魔王も悪魔も、「ロマ星」の世界設定上では、モンスターの一種。
ほかのモンスターたちと同様、「魔力溜まり」のゲートをくぐって、異界からやってきた存在、となっている。
ただし魔王や、その部下である上級悪魔たちは、人間の言語を理解し、人間との意思疎通も可能。
とくに魔王アリオクは、悪の親玉ともいわれる一方、モンスターでほぼ唯一、ルナちゃんに好意的な態度を見せる。
そんなアリオクの外見は、すらり長身の超絶イケメン。ちょっと危険かつ妖艶な雰囲気をまとう、お耽美系の美形キャラ。
……のはずなんだけど。
「おお? なぁなぁ、そこの、ちっこいお嬢さん。ちょっと手、かしてくんないー?」
峠坂の上までさしかかったあたりで、あっちのほうから声をかけてきた。ゲームのときとは全然違う、やけに明朗快濶フランクな態度で。
これがゲームだと、第一声はこう。
『待っていた、麗しの聖女どの。我が迷える魂魄、貴女の清らかなる精神によりて、浄土への導きあらんことを願う』
初対面でいきなり何わけわからんこと言ってるんですかねこの謎のイケメン……って感じで、ひとり、モニターの前でドン引きしたものだ。
その後のイベントシナリオも、さほど面白いものじゃなかった。
自ら、魔王アリオクと名乗ったうえで「愛の試練を課してやろう」とかいって、攻略キャラたちに禅問答みたいな質問を投げかける。好感度の低い二人は、まともに解答できず、その場に昏倒。
唯一、最も好感度の高い「本命」だけが正解を答える。
『ふっ。見事。至上の愛のなんたるか、余が告げるまでもなかったようだ。麗しの聖女どの、その若者こそ、貴女の導きを受けるに相応しき真実の担い手。どうか大切にされよ』
とかいって、黒い翼をばさばさ羽ばたかせて、爽やかに飛び去っていく。
……とくに報酬みたいなものもなく、終始、意味不明なやり取りだけで、このサブイベントは終了する。
後日発売された設定資料によれば、魔王アリオクは、上空からたまたま見かけたルナちゃんに一目惚れして、ホーエム山で彼女が通りかかるのを待っていた。目的はナンパである。
しかし、実際にルナちゃんに近付こうとすると、思いのほか「聖なる気配」が強すぎて、下手に接近すると、それだけで浄化・分解されかねないほどだった。
(あ、これ、余には無理)
と感じた魔王アリオクは、なんとなく、いい雰囲気を取り繕って、空へと逃亡した。
……というのが真相らしい。どんなぽんこつ魔王ですか。なまじ外見がイケメンだけに、中身が残念すぎる。
本来、魔王アリオクはストーリー上、重要なサブキャラクターだったらしい。けれど容量の都合で、開発中に仕様が変更され、キャラの存在自体が削除されてしまった。
この隠しサブイベントは、削除しきれなかった魔王アリオク関連イベントの残骸なのだとか。本来はアリオクとルナちゃんの出会いを描いたイベントであり、続きもあったんだって。アリオクが、かつて悪魔マルボレギアの上司だった、という設定も、削除し忘れたアリオク関連の残骸だそうで。
開発陣が、この没イベントが未削除で残っていることに気付いたのは発売後のこと。アップデートで無理やり消してしまうこともできるけど、ゲーム進行に影響は無いと確認できたので、放置することにしたとか。
結果的に、魔王アリオクは、隠れキャラとして、ごく一部に熱心なファンが付いた。
なおアリオクのキャストは、「男子生徒A~D」という学園内モブ男子を担当した新人声優が演じており、このサブイベントでは、なかなか見事なイケメン風ボイスを聞くことができた。
ただね……わたしは、「ロマ星」の中では例外的に、あまり好みのキャラではなかったんですけどね。魔王アリオクって。
まずね。シルエットがこう、細すぎるんですよ。
でもって髪型は、上のほうがバーンと逆立ってて。
なんていうの? 鶏ゴボウ?
格好も、黒いぴっちりしたラメ入りの上下に、細い銀のチェーンをジャラジャラとぶらさげて、あちこちにリベットやらトゲトゲやら配した、ロックだかメタルだか、そういう感じの服装で、背中には黒い翼。
正直、中近世ヨーロッパ風の「ロマ星」の世界観には合ってないんですよね……。
別のゲームだったら、まだカッコイイって思えたかもしれないんですけど。場違いというか、なんというか。
「なあなあ、手伝ってくんねーかな? 余、ちょっと困ってんだよねー」
で、いま、ゲームで見たまんまの姿格好の、魔王さんらしき人が。
ゲームとはだいぶ異なる声質、表情、雰囲気で、わたしに呼びかけてきている。
ゲームの無駄に妖艶な雰囲気ではなく、重厚なイケメンボイスでもなく、満面ほんわか笑顔で、明朗快濶に、ぶんぶん手なんか振っちゃって。でも一人称は余なんだな。
こんなの、姿だけそっくりさんの別人だといわれても納得できてしまう。
……それで、つい、反射的に『鑑定』してしまった。
間違いなく「魔王アリオク」だというデータが、わたしの脳内に、うにゅんうにゅんと入り込んできた。
戦闘能力が異常に高い。たぶん、わたしより腕力も魔力も普通に強い。「剣の王」の異名は伊達じゃないみたい。その高い魔力で、わたしの『認識阻害』も無効化されてしまってる。
でも、どういうわけだか、性格は「善」寄りの中立。属性はほぼ「混沌」に偏っている。
自由気ままで欲望に正直、でも無闇に悪事を働くことはない……そんな人物のよう。人じゃないけれど。
悪者じゃないなら、話を聞いてあげてもいいんだけど、なんか、あれに絡んだら、面倒ごとに巻き込まれそうな気がする。だって魔王だよ。関わったら、どうせロクでもないことになるって。
ここは……そう、見えてないフリして、スルーしちゃおう。そうしよう。
わたしは、あえて見えてない、聴こえてないフリをして、魔王と馬車の脇を、たったったっと通り過ぎた。
よし、このまま離れてしまえば……。
「待ってくれよー!」
一瞬のうちに、魔王が先回りして、わたしの前に立ちはだかった。うお素早い!
「助けてくれ! この通りっ!」
がば、と、ロックなお兄さん魔王が、その場で地面に両手をつけて、跪いた。
こ、これは……。
DOGEZA!
由緒正しき、あのポーズ!
ふと、わたしは、足を止めた。
あまりに完璧で、自然で、かつ洗練された、その見事なDOGEZAっぷりに、わたしは……。
ドン引きしてすぎて、声も出なかった。
顔をあげ、ニカッと笑う魔王。
「たのむよ。お嬢さんのチカラ、貸してくれ。な?」
な? っていわれましてもねえ。
何を困ってるんだか知りませんが、できればスルーさせていただきたい……駄目?