付近にうずくまって、そのまま動かなくなった。

 他の蛇たちも、その場でとぐろを巻いたり、複数で絡み合って団子みたいになったりして、その態勢から動かなくなった。

「よし。うまくいったようです」

 ガミジンさんは、満足げに息をついた。

 これは、あれかな。

「とーみん、した?」

「ええ。といっても一時的なものですが、動作を鈍らせ、蛇の長所である隠密性と敏捷性を封じられます。こうなってしまえば、煮るのも焼くのも思いのままというものでしょう」

 なるほど。蛇の習性を突いてデバフをかけたようなものだね。

 じゃあ、さっさと駆除しちゃおうかな。

「やっちゃっていい?」

「もちろん。ただし、だいたいの攻撃魔法は、威力が低下しますよ」

「あっ……そっか。だったら」

 わたしはささっと手を前にかざした。

 さきほどのガミジンさんの詠唱を、そっくりそのままコピーしつつ、応用魔術のひとつ「範囲指定」を織り込んで、魔法を発動させる。

『冷気』

 ぎゅいんっ! と、前方の空間が真っ白に凍てついた。

 さ、寒い。自分でやっといてなんだけど、ちゃんと範囲指定したのに、余波で術者にまで影響が及んでいる。わたしもまだまだだなあ……。

 けれど、蛇の大群は、周囲の草木ごと、見渡す限り、一匹残らず完全に凍り付いて、真っ白なオブジェの群れと化した。

「お見事」

 ガミジンさんは、うんうんとうなずいて褒めてくれた。

 いま使った『冷気』という魔法。効果範囲の気温を下げるのだけど、実はなかなか複雑な術式になっていた。

 魔法でなんか冷たい氷とかを出して冷やす、のではなくて。

 魔法で大気中の分子に働きかけ、その運動を減速させることにより、対象のフィールドを熱平衡状態に近づける。つまり気温が下がる。

 外からの力で冷やす、いわゆる熱交換ではなく、空気そのものが寒くなるわけね。

 で、さっきガミジンさんが言った「攻撃魔法の威力が低下する」というのも、ここに理由がある。

 たとえば、わたしが火や雷などの攻撃魔法を繰り出した場合、『冷気』のフィールド内では、その干渉を受け、魔法効果に関わる分子運動が減速。攻撃魔法の熱量や物理破壊力の大幅ダウンを招く結果になる。

 それがわかっているなら、わたしがやるべきことは……ガミジンさんの『冷気』を重ねがけして、さらなる熱平衡状態を作り出す。

 大気中の分子運動が減速すればするほど気温は下がっていく。とうとう分子運動が完全に停止した状態を絶対零度という。

 さすがに絶対零度までもっていくには、わたしの魔力でも全然足りないのだけど、そこまでする必要もない。敵が凍死するぐらいの低温までもっていければ充分。わたしとガミジンさん、二人がかりの魔力なら、それが可能だった。

「合格です。これは色々と応用の効く術式ですからね。ご自身でも、いろいろ試してみてください」

「はーい!」

 ガミジンさんの言葉に、わたしは元気よくお返事した。

 魔法で分子運動の減速を引き起こせるなら、その逆も可能ということだものね。これはアレンジのし甲斐があるなぁ。

 そんなこんなで、第五層もあっさりクリア。

 次は第六層にチャレンジだ。ゲームでは確か……フロアのど真んなかにボス部屋があって、グレーターデーモンという上級悪魔が、固定敵として待ち受けていた。

 初見プレイではかなり苦労した強敵。でも、いまのわたしなら、たぶん倒すのは難しくない。

 さっそく会いに行ってみよう!





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