ガミジンさんは『極大治癒』で回復し、一命を取り留めた。ついでに魔王アリオクさんを討伐した。
いや討伐とか、そんなつもりはなかったんですけど、結果的に。
なおかつ、そのアリオクさんも即復活して元気そうなので、もう何も問題はないはず。
今夜は帰ろう。お家へ。
「え? レッデビちゃん、もう帰っちまう? お礼とか、したいんだけどな? 余、これでも魔王だから、金銀財宝とかダイヤ鉱山の権利書とか持ってるよ?」
権利書はしらないけど、金銀財宝は、わがアルカポーネ領の財政を鑑みると、ちょっと心惹かれる。でもね、魔王の財産なんてうっかり受け取ったら、後々どんな祟りがあるやら。
あとレッデビって。いやどうせ偽名なので、好きに呼んでくだすって構いませんけど。
「そうですよ、お嬢様。せっかく助けていただいたのですから、是非、わたしの馬車に乗っていただきたいのですが」
ガミジンさんが、二足直立のまま馬車の前まで歩み寄り、カモン! とでもいわんばかりの顔を向けてきた。
え、まさか、その状態で馬車を引くの? 二足で立ったままで?
ちょっと見てみたい気もするけれど。
「それは、またいつかー。こんやは、もう、おそいので」
正直、ドッと疲れてしまった。ついアクビなんか出てしまう。
魔王アリオクも、そんなわたしの様子に、引き留めるのは諦めてくれたようだ。
色々とね。聞きたいことはあるんだよ。
あっちゃんこと魔王アリオクは、ゲームでは背中の翼で飛行可能だった。
それがなぜ、わざわざ豪華な馬車に乗って、地上を移動してるのか。どんな事情があって、どこへ向かおうとしてるのか。
あとガミジンさんは、なんで普通の馬から、UMAになっちゃったのか。あっちゃんとは、いかなる間柄なのか。こんな場所で瀕死に陥っていたのは、どういう事情か。
でも、そうした興味よりも、いまは疲労のほうが上回ってしまっていた。
「そうか……。では、余も出発する。また会えたら、必ずこの礼はするからな」
「はい、またあえたら。あっちゃん、ガミジンさん、さよーなら」
わたしは『転移』魔法を唱えて、その場から消え去った。
聞きたいこと、ツッコミどころは、山ほどあった。でも、あえて深く知る必要はない、という気もする。
おそらく、もう再び出会うことはないだろうからね。
その夜。
わたしは自室のベッドで、変な夢を見た。
ガミジンさんと同じ、二足歩行のお馬さんたちが、十数頭、芝のトラックに集い、競争している。
二足で。しかもみんな牝馬。
その熱戦を、スタンドで応援している、わたし。
「さあ最終コーナー回って先頭ドウデスカ、追いすがるガミジン、二頭の叩き合い! 三番手サクマチヨノオーも伸びてくる、ドウデスカ依然先頭、ガミジンがきた、ガミジンがきた、差が縮まってきた、縮まった、二頭並んだ! 抜けた! ガミジン抜けた! ガミジン先頭! ガミジンだ! ガミジンだ! ガミジン突き放す、ガミジンいまゴォール!」
無駄に暑苦しい早口の実況が響き、ガミジンさんが先頭でゴールした瞬間、超満員のスタンドが、うわあああっ……! と、大きく沸きあがった。わたしもその場に立ち上がって声をあげていた。
……というところで、目が覚めた。
まさに悪夢みたいなレースの光景だったのに。なぜか普通に楽しんで見入ってしまっていた。
競豚もそうだったけど、わたし、実はレースものが好きなのかな? 前世では、そんな趣味はなかったんだけどね。
あと、なんでわざわざ二足なんですかね、ガミジンさん。四足のほうが早く走れそうな気がするのに。
魔王と出会い、別れて、五日。
わたしはひたすら駆けた。夜の街道を。
ホーエムの峠道を越えて、山を下り、さらに丘陵地帯のアップダウンを抜けた先には……。
森林を割って、細い河川がいくつもの支流に分かれ、大小の湖沼が無数に点在する、水と緑と霧の楽園が広がっていた。
わたしはついに、王国南端、ペスカトーレ……略称ペスカレ地方へ到達した。
といっても、はっきりした境界線があるわけではないんだけどね。
ここいらもブランデル侯爵領の一部で、街道は素通り可。関所もない。
人口は極端に少ない。資料によれば、一部の森林に小さな集落が点々とあるだけの、田舎を通り越して、ド僻地。
この森林と湖沼の彼方には、ロージス江という大陸有数の大河が横たわっており、それがフレイア王国の南の国境線にもなっているという。大江の向こうは外国だ。
わたしの目的地は、ここから街道を外れた南東の森。その奥に広がる、大きな湖。
この付近、かつてゲームで記憶した地形とは少し違っている。川の支流の位置、沼の大きさなどが変わっていて、徒歩でまっすぐ目的地まで進むのは困難。
いまの現実と、ゲームとで、十年もの時間差があるわけだから、この程度の地形変化は、ごく自然なことだ。
けれど、周囲の地形がどう変わろうと、目的地である湖の位置には影響ないはず。
というわけで。
まず『浮遊』魔法をとなえて、上空三十メートルくらいまで浮き上がり、『突風』の魔法で自分の背中を押して進む……例の飛行術で、移動開始。
煌々たる月を背に、わたしはゆっくりと夜空を渡り、森の上空を通り抜けた。
数日前にレベルアップしたおかげだろうか。燃費最悪の『浮遊』魔法の連続使用も、いまは、さほど大きな消耗とは感じない。保有魔力には充分な余裕がある。
やがて眼下に、まるで海みたいな巨大湖が広がりはじめた。
これだ。この湖――ダネス湖の湖底に、ゲームに登場した「中級ダンジョン」があるはずだ。それこそが、わたしのこれまでの長い道のり、王国縦断街道マラソンの終着点。
ここまで、長かった……。
ちょっぴり感慨に浸りつつ、わたしは、湖畔の砂浜へ、ふわりと舞い降りた。
着地と同時に。
背後に、なにやら気配が。
「あっれ? もしかして、レッデビちゃん?」
つい最近聞いたような声がする。わたしは、慌てて振り向いた。
わたしの着地点からやや離れた位置、砂浜に乗り上げている、黒塗りの大型馬車。
その傍ら。
月光を浴びて佇む、鶏ごぼうとUMAのシルエット。
「おお、やっぱレッデビちゃんだ。また会ったなー。余だよ!」
「奇遇ですね、お嬢様」
そう。
魔王アリオクと怪馬ガミジンが、そこにいた。
……なんで?