レオノール氏は、ルリマスについて詳しいらしい。
「おれの生まれ故郷なんでな」
だそうで。地元民だったのね。
わたしだって、ゲームではルリマスのそれはもう隅から隅まで歩き尽くして知り尽くしているけど。
でもここはゲーム開始十年前の、現実のルリマス。何もかもゲームの通りとはいかない可能性がある。現に、正門も外壁もいま工事中だしね。
ここは、せっかくなので。
「じゃあ、かんこーあんない、してください」
と、お願いしてみた。
「はっはっは。望むところだ。本当は昼間に回るべきだが、日が暮れたって、それなりに見所はあるぞ」
レオノール氏は笑って快諾した。
「ああ、あと、おれのことは、レオおじさんとでも呼んでくれ」
レオおじさん、か。
いいな。なんか、わたし好みな響き。
「わかりましたー。それじゃあ、わたしは、シャレアでいいです」
「ほう。では、そうさせてもらおう」
いつまでもご令嬢とか呼ばれるのも、ちょっとね。
この世界に転生して、家族や家の関係者以外にファーストネームで呼ばれたこと、実はまだない。
そう。ファーストネームで呼び合えるようなお友達がいなかった。わたしは。
レオおじさんになら、そう呼んでもらって全然よいですとも。つい昨日、初対面ではあるけど、お互い『鑑定』しあって、いらんことまで知ってしまってる仲だし。
保護者同伴ならば、これも必要ないでしょう……ということで『認識阻害』『身体強化』『気配察知』を切った。
なにかトラブルがあっても、レオおじさんが助けてくれるでしょう。たぶん。
ただ、夜なので『暗視』だけはそのまま掛け続けることにした。せっかくのルリマス巡礼、目に入るすべてを、しっかりと見ておきたいからね。
「よし、準備はいいな? いくぞ、シャレア」
「はーい」
レオおじさんが、先に立って通用門へ向かう。わたしは、その後ろを、てててっ、と足取り軽く、ついていった。
通用門の左右には篝火が焚かれていて、歩哨の人たちもいたけど、レオおじさんは顔パスみたいだ。
「これか? 親戚の子だよ」
と、レオおじさんが言えば、チェックも何もなく素通りさせてくれた。
門をくぐると、ぱっと視界が開けた。
まず目に入るのは、正面に広がる芝生の噴水広場。いまは噴水は止まってるけど。
その噴水広場の左右を、ぐるりと、幅のある石畳の道路がロータリー状に巡っている。
ロータリーは、噴水広場の向こう側で合流し、太い一本の道路となって、さらに彼方へとまっすぐ伸びている。あれがルリマス市街中心を貫くメインストリートだ。
このロータリーも噴水広場も、ゲームで幾度となく見たおぼえがある。
そうだ、ここがルリマス。
ゲーム「ロマ星」序盤から中盤にかけて、主人公ルナちゃんの冒険拠点となる宿場町。
わたし、とうとう、こんなところまで辿り着いたんだ……。
思えば長い道のりだった。いまこうして、ゲームで見慣れた風景を目の当たりにできる歓び。まさに感動、感慨もひとしお。
レオおじさんと一緒じゃなければ、ここは感涙にむせびながら拝礼してるところだ。
さすがに他人の目があるところでそれはどうかと思うので自粛。
かわりに心の中で、噴水広場に向かって、全力で五体投地を敢行しておいた。ありがたやー。
二人、徒歩でロータリーと広場を突っ切り、メインストリートへ。
「ルリマスに来たら、これだけは絶対見ていけ、っていう名物がある。まずはそこへ向かうぞ」
「うん、わかったー」
「ああ、ついでに屋台ものぞいていくか」
「おー。ぜひぜひ!」
というわけで、わたしはレオおじさんの後ろを、のんびり、ついていった。
メインストリートは大型馬車四輌分の幅を持つ、とても広い街路だ。これほどの規模の舗装道路が通ってるのは、ルリマスがただの宿場町でなく、王国中南部における交通と経済の要として機能しているから。
おかげで夜でもずいぶん人通りが多い。町の住民らしきカジュアルな集団があるかと思えば、甲冑や長衣を着込んで武器を携えた、いかにも冒険者! な人たちもいる。
街路の左右には、ちょっとオシャレな煉瓦造りの建物が並んでいて、営業中の屋台や商店も、ちらほら見かける。うちの領都なんて、この時間にはもう居酒屋ぐらいしか開いてなかったのにね。
この賑わいは、うちやガルベス領みたいな田舎じゃ、なかなか見られないものだ。
街路沿いに並ぶ屋台は、ほとんどが小物、アクセサリー類の出店か、ほかほか湯気が立っている食べ物屋台。営業中の商店は、飲食店と……なぜか乾物屋が目に付く。この世界にも干し椎茸とか売ってるんだろうか?
「まずは、これだな」
すっごく香ばしい屋台の前で、レオおじさんが買ってくれたのは、串焼き。
それも、タコ……タコだよねこれ? 吸盤とかついてるし色もタコだし……の足に、ぶすっと串を打って、塩をふって炭火で焼いたものだ。
「ルリマス名物のひとつ、たこ焼きだ。うまいぞぉ。食ってみな」
あ、やっぱタコなんだこれ。
ほわほわ湯気をあげる、いい具合に焦げのついた、ぶっといタコの足の串焼き。
こんなの前世でも食べたことがないぞ……丸かじりでいいのかな。
一瞬、ためらいつつも、わたしはタコの足を、横から、かぷっと齧ってみた。
途端――わたしは、目を大きく見開いていた。
やわらかいぃ!
なにこれなにこれ!
お口に広がるほのかな塩味と、鼻をかすめる香ばしさ。
じゅわんと溢れる、ほのかな甘み!
食感もすごい。ぷにぷにした弾力と、とろけるような柔らかさが、絶妙なバランスで共存している!
「おいしいいいいい!」
心から、そう声が出ていた。
やー、この世界に転生してから、こんな美味しいものを食べたの、初めてだ。
「そうだろう、そうだろう。おれたちにとっては、珍しくもない故郷の味だが、よそから来た連中はみんな、旨い旨いって食っていくんだよ」
レオおじさんも、すっかり得意げだ。
唯一問題があるとしたら、名称だろうか。
これはたこ焼きじゃなくて、焼きタコと呼ぶべきじゃないだろうか、とか。どうでもいい?