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#065


 わたしの掌で輝く、金の鍵。それを眺めながら、悩むことしばし。

 もうさっきの「声」は聴こえない。本当に、ただ、「ご褒美」を落としてくれただけみたい。

 周囲の人たちは、まったくわたしの方を見ていないし、これという反応もない。

 つまり、誰もいまの出来事には気付いてない。

 間違いなく「因子ちゃん」の声だったと思うけれど、いまは確かめるすべもなさそうだ。せめてこの鍵が何なのか、説明ぐらいはしてほしかったんだけどね……。鍵だけ貰っちゃっても、その、困る。

 ともあれ、聖地巡礼、ついでに銅貨入れゲームという、わたしの大目的は果たした。ご褒美が落ちてきたのは、さすがに想定外すぎたけど。

 本音をいえば、さらにこの場で「真実の乙女」像に全力五体投地を捧げたいところ。「ロマ星」ファンとしては。

 でも、さすがにこう人目のあるところで、それは難しいかなと。

 なにより、ここにずっと立ってると、ほかの観光客さんたちの邪魔になってしまうよね。カップルさんたちのお邪魔虫にはなりたくない。

 名残惜しさをぐっとこらえて、わたしは、くるりと身を翻す。

 そのまま、銅像前の人だかりをすり抜けて、離れたところで待ってくれていたレオおじさんと合流した。

「どうした、妙な顔して。何かあったのか?」

 と訊かれて。あ、やっぱ顔に出てたか。

 ちょっと迷ったけど、素直に、金の鍵をレオおじさんに見せた。

「これがね。おっこちてきたの。空から。なんだろうって、かんがえてて」

「空から……?」

 レオおじさんは、わたしの掌に乗っかった鍵をひと目見て、眉をしかめた。

「なんだこりゃあ……読めん」

「よめない?」

「ああ。こりゃ只事じゃないぞ。情報が読み取れん。こいつは……」

 レオおじさんの『法の真眼』は、いわゆる『鑑定』系魔法の上位、かつ常時発動版。

 その特殊技能をもってしても、この鍵の詳細がわからない、だって。そりゃレオおじさんも驚くよね。

「だが、シャレアなら、わかるかもしれん。『鑑定』してみろ」

 レオおじさんが言う。『法の真眼』でも正体を見抜けないアイテムが、わたしに鑑定できるとも思えないけど、一応。

「んー……」

 ちょいと首をかしげつつ、『鑑定』魔法を使ってみると。

 いきなり、うにょんうにょん、と、わたしの脳内に、ひとつの情報が流れ込んできた。

 これは、どこかの「扉」を開くための鍵、らしい。その「扉」の、写真? 映像? ともかく、そういう具体的なイメージが、わたしの脳に伝わってきた。

 鮮やかな紅塗りに、黄金の縁取りがなされた、やたら豪華な金属製の「扉」のイメージ。

 場所はわからない。どこかに存在する、この「扉」を開くために、この鍵が必要になるらしい、ということぐらいしかわからない。

「どうだ、シャレア」

 レオおじさんの声で、ハッと我に返った。

「うん。トビラが、みえたよ」

「なんと?」

「これは、そのトビラをあけるのにつかうみたい」

「扉を……。そうか」

 レオおじさんは、鍵とわたしを交互に見て、ため息をついた。

「どんな理屈か、おれにはわからん。空から降って来た、といったな?」

「うん」

 わたしは、こっくりとうなずいた。

「おれには読み取れず、シャレアには対応する扉が見えた。だったらそいつは、正真正銘、シャレアへの贈り物なんだろう。これこそ、奇跡、というやつかもしれん」

「きせき?」

「うちの本山にも、いくつか記録が残っている。聖人の像がいきなり涙を流したり、水がワインに変わったり、田舎の子供が正確に未来の出来事を予言したり……そういう、理屈では説明できない、神秘の現象や出来事のことさ。その鍵も、シャレアにもたらされた、新しい奇跡かもな」

 はあ。そういうものですか。

「それは大事にしまっておけ。それと、おれ以外の人間には口外しないほうがいい。とくに聖光教の関係者に知られると、面倒なことになるぞ」

「なんで?」

「聖光教は、奇跡の噂を聞きつけると、必ず調査に乗り出して、記録を取ろうとする。でもって、真実の乙女が授けた、奇跡の鍵。それを授かった少女……なんて判明した日にゃな。教会にしてみりゃ、格好の宣伝材料だ。一気に有名人になっちまうぞ」

 あー。そりゃ、本当に面倒なことになるね。そんな事態だけは到来してほしくない。秘密にしておかねば。

「レオおじさんは、だまっててくれるの?」

「黙っておくさ。おれの仕事には関わりのないことだからな」

 レオおじさんは、笑って言い切った。

 ならば安心していいかな。昨日今日と、接した時間はまだ少ないけど、わたしは、レオおじさんは信用できる人だと感じている。これも理屈じゃないけどね。あれだ、女の勘? とか、そういうので。

 それにしても。

 奇跡、か。

 たぶん、わたしの存在自体が、既に、この世界にとっては奇跡といえるかもしれない。なにせ転生者だ。

 である以上、理屈で説明できない現象のひとつやふたつ、降ってきたところで、今更、驚くことでもない。「因子」ちゃんの存在とかもね。

 難しく考えずともいい。この世界は、ワンダーに満ちている。

 そういうものとして、気楽に、おおらかに、受け止めておきましょうか。





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