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#074


 ガミジンさんは『極大治癒』で回復し、一命を取り留めた。ついでに魔王アリオクさんを討伐した。

 いや討伐とか、そんなつもりはなかったんですけど、結果的に。

 なおかつ、そのアリオクさんも即復活して元気そうなので、もう何も問題はないはず。

 今夜は帰ろう。お家へ。

「え? レッデビちゃん、もう帰っちまう? お礼とか、したいんだけどな? 余、これでも魔王だから、金銀財宝とかダイヤ鉱山の権利書とか持ってるよ?」

 権利書はしらないけど、金銀財宝は、わがアルカポーネ領の財政を鑑みると、ちょっと心惹かれる。でもね、魔王の財産なんてうっかり受け取ったら、後々どんな祟りがあるやら。

 あとレッデビって。いやどうせ偽名なので、好きに呼んでくだすって構いませんけど。

「そうですよ、お嬢様。せっかく助けていただいたのですから、是非、わたしの馬車に乗っていただきたいのですが」

 ガミジンさんが、二足直立のまま馬車の前まで歩み寄り、カモン! とでもいわんばかりの顔を向けてきた。

 え、まさか、その状態で馬車を引くの? 二足で立ったままで?

 ちょっと見てみたい気もするけれど。

「それは、またいつかー。こんやは、もう、おそいので」

 正直、ドッと疲れてしまった。ついアクビなんか出てしまう。

 魔王アリオクも、そんなわたしの様子に、引き留めるのは諦めてくれたようだ。

 色々とね。聞きたいことはあるんだよ。

 あっちゃんこと魔王アリオクは、ゲームでは背中の翼で飛行可能だった。

 それがなぜ、わざわざ豪華な馬車に乗って、地上を移動してるのか。どんな事情があって、どこへ向かおうとしてるのか。

 あとガミジンさんは、なんで普通の馬から、UMAになっちゃったのか。あっちゃんとは、いかなる間柄なのか。こんな場所で瀕死に陥っていたのは、どういう事情か。

 でも、そうした興味よりも、いまは疲労のほうが上回ってしまっていた。

「そうか……。では、余も出発する。また会えたら、必ずこの礼はするからな」

「はい、またあえたら。あっちゃん、ガミジンさん、さよーなら」

 わたしは『転移』魔法を唱えて、その場から消え去った。

 聞きたいこと、ツッコミどころは、山ほどあった。でも、あえて深く知る必要はない、という気もする。

 おそらく、もう再び出会うことはないだろうからね。

 その夜。

 わたしは自室のベッドで、変な夢を見た。

 ガミジンさんと同じ、二足歩行のお馬さんたちが、十数頭、芝のトラックに集い、競争している。

 二足で。しかもみんな牝馬。

 その熱戦を、スタンドで応援している、わたし。

「さあ最終コーナー回って先頭ドウデスカ、追いすがるガミジン、二頭の叩き合い! 三番手サクマチヨノオーも伸びてくる、ドウデスカ依然先頭、ガミジンがきた、ガミジンがきた、差が縮まってきた、縮まった、二頭並んだ! 抜けた! ガミジン抜けた! ガミジン先頭! ガミジンだ! ガミジンだ! ガミジン突き放す、ガミジンいまゴォール!」

 無駄に暑苦しい早口の実況が響き、ガミジンさんが先頭でゴールした瞬間、超満員のスタンドが、うわあああっ……! と、大きく沸きあがった。わたしもその場に立ち上がって声をあげていた。

 ……というところで、目が覚めた。

 まさに悪夢みたいなレースの光景だったのに。なぜか普通に楽しんで見入ってしまっていた。

 競豚もそうだったけど、わたし、実はレースものが好きなのかな? 前世では、そんな趣味はなかったんだけどね。

 あと、なんでわざわざ二足なんですかね、ガミジンさん。四足のほうが早く走れそうな気がするのに。







 魔王と出会い、別れて、五日。

 わたしはひたすら駆けた。夜の街道を。

 ホーエムの峠道を越えて、山を下り、さらに丘陵地帯のアップダウンを抜けた先には……。

 森林を割って、細い河川がいくつもの支流に分かれ、大小の湖沼が無数に点在する、水と緑と霧の楽園が広がっていた。

 わたしはついに、王国南端、ペスカトーレ……略称ペスカレ地方へ到達した。

 といっても、はっきりした境界線があるわけではないんだけどね。

 ここいらもブランデル侯爵領の一部で、街道は素通り可。関所もない。

 人口は極端に少ない。資料によれば、一部の森林に小さな集落が点々とあるだけの、田舎を通り越して、ド僻地。

 この森林と湖沼の彼方には、ロージス江という大陸有数の大河が横たわっており、それがフレイア王国の南の国境線にもなっているという。大江の向こうは外国だ。

 わたしの目的地は、ここから街道を外れた南東の森。その奥に広がる、大きな湖。

 この付近、かつてゲームで記憶した地形とは少し違っている。川の支流の位置、沼の大きさなどが変わっていて、徒歩でまっすぐ目的地まで進むのは困難。

 いまの現実と、ゲームとで、十年もの時間差があるわけだから、この程度の地形変化は、ごく自然なことだ。

 けれど、周囲の地形がどう変わろうと、目的地である湖の位置には影響ないはず。

 というわけで。

 まず『浮遊』魔法をとなえて、上空三十メートルくらいまで浮き上がり、『突風』の魔法で自分の背中を押して進む……例の飛行術で、移動開始。

 煌々たる月を背に、わたしはゆっくりと夜空を渡り、森の上空を通り抜けた。

 数日前にレベルアップしたおかげだろうか。燃費最悪の『浮遊』魔法の連続使用も、いまは、さほど大きな消耗とは感じない。保有魔力には充分な余裕がある。

 やがて眼下に、まるで海みたいな巨大湖が広がりはじめた。

 これだ。この湖――ダネス湖の湖底に、ゲームに登場した「中級ダンジョン」があるはずだ。それこそが、わたしのこれまでの長い道のり、王国縦断街道マラソンの終着点。

 ここまで、長かった……。

 ちょっぴり感慨に浸りつつ、わたしは、湖畔の砂浜へ、ふわりと舞い降りた。

 着地と同時に。

 背後に、なにやら気配が。

「あっれ? もしかして、レッデビちゃん?」

 つい最近聞いたような声がする。わたしは、慌てて振り向いた。

 わたしの着地点からやや離れた位置、砂浜に乗り上げている、黒塗りの大型馬車。

 その傍ら。

 月光を浴びて佇む、鶏ごぼうとUMAのシルエット。

「おお、やっぱレッデビちゃんだ。また会ったなー。余だよ!」

「奇遇ですね、お嬢様」

 そう。

 魔王アリオクと怪馬ガミジンが、そこにいた。

 ……なんで?





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