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#076


 魔王城の反乱。

 その詳細を、あっちゃんたちに伝えてきたのは、反乱に加担しなかった、小さな昆虫型のモンスター。

 いま、ガミジンさんの頭にとまってる、白い蝶々がそれ。

 見ためはモンシロチョウっぽいけど、両眼が赤く怪しく光っていて、ちょっと不気味。

 名前はホロウ・フェアリー。実はゲームにも出てくる。わが家のモンスター図鑑にも載ってたな。

 本来、地上での目撃例はなく、ダンジョンでのみ、ごく稀に見られる種類のはず。

 こんな見ためなのに、ゲームでは隠しダンジョンの最下層に出てくる高レベルモンスター。

 大量の群れで出現し、強烈な攻撃魔法を怒涛のごとく連発してくるため、ルナちゃん一行のレベルが低いと、全滅の憂き目にすら遭わされる、凶悪な敵だった。

 魔法が使えるくらいだから、当然、知能も高いわけだね。魔王と意思疎通ができるくらいには。

 いまも赤い両眼を爛々と光らせて、わたしを警戒してるみたい……。

 先日、わたしが立ち去った後、あっちゃんはガミジンさんの馬車で悠々と街道を移動し、ここまで辿り着いた。

 ダネス湖の湖底ダンジョン入口は、いまわたしたちがいる場所の目と鼻の先。このダンジョン中層に、あっちゃんのお城……シュヴァンガウの出入口がある。

 ところが、湖畔から、ホロウ・フェアリーが一体だけでふわふわと飛んできて、ガミジンさんに急を告げた。

 さらに、何事かと馬車から降りたあっちゃんへ、ホロウ・フェアリーが直接、事情を語った。

「はあ? エギュンの野郎が? なに考えてんだあのハゲ!」

 留守の間に、魔王アリオクの腹心……四天王のひとり、エギュンという上級悪魔が、あっちゃんに叛旗を翻したらしい。

 あっちゃんに忠義を誓っていた多くの悪魔たちは、だいたい殺されるか捕縛監禁され、エギュンを新たな魔王として推戴する派閥が、シュヴァンガウを完全に乗っ取ってしまったのだとか。

 なおエギュンには頭髪がないそうで、ハゲ呼ばわりもやむなしである。

「んで、他にも、どうにか逃げおおせてたホロウたちがいてな。いまはそいつらに、ガミジンの『陰形』を掛けて、城の様子を探らせてるとこだよ」

 ん? 『陰形』とな。そんな魔法は知らない。効果は想像つくけど、特殊スキルとかかな。ちょっと興味あるぞ。

 一応、聞いてみた。

「おんぎょーって、なーに?」

「姿をくらます魔法だが? あれ、レッデビちゃん、しらない?」

「しらない」

「そうかー。いや、実は余も、知ってはいるけど使えねえんだよな。なんせほら余って魔王だから! 殺す魔法専門だから! でも、ガミジンは、そういう器用な魔法が得意でな」

 ガミジンさん、魔法使えるんだ……。どんだけハイスペックなお馬さんなの。







 じゃあ今は、あっちゃんとガミジンさんは、そのホロウさんたちの報告待ちってとこか。

 わたしとしては、「じゃあがんばってねー」とでも言って、ひとりでダンジョンに入っちゃうという選択肢もある。

 ここの湖底のダンジョンの攻略と、そこでの実戦における、各種応用魔法の実験、実践。

 がっつり修行しつつ、ダンジョンのお宝もゲットしちゃおう、という大きな目標が、わたしにはある。

 あっちゃんのお城はともかく、それ以外の各階層の地形、道順は、ばっちり記憶してるからね。ゲームの知識だけど。

 ただ、先を急ぐ身ではあるんだけど、一方で、気になることもある。

 あっちゃんは、割とどーでもいいとして。自力でお城を取り戻すくらい、造作もないでしょう。

 問題はガミジンさん。いま聞いた話だと、わたしが知らない魔法を、色々と知ってそうなんだよね。

 これは実に興味津々。

 是非とも、ガミジンさんから未知の魔法を教わりたい。きっとわたしの実力向上に繋がるはず。

 それは結果的に「わが最推しカップル」の未来を守る力ともなるはずだから。

 となれば。

 やっぱり、タダというわけにはいかないよね。

「あっちゃん。てつだってあげよーか?」

 と、わたしが提案すると。

「マジっ? マジでっ?」

 ガバッ、と顔をあげて、全力で食いついてきた。

「まじでー」

「おおお。レッデビちゃんが手ぇ借してくれりゃ、もう最強じゃね? というか、こっちから頼もうと思ってたんだよ! いやもうマジ、頼むよ!」

 わたしのお手伝いなんて、なくても良さそうなものだけどね。でもそこまで言われたら、悪い気はしない。

「えーとね、そのかわりー」

「おっ? 報酬とか要る? 金銀財宝でも聖杯でも、なんでも持ってってくれていーよ!」

 聖杯って、かの有名な聖遺物の? いやこの世界にそんなものがあるわけないか。たまたまそういう名称のお宝なのかな。べつにいらない。

「ガミジンさんに、魔法をおそわりたいです」

「……え、ワタシですか?」

 それまで沈黙してたガミジンさんが、さも意外そうな顔を向けてきた。

「わたしがしらない魔法、いっぱい、しってるでしょ? だから、おしえてほしーなって」

「なるほど」

 と、ガミジンさんは、うなずいた。

「ワタシでよければ、いくらでもお教えしましょう。ただし、シュヴァンガウを取り戻した後、ということになりますが、それでよろしいですか?」

「それでよろしーです」

 わたしは、こっくりとうなずいた。

 これは、よいお師匠を得られたかもしれない。お馬さんだけど。

「へえ、魔法をね」

 横からあっちゃんが、楽しげに話に加わった。

「そんなら、余も教えてやろーか? ほらなんせ余って魔王だから! ざっと三万五千種類ぐらい知ってるよ! 全部殺すやつ!」

 強力な攻撃魔法というのも、それはそれでロマンだけど、物騒だなー。大体、そんな膨大な種類、たぶん一生掛かってもおぼえられないのでパス。

 あと、魔王が使う魔法って、たぶん人間は使えないんじゃないかな。なんとなくだけど、そんな気がする。

 ともあれ、これで話はまとまった。

 ちょうど、そのとき。

 あっちゃんの周囲に、複数、光る蝶々たちが出現した。ホロウ・フェアリーだ。

 転移とかじゃなくて、あっちゃんのそばまで接近してから一斉に『陰形』を解いて、姿を現したんだね。

 お城の様子を探りにいってたホロウさんたちが、戻ってきたみたい。

「お、戻ったのか、おまえたち。んで? ……ほぉー、へぇー」

 しばし、左右のホロウさんたちの報告に耳を傾けるあっちゃん。

 ホロウさんたちの声、わたしの耳には、ピーピーと甲高い信号音にしか聴こえないんだけど、あっちゃんには通じているらしい。

「そうか……ちょーっと、マズいことになってんな。急ぐか」

 あっちゃんの眉に、かすかに険しい色が滲む。

 よくわからないけど、いわゆる焦眉の急、という状況みたい。

「いますぐ出発する。ガミジン、レッデビちゃん、いいか?」

「おー」

「いつでも」

 わたしたちは同時に立ち上がった。

 ホロウさんたちが、なぜか、わたしの周囲をパタパタ飛びまわる。敵意は感じない。凶悪なモンスターのはずだけど、こうして見てると、けっこう可愛いかも。

 いま、お城で何が起きてるのか。こうなったからには、こちらも全力でお手伝いしましょう。

 ガミジンさんに魔法を教わるためにね。

 がんばるぞー、おー。





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