それから、シャレアと、しばし話し込んでみた。
一部の者どもからは赤い大魔王と称される、噂の暴れん坊。
にしては、やけに素直に、話に応じてくれるし、こちらの質問にも一生懸命、答えてくれた。
本人いわく――好きな人たちを守るために、力を求め、修行している、と。
そのために南のダンジョンへ向かっているのだという。それでアルカポーネ領から、ここまで街道を走ってきた、とか。
……当たり前みたいな顔して、語る内容が、いちいちとんでもない。まっとうな子供のやることじゃない。
能力だけでなく発想も思考もぶっとんでいる。
念のため、あらかじめ「神命」に定められている「聖女試問」を実行してみた。
『神を見たことがあるか?』
という一見平凡な質問だが、この文言自体がひとつの呪文として機能する、教会秘儀の一種。おれの『法の真眼』と連動しており、当人がどう答えようと無関係に、聖女たる資格を見抜くことができる。
ここで反応があれば聖女で確定なんだが、残念ながら無反応だった。
結局その日は、丁重にお帰りいただくことにした。もう夜もだいぶ更けていたし。子供は寝る時間だろうと。
彼女はちょっと不満そうだったが、それでも素直に『転移』で帰っていった。
それを見届けた後――おれは、不意に全身から力が抜けて、その場に膝をついていた。
……あまり自覚はなかったが、よほど緊張して、神経をすり減らしていたようだ。なにせ彼女がその気になれば、おれはあっさり天へ召されかねない。
できれば、あんな化け物とは、もう係わり合いにならないほうが、身のためかもしれない。聖女でもないし。
それでも……。
良くも悪くも、放っておけない、と感じた。
教会に直接取り込むか、そこまではいかずとも、何らかの繋がりを保ち、それとなく行動に制限をかけておくべきではないか。
そんなことを考えながら、実家に顔を出したとき。
ふと、あることに気付いた。
家人たちに、いろいろ確認してもらった結果。
かなり遠いが、シャレア・アルカポーネは、わが家の親戚だと判明した。
もとから、おれと彼女に繋がりはあったようだ。世間は狭い――とくに貴族の世間というやつは。
ただの偶然か、あるいは神のお導きか。
しかしこれだけでは、あの暴れん坊令嬢を繋ぎとめておくには弱い。
もう一手、なにか良いネタはなかろうか……おれはひと晩、ほとんど眠ることなく思案を続けた。
翌日。
おれはシャレアの再訪を待ち伏せ、ルリマスの案内を買って出た。
昨夜の時点では、この娘の本性というか本質というか、本音では何を考えてるのか、まだ、いまひとつ見えなかった。
おれの『法の真眼』も万能じゃない。人の嘘は見抜けても、具体的な思考まで、はっきりわかるわけではない。
ゆえに、もう少し、じっくり観察させてもらいたい。
そんな思惑を秘めつつ、屋台を巡ってみたり、競豚場へ連れていったり、居酒屋で一杯やってみたり……いや酒は飲ませてないけどな。
町を巡る間、シャレアは『身体強化』などの補助魔法を切っていた。それでも、おれより遥かに腕力あるんだけど。どんな鍛え方してきたんだ、この五歳児。
ここまで様子を見てきた限りでは……。
ルリマス観光自体は、無邪気に楽しんでいた。競豚も気に入ってたようだしな。
ただ、おれに対する警戒心は、まだかなりあるようで。あえてフランクな態度で接してみたりもしたが、シャレアは、さながら歴戦の武人でもあるかのように、微塵も油断していなかった。本当に子供なのか疑わしいぐらいだ。
唯一、「真実の乙女」像を見に行ったときだけは、どういうわけか、すっかりはしゃいで、隙だらけになっていた。あんなものを見て何が楽しいのやら、おれにはわからんのだが。
通行人の子供と頭をぶつけたりもしていたな。あのときシャレアが『身体強化』を切ってなければ、あの男児、即死してたかもしれん……運が良かったな。
直後。
俺の目には何も見えなかったが、像の前で、シャレアは一瞬、頭上で何かを受け止める仕草をしていた。
戻ってきたシャレアに、何事か訊ねると、黄金の鍵を見せてきた。
像が捧げ持つ天秤の枡へ銅貨を投げ入れたところ、天から降ってきたのだとか。
そんな馬鹿な話が……と思いつつ、鍵を鑑定してみると。
なにひとつ、読み取れなかった。
おれの『法の真眼』をもってしても、材質も、何の鍵かも、一切不明。
だがシャレアは、その鍵を通して「扉」が見えた、という。
あまりのことに、驚愕を通り越し、頭の中が一瞬、真っ白になった。
……理屈では絶対に説明できない現象が、いま、現実に起こってしまった。
これはもう、奇跡としかいいようがあるまい。おれも、この人生で一度だって、そんな現象を見たことがないが、教会にはいくつか、似たような記録がある。
おれは確信した。
聖女ではない。かといって、ただの暴れん坊でもない。
シャレア・アルカポーネという娘には、聖女とはまた異なる、神の祝福と加護があるに違いない、と。
彼女の異常な身体能力や、巨大な保有魔力も、そう考えれば合点がいく。むしろ、そうとしか考えられない。
魔王などとは、とんでもない。実は大天使様の化身だといわれても、おれは納得するだろう。
同時に、こうも思った。
……彼女には、何か神から託された「使命」があるのではないか?
あれほど巨大な力を持ちながら、彼女からは、俗な私欲も、力への奢りも、ほとんど感じられない。
であれば、その力は、なんのために、誰のために?
たんなる個人的な理由ではなく、もっと崇高な使命を、その小さな肩で、彼女はひとりで背負っているのではないか。
誰だって、シャレアを実際に見たなら、そんな確信を抱くだろう。
さらに翌日。
おれは、あらためて、彼女が負っているであろう「使命」について訊ねようとした。
もはや単なる興味本位じゃない。シャレアが常人でないことは既に明らか。それも、聖女とは異なる祝福と加護を神より授かり、何か大きなことを為そうとしている。
大天使。御使い。聖者。呼称はなんでもいい。おれに協力できることがあれば、なんでもやろう、という気持ちになっていた。
だが、彼女は、それを語る前に……言ってきた。
「わたしに、なにをのぞみますか?」
おそらく、そういう反応をするだろうとは想定していた。
なにせまだ出会って三日。おれは、まだ全然信用されていない。
感情に基づく一方的援助などではなく、対等な取引きによる協調を、シャレアは求めてくるだろう、とな。
……子供のくせに、可愛げのない姿勢だとは思う。少しは大人を頼ってくれてもよいのでは、という気持ちもあるが、それをシャレアに押し付けても、当人は喜びもしないし、受け入れもしないだろう。
ゆえに、まずこちらから、聖女探索の「神命」に力を貸してほしい、と依頼をしてみた。
一応、昨日から考えていたことだ。それで具体的に何らかの成果や利益が得られるとは思っていない。シャレアという、目が離せない存在と、今後も繋がりを保ち続けるための口実でしかない。
シャレアはほぼ即答で快諾してくれた。
続いて、彼女が語った、彼女自身が背負っているもの。
彼女がこれから為すあらんとしている、巨大な使命――。
聞かされた。聞いてしまった。
誰も知るはずのない、北塔の魔女の陰謀を。聖光教の最大の敵、悪しき魔女の企てを。
狙われている王宮。第三王子と侯爵令嬢に伸びる魔の手。
そして世界の破滅。
それらを、シャレアは「夢」に見たのだという。
……笑いとばしたかった。
そんな馬鹿なことがあるわけない、と。
子供の妄想だと、寝言は寝てから言えと、一蹴してしまいたかった。
できるわけがない。
すでにシャレアの「奇跡」を目の当たりにしているおれが、否定などできやしない。
シャレアがそう語るからには、それは事実だ。未来に、実際に起こる事柄なのだ。
なにより『法の真眼』が告げている。彼女の言葉に嘘はない、と。
聞いてしまったからには、おれも関係者だ。
もう後戻りはできないのだと、おれは悟った。
覚悟を決めるしかない。大天使の化身、シャレア・アルカポーネへ、全力の援助を。
おれだけではない。聖光教会の総力を挙げて、彼女をバックアップせねばなるまい。
まずは、急いで本山へ戻り、同志を集めるとしよう……!