目次
ブックマーク
応援する
3
コメント
シェア
通報
#059


 ここはルリマス門前、真夜中の工事現場。

 わたしとレオノール氏は、そこらに積み上げられた資材をベンチ代わりに、並んで腰掛けた。

 いつしか空は晴れて、おだやかな月が地上を照らしている。

 わたしは、語った。

「夜のおでかけ」にまつわる、だいたいの経緯を。

 もちろんゲームのことや、転生者であることなどは伏せたうえで。

 お家の書庫で魔法書を漁って数多くの魔法を修得したこと。さらに『応用魔術大全』全巻を読破し、地元ダンジョンの踏破を成し遂げたことなど。

 強くなろうと思った動機については、少し説明に悩んだ。

 将来のルードビッヒの暗殺を未然に防ぐため、なんて、ちょっと言えない。

「すきな人たちがいるんです。その人たちをまもるために、わたしは、つよくならなくちゃダメなんですっ」

 推し、という概念がレオノール氏に通じるとも思えないので、結局、そんな言い回しになった。

 悪魔マレボレギアの討伐や「因子ちゃん」との出会いなどについては、言及する必要なしと判断して、割愛した。話がややこしくなるだけだしね。

 自身の行跡を振り返り、語りながら、ちょっとだけ気分が高揚しているのを感じた。

 思えば、「夜のおでかけ」について、これまで他人に語ったことはなかったから。両親にも秘密の行動だからね。

 でも、趣味半分とはいえ、自分なりに、目的に向かって頑張っているつもり。それを誰かに知ってもらいたい……そんな心理が、わたしの奥底にも少しは潜んでいたのかもしれない。

「なるほどなあ。『転移』をそんな風に使って、ここまで一人旅をしてきたわけか。とんでもないご令嬢がいたものだ」

 レオノール氏は、心底面白い、というような顔で聞いてくれていた。楽しんでくださってるようで何より。

 と思ってたら。

 また、ふっと表情を変えて、こう告げてきた。

「……実はな」

 レオノール氏の目には、穏やかな笑みが浮かんでいる。

「今日、ここで出会えたのは、偶然じゃないんだ」

「どーいうことですか?」

「なに。最近、おかしな噂が流れていてな」

「うわさ?」

「近頃、赤い天使だか魔神だかいう化け物が、盗賊やモンスターを片っ端から蹴散らして、街道を走っていくというんだ」

「……は?」

「うちの連中……つまり教会の職員どもが、たまたま関門や街道へ出向いてるときに、そういう化け物を見かけたっていう報告が、複数上がってきててな。それも、見かけるのは必ず街道沿い。目撃地点も街道に沿って、どんどん南へと移っている、って話でな」

「はあ」

「で、まあ、そういうことなら、必ずこのへんを通るだろうってことで。ちょっと興味があったんでな、ここで待ち受けてたってわけだ。噂の赤い大魔王を」

 誰が赤い大魔王ですか。だんだん異名がおかしな方向にグレードアップしてるじゃないですか。

 いやたしかに、その噂のもとになったのは、わたしでしょうけど。







 聞いてみると、教会の幹部級はほとんどが『鑑定』か『解析』の魔法を必須科目として修得しているのだという。

 信者の健康状態や教会設備、各種備品の状態チェックなどに必須の魔法だからで、普段からそう無闇に『鑑定』しまくってるわけではないらしいけど。

「関門で巡礼団の出迎え準備をしてたら、いきなり街道のほうで、モンスターや盗賊がぽんぽん吹っ飛んでいく。だが誰の仕業か、姿が見えない。そんな異常事態に遭遇しちまったら、そりゃ調べたくもなるだろ」

 とはレオノール氏のコメント。

 ええまあ、それはそうかもしれません。

 で、結局、わたしの姿は、そういう人たちに『鑑定』されて、目撃されてたわけね。

「実はさっき、ここで、俺も見たぞ。でっかい雷が街道に落ちてくるのをな」

 はいはい、さっきコボルドさんたちに落とした『招雷』ですねー。

 思えば、三歳でモンスター討伐を始めた当初から、レッドデビルの噂がご近所に流れたりしていた。

 当時は森の中で戦っていたけど、それでも誰かに見られていたからこそ、そんな噂が立ってしまったのだろう。

 目立つつもりはなかった。

 だから『認識阻害』にひと工夫加えて、自分の姿を消してたのだけど、それでも、隠しきれないものなんだな……。

 どこにでも、人の目はある。見られている可能性がある。

 今後は、その意識をもっと強く持っておくべきかもしれない。

 それと同時に、もっと強力な隠蔽方法についても研究すべきかも。『鑑定』でも見破られないようなものを。

 などと内心あれこれ考えてると、レオノール氏は、さも面白げに言った。

「べつに責めてるわけじゃないぞ。むしろ、ご令嬢には表彰状でも贈りたいぐらいだ。おかげで近頃、街道の治安はぐっと改善されてるからな」

「それは、いらないです」

 としか応えようがない。そんなの贈られても困る。無駄に目立ってしまうじゃないですか。

「……冗談はこれくらいにして。おおよそ、事情はわかった。いや正直、理解はできんがな。どんな理由があるにせよ、そんな年齢で、そこまでの力を身に付けられるなんて、並の才能じゃない。天才、なんて言葉すら生ぬるい。本当に人類なのか疑わしいとさえ思う」

 それ褒めてるのかな……いや、なんかえらく失礼なことを言われてる気もする。

「それでだ。ご令嬢に、あらためて聞きたいことがある。ここからが本題だ」

 ぐっと眼差しに力を込めて、レオノール氏は、わたしを見つめてきた。

 そうだった。この人は、わたしの噂を聞きつけて、わざわざここで待ち構えていたんだとか。

 わたしに何を聞きたいのか。どんな用があるんだろう?

「シャレア・アルカポーネ。あんたは、神様を見たことがあるか」

 えっ?

 これ、もしかして、宗教の勧誘?

 それとも何か別の意味が?

 一応、女神様は見たことあるっていうか、天国で「ロマ星」談義で盛り上がったりしたけど。

 これはどう答えるべきだろう?





コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?