ここはルリマス門前、真夜中の工事現場。
わたしとレオノール氏は、そこらに積み上げられた資材をベンチ代わりに、並んで腰掛けた。
いつしか空は晴れて、おだやかな月が地上を照らしている。
わたしは、語った。
「夜のおでかけ」にまつわる、だいたいの経緯を。
もちろんゲームのことや、転生者であることなどは伏せたうえで。
お家の書庫で魔法書を漁って数多くの魔法を修得したこと。さらに『応用魔術大全』全巻を読破し、地元ダンジョンの踏破を成し遂げたことなど。
強くなろうと思った動機については、少し説明に悩んだ。
将来のルードビッヒの暗殺を未然に防ぐため、なんて、ちょっと言えない。
「すきな人たちがいるんです。その人たちをまもるために、わたしは、つよくならなくちゃダメなんですっ」
推し、という概念がレオノール氏に通じるとも思えないので、結局、そんな言い回しになった。
悪魔マレボレギアの討伐や「因子ちゃん」との出会いなどについては、言及する必要なしと判断して、割愛した。話がややこしくなるだけだしね。
自身の行跡を振り返り、語りながら、ちょっとだけ気分が高揚しているのを感じた。
思えば、「夜のおでかけ」について、これまで他人に語ったことはなかったから。両親にも秘密の行動だからね。
でも、趣味半分とはいえ、自分なりに、目的に向かって頑張っているつもり。それを誰かに知ってもらいたい……そんな心理が、わたしの奥底にも少しは潜んでいたのかもしれない。
「なるほどなあ。『転移』をそんな風に使って、ここまで一人旅をしてきたわけか。とんでもないご令嬢がいたものだ」
レオノール氏は、心底面白い、というような顔で聞いてくれていた。楽しんでくださってるようで何より。
と思ってたら。
また、ふっと表情を変えて、こう告げてきた。
「……実はな」
レオノール氏の目には、穏やかな笑みが浮かんでいる。
「今日、ここで出会えたのは、偶然じゃないんだ」
「どーいうことですか?」
「なに。最近、おかしな噂が流れていてな」
「うわさ?」
「近頃、赤い天使だか魔神だかいう化け物が、盗賊やモンスターを片っ端から蹴散らして、街道を走っていくというんだ」
「……は?」
「うちの連中……つまり教会の職員どもが、たまたま関門や街道へ出向いてるときに、そういう化け物を見かけたっていう報告が、複数上がってきててな。それも、見かけるのは必ず街道沿い。目撃地点も街道に沿って、どんどん南へと移っている、って話でな」
「はあ」
「で、まあ、そういうことなら、必ずこのへんを通るだろうってことで。ちょっと興味があったんでな、ここで待ち受けてたってわけだ。噂の赤い大魔王を」
誰が赤い大魔王ですか。だんだん異名がおかしな方向にグレードアップしてるじゃないですか。
いやたしかに、その噂のもとになったのは、わたしでしょうけど。
聞いてみると、教会の幹部級はほとんどが『鑑定』か『解析』の魔法を必須科目として修得しているのだという。
信者の健康状態や教会設備、各種備品の状態チェックなどに必須の魔法だからで、普段からそう無闇に『鑑定』しまくってるわけではないらしいけど。
「関門で巡礼団の出迎え準備をしてたら、いきなり街道のほうで、モンスターや盗賊がぽんぽん吹っ飛んでいく。だが誰の仕業か、姿が見えない。そんな異常事態に遭遇しちまったら、そりゃ調べたくもなるだろ」
とはレオノール氏のコメント。
ええまあ、それはそうかもしれません。
で、結局、わたしの姿は、そういう人たちに『鑑定』されて、目撃されてたわけね。
「実はさっき、ここで、俺も見たぞ。でっかい雷が街道に落ちてくるのをな」
はいはい、さっきコボルドさんたちに落とした『招雷』ですねー。
思えば、三歳でモンスター討伐を始めた当初から、レッドデビルの噂がご近所に流れたりしていた。
当時は森の中で戦っていたけど、それでも誰かに見られていたからこそ、そんな噂が立ってしまったのだろう。
目立つつもりはなかった。
だから『認識阻害』にひと工夫加えて、自分の姿を消してたのだけど、それでも、隠しきれないものなんだな……。
どこにでも、人の目はある。見られている可能性がある。
今後は、その意識をもっと強く持っておくべきかもしれない。
それと同時に、もっと強力な隠蔽方法についても研究すべきかも。『鑑定』でも見破られないようなものを。
などと内心あれこれ考えてると、レオノール氏は、さも面白げに言った。
「べつに責めてるわけじゃないぞ。むしろ、ご令嬢には表彰状でも贈りたいぐらいだ。おかげで近頃、街道の治安はぐっと改善されてるからな」
「それは、いらないです」
としか応えようがない。そんなの贈られても困る。無駄に目立ってしまうじゃないですか。
「……冗談はこれくらいにして。おおよそ、事情はわかった。いや正直、理解はできんがな。どんな理由があるにせよ、そんな年齢で、そこまでの力を身に付けられるなんて、並の才能じゃない。天才、なんて言葉すら生ぬるい。本当に人類なのか疑わしいとさえ思う」
それ褒めてるのかな……いや、なんかえらく失礼なことを言われてる気もする。
「それでだ。ご令嬢に、あらためて聞きたいことがある。ここからが本題だ」
ぐっと眼差しに力を込めて、レオノール氏は、わたしを見つめてきた。
そうだった。この人は、わたしの噂を聞きつけて、わざわざここで待ち構えていたんだとか。
わたしに何を聞きたいのか。どんな用があるんだろう?
「シャレア・アルカポーネ。あんたは、神様を見たことがあるか」
えっ?
これ、もしかして、宗教の勧誘?
それとも何か別の意味が?
一応、女神様は見たことあるっていうか、天国で「ロマ星」談義で盛り上がったりしたけど。
これはどう答えるべきだろう?