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#060


 レオノール氏の唐突な質問。

 神を見たことがあるか、ですって。

 この質問に、どういう意図があるのか、わたしには測り知れない。

 なにせ教会の人だし、わたしの信仰心を試そうとしてる、とか?

 転生直前、わたしが実際に見てきた「天国」は、いろんな神様が存在してるみたいだった。あそこで会ったアナーヒター様にしても、ペルシア神話の女神様で、多神教の一柱だ。

 そのペルシアの女神様が、どういう経緯で日本人のわたしの転生ガイド役みたいなことをやってたのか。そのへんの事情はまったく不明だけどね。

 一方、この世界における最大の宗教である聖光教会は、「天にまします神様」を崇める一神教。経典はまだ読んだことがない……お家にも領館書庫にも、なぜか置いてなかったので。

 それでも一応、概要くらいは知っている。ゲームでも少しは説明があったからね。

 それによれば、聖光教会の神様には特定の名前は無く、神様は神様としか呼ばれてないそうな。

 レオノール氏のいう「神様」は、当然、聖光教会で崇められてる唯一神のことだろう。

 となれば、わたしの解答は。

「ありません」

 きっぱりと答えた。実際、見ても会ってもいない。それどころか……。

「そうか」

 レオノール氏は、なぜか嬉しそうに、大きくうなずいた。

「世の中には、いるんだよ。神様に会ったことがあるだの、啓示を受けただの、特別な力を授かっただの……そういう大ボラを吹く輩が」

「はあ」

「おれの『法の真眼』は、人の嘘を見抜くことができる。それで見極めさせてもらった。ご令嬢は嘘を言ってない」

 大変けっこうな技能をお持ちで……いや知ってたけど。

 それで、わたしが神様を見たことがない、という事実が、レオノール氏にとって、どういう意味を持つのか。

「あのー、どういうことですか?」

「いや、ひょっとしたら、ご令嬢が、星の聖女かもしれないと思っただけさ。さっきの、おれたちの話、聞いてたんだろ? どうやらご令嬢は違うみたいだがな。本物の聖女なら、神様を知らないってことはないだろうし」

 ああ、その確認がしたかったのか。

 もちろんわたしは聖女じゃありません。ルナちゃんとポーラ。聖女はその二人のお仕事ですので。

 ……いやでも、待てよ?

 以前会った「因子」ちゃんいわく、この世界に神はいない、という話だった。あの超常現象が嘘をつくとは思えない。

 とすれば、聖女に、特別な力と使命を授ける存在って、いったい何者?

 神がいない世界で、聖女という存在が現れること自体、なんだか辻褄が合わないというか……。

 その疑問の鍵を握っているのが「因子」ちゃん、なのかもしれない。神じゃないけど、ずっと昔から、世界を守る力を充電中、と自分で言ってたし。

 その「因子」ちゃんの力を譲られた、もしくは分け与えられた人が、いわゆる聖女になるのかもしれない。

 もちろん、たんなる推測だ。実際どうなのかは、将来、ルナちゃんかポーラに出会ったときに、聞いてみるしかないだろうね。







 結局その夜は、そこでお開きとなった。

「もう夜更けだ。ご令嬢、今日のところは、家に帰って寝ろ。転移できるんだろう?」

 シッシッ、とあしらわれてしまった。

 聞きたいことを聞き終えたら、もう用済みってわけね。レオノール氏、子供の扱いが雑だ。

 せっかくルリマス巡礼ができると思ったのだけど、すっかり邪魔されてしまった。

 仕方ないので、さっさと『転移』魔法でお屋敷へ帰って、いつもよりちょっぴり早く、就寝した。

 翌日。

 いつものように日が暮れて。

 お夕食のあと、入浴。

 相変わらずエイミが全ての面倒を見てくれる。もう背中だって自分で洗えるんだけどね。

「駄目です。シャレア様のお背中を流させていただくことだけが、今のあたしの生き甲斐なんです」

 頑として譲らないエイミ。

 ひそかに恋慕してる家令のルーシャンさんが、最近はマークスの世話に忙しすぎて、エイミとまったく接点がなく、顔すら合わせられない……という状況。だからか、以前よりわたしのお世話に力が入っていた。

 まだ確定で振られたわけでもないのに、なんだか失恋の痛みを忘れたくて仕事に打ち込むOLみたいな状態になってる。

 でもねエイミ。わたしの背中なんかより、もうちょっとマシな生き甲斐を持つべきだと思うよ。まだ十代なんだし。

 もちろん内心そう思っても、口には出さない。わたしはあくまで傍観者だから。

 すっきりさっぱり入浴を終えれば、もう就寝時間。

 もちろん、いつものごとく、身代わりのクッションをベッドに置いて、赤いワンピを着て、今夜もおでかけ準備万端っと。

 今日こそは、憧れの宿場町ルリマスを巡礼しよう。それから、あらためて街道を南へ向かう――。

 わくわく胸を躍らせながら『転移』魔法を発動。

 びゅいんっ! と、魔法の輝きとともに、ルリマスの門前へ瞬間移動――。

「よう。来たな。待ってたぜ」

 貫頭衣のおじさんが、いきなり、転移先のすぐそばに、当たり前みたいに佇んでいた……。

 いや、なんで待ってるの。もうわたしは用済みじゃなかったの?

「なーに、昨日、いろいろ貴重な話を聞かせてもらったからな。その礼に、この町の案内をしてやろうと思ったのさ。子供が一人でこそこそ動き回るより、保護者同伴のほうが、ご令嬢にとっても都合がいいんじゃないか?」

 すっごく渋味のある笑みとともに、レオノール氏は告げてきた。

 ……一理ある。スパイ活動ならともかく、わたしのルリマスでの目的は巡礼、観光。

 こういう場合、大人がそばにいてくれたほうが有り難い。

 とくに、町で飲食とかお買い物とか、子供一人じゃ難しい。

 ここは素直に、レオノール氏のご提案に乗ってみるべきかな?





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