目次
ブックマーク
応援する
3
コメント
シェア
通報
#066


 その日は、公園を出たところで、いったんお開きとなった。もうだいぶ夜も更けていたから。

 翌日夜。

 わたしはルリマス市内の路地裏に『転移』した。

 レオおじさんが、近くで待ってくれていた。

 ルリマス観光は、昨日でほぼ終わり。

 今夜はレオおじさんから、ちょっとお話があるということで、待ち合わせをしていたのだ。

「来たな。行くぞ」

「どこへ?」

「教会だ。今夜はちょうど、中のやつらが出払ってるんでな。ゆっくり話すには都合がいい」

 そこまで重要なお話だとは。

 いったい何事だろう。

 ルリマスの聖光教会は、町の規模からすれば、ごく小さな建物だった。デザインは、三角屋根を基調とする……というか、ほぼ三角形。さすがに小屋というほどじゃないけど、そこらの石造一軒家とさほど変わらない規模だった。

 レオおじさんがいうには、教会自体の敷地よりも、併設されてる孤児院のほうが、よほど広いんだとか。

「ここの修道院長の方針でな。祈りの場、修行の場は、最小限でいい。そのぶんの費用を、孤児たちの保護と養育に充てたい……ってな。実際、ここの子供らは、割と、いい暮らしができてると思う」

 なるほど……。

 どんな世の中、いかなる体制下でも、孤児というのは出てくる。人間の社会である以上、避けられない問題だ。

 わたしのような世間知らずの未熟者には、その修道院長さんの方針と行いは、立派だとしか言えない。

 それ以上、わたしにはどうとも言えないし、論評する資格なんてない。ただ、そういうものとして受け止め、受け入れるだけだ。

 小さな教会。玄関口も狭かった。

 ただ……そこから中へ入ってみると、意外なことに、聖堂はずいぶん広く感じた。

 天井には七色のステンドグラス。

 奥の祭壇や壁面に、煌々たる燭台が並んで、内部はそこそこ明るい。

 祭壇の手前には長椅子が二列十段に並んでいる。おそらく信者さんたちがここに並んで腰掛け、礼拝を行うのだろう。

 祭壇のさらに奥の壁面には、黄金のオブジェ……なんと表現すべきだろう。旭光を放つ巨大な目玉、としか表現しようのない意匠。

 これが、聖光教の「神様」なんだろうか? 初めてみるんだけど、神様というより、妖怪かなにかみたいな……いえ間違ってもそんなこと絶対口には出しませんけど!

 で、その祭壇前の礼拝席の最後段に、わたしとレオおじさんは、並んで座った。

「それでー? おはなしって、なーに?」

 わたしのほうから、そう切り出した。

 これもね……わたしの脳内では「それで、お話とはなんですか?」って、キリッとした顔で言ってるつもりなんですよ。

 でも実際に出てくる仕草と言葉は、こう。このギャップが埋まる日が来るのはまだまだ先なんだろうな。

「こないだ、俺とイグラスが話してるのを、シャレアも聞いてたよな」

 イグラス……って誰だっけ。

「イグラスって誰? って思ってそうな顔だな」

 苦笑を浮かべるレオおじさん。はい正解。

「門の前で、聖女の話をしてたやつさ」

 そうか、一昨日、レオおじさんと、街門の建設現場で話してた人だね。そんな名前だったんだ。

 だってレオおじさんはゲームにも出てくる人で、顔にもその面影があるけど、イグラスって人は知らないから。ゲームにも、そんな名前の人はいなかった。

「おれの上司でな。現在、三人いる枢機卿の一人だ」

 なるほど、聖光教のなかでも、ほぼトップに近い大幹部なわけね。

 ゲームでは、あまり聖光教の内情について詳しい説明はなかった。

 大陸最大の宗教であり、フレイア王国の国教でもあるので、その総本山の意向は王国の国政にも一定の影響力がある、と、ゲーム内で説明はあるのだけど。

 ゲームのメインストーリーは、ルナちゃんの恋愛模様と冒険の合間に、フレイア王国の王位継承問題、それに伴う王宮内外での暗闘を絡めて、それらが最終的に「邪教団カタリナス」と「北塔の魔女」の陰謀に繋がっていく、というお話に仕立てられている。

 聖光教については、せいぜい、ルナちゃんを「月の聖女」として全面バックアップしてくれる団体、という程度の描写しかなかった。総本山とやらがどこにあるのか、それすら説明されない。設定資料によれば、フレイア王国からちょっと離れた外国らしいけど。

 だいたい、教団関係者で固定の顔グラフィックがあるのはレオおじさんだけ。他の関係者は名無し、顔グラすらシルエットのモブ、という扱いだったし。

「いや、イグラスのことなんざ、この際どうでもいいんだが」

 どうでもいいんですかー……。上司なのに。

「ようするに、おれは聖女探索という神命を、イグラスから受けている。おかげで、おれは教会からの制限や戒律を気にせず、どこで何をしようが、咎めはない。好き勝手にやれる身分ってわけだ。……それで」

 と、レオおじさんは、いったん言葉を切った。

「シャレア。きみは、すきな人たちを守るために、力を求めて、ずっと修行をしている。そう言ってたな」

「うん。いいました」

「きみさえよければ、だが……その人たちについて、詳しく聞かせてくれないか。おれなら、協力できることがあるかもしれん」

 えらくズバッと切り込んできましたね……。

 この世界における、わたしの行動履歴、能力、およその動機。

 そうした情報を既に把握したうえで、あらためて、わたしに協力したい、だなんて。

 わたしが見るところ、レオおじさんは信用に値する人だ。けれど、ただの善意の塊、というわけでもない。

 無償の善意だけで、わたしに力を貸そう、なんていう感じの人じゃない。

 必ず、何らかの見返りを求めてくるだろう。そういう人だ。

 たとえば、わたしに協力するかわりに、聖女探索を手伝ってくれ、とかね。

 ……んん?

 いや、これはこれで、悪くない話かも。

 ならば、逆にこちらから提案してみるのもアリか?

『聖女探索を手伝ってあげるから、ルードビッヒとポーラを、教会の総力を挙げて守護してほしい』

 ……と。

 さらにいえば。

『聖光教、丸ごと、ルードビッヒ擁立派についてほしい』

 なーんて。

 だって、ルードビッヒとポーラ、わが「最推し」カップルこそ、わたしが全身全霊かけてでも守りたい「すきな人たち」だもの。

 協力というなら、いっそ、それくらいやってもらわなくちゃね。

 どうしようかなー。そこまでハッキリ言っちゃおうかなー。





コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?