レオおじさんは、純粋な善意だけで、わたしに協力を持ちかけるような甘い人じゃない。
善人ではあるんだ。でも。
大陸最大の宗教組織。その内部なんて、おそらく、魑魅魍魎うごめく魔境でしょう。
そんな組織でトップに近い位置を確保し、さらに上を目指そうなんて、よほど政治力と権謀術数に長けた野心家でなければ無理だと思う。
わたしが『鑑定』してしまったレオおじさんの経歴、血なまぐさいにもほどがあった。「そういうこと」なんだろうなって。
能力だけでなく、性格的にも相当クレバーな人物だと感じる。
わたしと出会ってから、これまでに見せてきた、様々な行動や言動も、決して素のものではない。
多分に演技をして、親しみやすい雰囲気を演出していた。
油断も隙もない、とは、まさにこの人のためにあるような言葉だ。
……そういう人だからこそ、信用できる、頼りになる、ともいえる。
お互い利害が一致している限り、協力しあうことができるから。
……わたしとしては、人間関係というのは、もっとエモーショナルなものであってほしいのだけど、でもレオおじさん、わたしを全然そういう目で見てないんだよねえ。
子供を見守り導く大人、という態度ではなく。
初対面以来ずっと。
さながら対等の取引相手を観察し、品定めしているような目線だった。
それがわかっている以上、わたしとしては、こう持ちかけるしかない。
「えっと。わたしのことを、お話しするまえにー、レオおじさんに、きいておきます」
「……なんだ」
「わたしに、なにをのぞみますか?」
唐突な質問ではない。
おそらくレオおじさんのほうでも、想定の範囲内だろう。
「そうくるだろうと思った。まったく、可愛げのない子供だな、きみは」
ですよねー……。中身は子供じゃないですからね、わたし。言えませんけど。
「その様子じゃ、おれがなんと答えるか、もうわかってるんだろ。だが一応、言っておく」
きりっと眉を締めて、レオおじさんは答えた。
「おれの聖女探しに、できうる限り、協力してほしい。きみがこれまでに把握している、聖女にまつわる情報を聞かせてもらえるとありがたい。また、今後知りえた情報についても、都度、提供してもらいたい。それが、おれがシャレアに望むことだ」
やっぱり、そうなりますよねー。
「いいですよー」
わたしは、あっさり答えた。いい笑顔で。
「でもっ、これは、とりひき、ですっ。わたしにも、レオおじさんのおチカラ、かしてください」
「取引きときたか。……じゃあ、聞かせてもらおうか? シャレアが、いまなおも力を求めて、いったいどこの誰を守ろうとしているのか。おれに、何か協力できることがあるのか。そのへんを」
わたしは、ぱっと席を立って、レオおじさんの前に、ふんす! と鼻息も荒く、仁王立ちした。
「ではっ、耳かっぽじって、よーくきくようにっ」
「う、うむ」
「わたしがまもりたい人たちはっ、だいさんおーじ、ルードビッヒ! こーしゃくれーじょー、ポーラ・スタンレー! このおふたりです!」
「……は」
レオおじさんは、瞬時に、わたしの言葉が何を意味するか、悟ったようだ。
あからさまに、その場に固まってしまった。
現在、フレイアの王宮にいる王子は五人。
第三王子ルードビッヒは、今年七歳。文武に優れた才能を示し、将来の大成間違いなしと、宮中での人気も高い。
ルードビッヒと同日同時刻に誕生した幼馴染み、ポーラ・スタンレー侯爵令嬢との関係も良好。さながら、おしどり夫婦のように、息ぴったりで、仲睦まじいと評判である。
同時に、危険な陰影も、まとわりつきはじめていた。
王位継承争いの萌芽。
五人の王子には、それぞれ別の支持基盤がある。
次期王の擁立をめざす各派閥の暗闘は、既に王宮内外で、はじまっていた。
そうした王宮の現状を踏まえたうえで、シャレア・アルカポーネが断言する。
ルードビッヒとポーラを守る!
……と。
それを、わたしは、はっきりレオおじさんに告げた。
となれば。
「ええと、ようするに……おれに、第三王子の擁立派につけ、と?」
さすがはレオおじさん。本当に即座に、わたしの意図するところを把握してくれた。
普段からよほど政争とか暗闘とかに慣れてる人なんだな。ゆえに、その手の発想にも、ごく自然に至ってしまうわけだ。
わたしに「協力」するというなら、当然そういうことになるわけで。
でもまだ、レオおじさんは、納得いかないようだ。
「アルカポーネ子爵家といえば、王家とは縁のない田舎領主だろう。そのご令嬢が、いったいどんな事情で、遠く離れた王都にいる第三王子と侯爵令嬢を守りたい、なんてことになるんだ?」
うん。そのへん聞かれると、説明が難しいんだけどねー……。
ここで「それは秘密です」と突っぱねることも、できなくはない。
けれど、できれば、ある程度は納得のうえで協力してもらいたい、とも思う。
そうなると、どう説明したものか。
いきなり転生者であることを明かすのは、さすがにどうかと思うし。
さらに「推しカップル」なんて概念が通じるとも思えない。あくまでわたしの個人的趣味だしねえ。
そこで、話の矛先を、少し変えることにした。
「北塔の魔女が、二人の命を狙っているからです」
と、脳内ではビシッと決め顔で言ったつもりなんだけど。
実際にはこうなる。
「きたの、わるいまじょがっ、おふたりを、ねらってるんですっ」
でも、意図はちゃんと通じたようだ。
「……北の魔女、だとっ」
レオおじさん、すっかり目の色が変わっていた。
「詳しく聞かせてくれ。頼む」
どうやら聖光教にとっても、「北塔の魔女」は無視できない敵みたいだね。
ええ、よろしい。北塔の魔女の陰謀。王宮を腐食してゆく邪教団。狙われるルードビッヒ。
そして、もしルードビッヒが死ねば、何が起こるか。
脚色マシマシで語ってしんぜましょう。ゲームの話だけどね!