教会の、すっごいお偉いさんたちの会話。
それをこっそり聞いてたわたし。
ここはルリマス、夜中の門前――。
「ああ、心配しないでいい。取って食おうなんて思ってないからな」
ニッ、と渋く微笑むレオノール枢機卿。
「ただ、きみのような子が、なぜ、こんなところにいるのか。そこは大いに興味があるよ。アルカポーネ子爵家のお嬢さん」
ぎゃーーーーー!
そこまでバレてるうううぅ!
あああ、そうか、『法の真眼』は、『鑑定』系統の上位版だと、設定資料にあった。
ようするに、わたしの情報なんか、見ただけでわかっちゃうんだ……。下手すると、わたし自身が把握してないことまでも。
ポーラやルナちゃんを「聖女」だと見抜くことができるのも、その特殊技能のおかげなのだろう。
この人に、隠し事はできないってわけだ。
じゃあどう対応すべきだろう?
なにせ本名身元までバレちゃってる以上、ここで逃げたり、下手な対応をすると、お家にまで迷惑が掛かりかねない。相手は聖光教会のお偉いさんなんだから。
そもそも、この人は……わたしにとって、敵ではない。ゲームでは、ルナちゃんの実質後見人みたいなポジションの人だ。
だったら。
もう腹をくくって、肝を据えて。
まっとうに向き合うべきかもしれない。
まず、失礼とは思いつつ、こちらも使わせていただきましょう『鑑定』魔法を。えい。
「……ほう。無詠唱で、それを使うか」
レオノール氏は、ちょっと表情をあらためた。無詠唱魔法の内容まで、見抜いちゃうのか……。
いやもう、流石というか、なんというか。
そこから得られた情報は。
――レオノール・コープス。四十一歳、男性。聖光教会ガリアスタ大聖堂所属。
その他、およその身体能力や魔力、人格的指向などが、ざざざっと、わたしの脳内に流れてきた。
恐るべきことに、成人以前から殺人とモンスター討伐を常習的に繰り返してるっぽい。具体的な数字まではわからないけど。
いったい何をしてたら、そんな人生になるの。ベテランの兵隊さんや冒険者でも、なかなかそんな領域までいかないよ。
それでありながら、性格は善人寄りのニュートラル。きわめて秩序を重んじる人のようだ。
正義とか教団のためなら殺人も厭わないとか、そういうタイプなんだろう。
……あちらも、わたしの個人情報をガッチリ掴んでいるわけだから、これでおあいこ、かな?
「あのー……レオノール、すーきけい、ですよね?」
一応、ちょっと身構えつつ、そう確認してみる。
「なにっ……?」
ただの確認のつもりだったのだけど、ご当人は、随分驚いたよう顔つきで、目を見張ってきた。
「どういうことだ。おれは、まだ枢機卿になってない。内示はもらってるがな」
え。
「だが、おれが内示を受けていることは、本山でも、ほんの数人しか知らないはずだ。いくら『鑑定』魔法でも、そんなことまでわかるはずがない。なぜ知っている? お嬢さん、きみは何者だ?」
いえ何者といわれましても、アルカポーネ子爵家の長女でございます。もうご存知でしょうに。
……ああ、うん、そっかー。いまってゲーム開始十年前だもんなー。まだレオノール氏、枢機卿になってなかったんだ。
これは、初手の対応、間違ったかな? 余計に怪しまれる結果になってしまったかも。
ううむ。いきなりゲームのことなんか説明しても、信用されるわけもなし。
ここはもう、てきとーに言い訳しとくか。
「えっとー。きょーかいのひと、と思ったんですけどー、イカイ? まではわかんなかったのでっ。それで、すーきけい、っていっとけば、だいじょーぶかなー、って」
これ、けっして、わざとらしく幼児のフリをしてるんじゃなくて。
脳内では「位階までは鑑定魔法でもわかりませんので、礼儀上、より高い位階でお呼びすべきと判断しました」って思考してるんだけど、実際に出てくる言葉や態度は、どうしても幼児になっちゃう。
わたしの中身と外側のギャップは、まだ当面、直りそうにない。最近はあまり気にしなくなってたんだけどね。
「ほう。なるほど、一応、筋は通ってるな。では、そういうことにしておこうか」
位階不明のレオノール氏は、わたしの言い訳に、剛毅な笑みを浮かべた。目は全然笑ってないけど。あっ、信用されてないなこれ。いや当たり前か。
「それで? アルカポーネ子爵家といえば、王国でもずっと北のほうの田舎貴族だろう。そんなところのご令嬢が、なぜこんな場所にいる? どんな事情だ?」
問われて、わたしは、ちょっとだけ表情をあらため、レオノール氏と、正面から向き合った。
「わたしは、つよくなるために、しゅぎょーしてます」
「修行?」
「はい」
わたしは、こっくん、とうなずいた。
「だれよりも、つよくならなくちゃ、いけないんです。そのために、ご本をよんで、魔法をおぼえて、モンスターと、たくさん、たたかってきました。ダンジョンにも、もぐったこと、あります」
「お、おう。あの鑑定結果は、そういうことか……」
レオノール氏が、若干引き気味に呟いた。
ああ、そういうこと。
わたしがレオノール氏の殺人や討伐の履歴を知りえたように、レオノール氏のほうでも、わたしのそのへんの情報を見ているわけね。五歳児にあるべき経歴ではない、とでも思ったんでしょう。
「なあ、ご令嬢」
レオノール氏は、きっと鋭い目を向けてきた。
「なぜ、それほどまでに、強さを求めている? きみのような子供が、いったい何を背負っているというんだ。よければ、事情を聞かせてくれないか」
ふーむ。
ゲームとか転生とかの件は、あえて触れずとも、わたしのおよその目的については、大雑把に説明しておくべきかもしれない。
この人は敵ではなくて、一応、味方のはずだから。