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#058


 教会の、すっごいお偉いさんたちの会話。

 それをこっそり聞いてたわたし。

 ここはルリマス、夜中の門前――。

「ああ、心配しないでいい。取って食おうなんて思ってないからな」

 ニッ、と渋く微笑むレオノール枢機卿。

「ただ、きみのような子が、なぜ、こんなところにいるのか。そこは大いに興味があるよ。アルカポーネ子爵家のお嬢さん」

 ぎゃーーーーー!

 そこまでバレてるうううぅ!

 あああ、そうか、『法の真眼』は、『鑑定』系統の上位版だと、設定資料にあった。

 ようするに、わたしの情報なんか、見ただけでわかっちゃうんだ……。下手すると、わたし自身が把握してないことまでも。

 ポーラやルナちゃんを「聖女」だと見抜くことができるのも、その特殊技能のおかげなのだろう。

 この人に、隠し事はできないってわけだ。

 じゃあどう対応すべきだろう?

 なにせ本名身元までバレちゃってる以上、ここで逃げたり、下手な対応をすると、お家にまで迷惑が掛かりかねない。相手は聖光教会のお偉いさんなんだから。

 そもそも、この人は……わたしにとって、敵ではない。ゲームでは、ルナちゃんの実質後見人みたいなポジションの人だ。

 だったら。

 もう腹をくくって、肝を据えて。

 まっとうに向き合うべきかもしれない。

 まず、失礼とは思いつつ、こちらも使わせていただきましょう『鑑定』魔法を。えい。

「……ほう。無詠唱で、それを使うか」

 レオノール氏は、ちょっと表情をあらためた。無詠唱魔法の内容まで、見抜いちゃうのか……。

 いやもう、流石というか、なんというか。

 そこから得られた情報は。

 ――レオノール・コープス。四十一歳、男性。聖光教会ガリアスタ大聖堂所属。

 その他、およその身体能力や魔力、人格的指向などが、ざざざっと、わたしの脳内に流れてきた。

 恐るべきことに、成人以前から殺人とモンスター討伐を常習的に繰り返してるっぽい。具体的な数字まではわからないけど。

 いったい何をしてたら、そんな人生になるの。ベテランの兵隊さんや冒険者でも、なかなかそんな領域までいかないよ。

 それでありながら、性格は善人寄りのニュートラル。きわめて秩序を重んじる人のようだ。

 正義とか教団のためなら殺人も厭わないとか、そういうタイプなんだろう。

 ……あちらも、わたしの個人情報をガッチリ掴んでいるわけだから、これでおあいこ、かな?

「あのー……レオノール、すーきけい、ですよね?」

 一応、ちょっと身構えつつ、そう確認してみる。

「なにっ……?」

 ただの確認のつもりだったのだけど、ご当人は、随分驚いたよう顔つきで、目を見張ってきた。

「どういうことだ。おれは、まだ枢機卿になってない。内示はもらってるがな」

 え。

「だが、おれが内示を受けていることは、本山でも、ほんの数人しか知らないはずだ。いくら『鑑定』魔法でも、そんなことまでわかるはずがない。なぜ知っている? お嬢さん、きみは何者だ?」

 いえ何者といわれましても、アルカポーネ子爵家の長女でございます。もうご存知でしょうに。

 ……ああ、うん、そっかー。いまってゲーム開始十年前だもんなー。まだレオノール氏、枢機卿になってなかったんだ。

 これは、初手の対応、間違ったかな? 余計に怪しまれる結果になってしまったかも。

 ううむ。いきなりゲームのことなんか説明しても、信用されるわけもなし。

 ここはもう、てきとーに言い訳しとくか。

「えっとー。きょーかいのひと、と思ったんですけどー、イカイ? まではわかんなかったのでっ。それで、すーきけい、っていっとけば、だいじょーぶかなー、って」

 これ、けっして、わざとらしく幼児のフリをしてるんじゃなくて。

 脳内では「位階までは鑑定魔法でもわかりませんので、礼儀上、より高い位階でお呼びすべきと判断しました」って思考してるんだけど、実際に出てくる言葉や態度は、どうしても幼児になっちゃう。

 わたしの中身と外側のギャップは、まだ当面、直りそうにない。最近はあまり気にしなくなってたんだけどね。

「ほう。なるほど、一応、筋は通ってるな。では、そういうことにしておこうか」

 位階不明のレオノール氏は、わたしの言い訳に、剛毅な笑みを浮かべた。目は全然笑ってないけど。あっ、信用されてないなこれ。いや当たり前か。

「それで? アルカポーネ子爵家といえば、王国でもずっと北のほうの田舎貴族だろう。そんなところのご令嬢が、なぜこんな場所にいる? どんな事情だ?」

 問われて、わたしは、ちょっとだけ表情をあらため、レオノール氏と、正面から向き合った。

「わたしは、つよくなるために、しゅぎょーしてます」

「修行?」

「はい」

 わたしは、こっくん、とうなずいた。

「だれよりも、つよくならなくちゃ、いけないんです。そのために、ご本をよんで、魔法をおぼえて、モンスターと、たくさん、たたかってきました。ダンジョンにも、もぐったこと、あります」

「お、おう。あの鑑定結果は、そういうことか……」

 レオノール氏が、若干引き気味に呟いた。

 ああ、そういうこと。

 わたしがレオノール氏の殺人や討伐の履歴を知りえたように、レオノール氏のほうでも、わたしのそのへんの情報を見ているわけね。五歳児にあるべき経歴ではない、とでも思ったんでしょう。

「なあ、ご令嬢」

 レオノール氏は、きっと鋭い目を向けてきた。

「なぜ、それほどまでに、強さを求めている? きみのような子供が、いったい何を背負っているというんだ。よければ、事情を聞かせてくれないか」

 ふーむ。

 ゲームとか転生とかの件は、あえて触れずとも、わたしのおよその目的については、大雑把に説明しておくべきかもしれない。

 この人は敵ではなくて、一応、味方のはずだから。





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