それから三日。
わたしは、中断と復帰を繰り返しながら、広い広い夜のヴィラスーラ平原を、ひたすら駆け続けた。
道中、モンスターの群れと遭遇して、範囲魔法で吹っ飛ばすこと四度。
大規模な馬車の集団も、何度か見かけた。
いずれも、かなり大勢の護衛を連れて武装した隊商。夜中なので、駅亭に馬車を停めてキャンプを張り、休息中だった。
わが家にあるような普通の自家用車の単独行は、さすがに一度も見かけなかった。こうもモンスターが多い地域での移動となると、相当数の護衛が必須だろうしね。
街道の旅程は順調だった。
むしろ、お家のほうに、ちょっとした問題が生じている。
近頃、両親が時々、お金のことで口論するようになった。ただでさえ借金まみれの子爵家。子育てもおカネかかるしね。
あんなに仲のよい夫婦でも、貧乏になってくると、ギスギスしちゃうのかなあ。
まだそう決定的なものじゃなくて、ちょっと意見が合わない、くらいのものだけど、やっぱりどうしても心配になる。
わたしが、なんとかしてあげられると、いいのだけど。
一応、アテはある。でも今すぐというわけにはいかない。もうしばらく、わが家には耐えてもらうしかないな。
……などと考えながら、ひたすら石畳を蹴り、街道を駆け続けて。
やがて視界の彼方に、黒く地平を覆うシルエットが、ぼんやり見えてきた。
おお、あれだ。
街だ。ルリマスの街門だ。
いよいよ近い。われらが聖地。
わたしは大いに息をはずませ、足取り軽やかに、速度を上げて突っ走った。
途中、なぜかコボルド数体が、所在なげにふらふら街道を歩いていた。
ここにきて、聖地巡礼を妨げるとは、なんたる無粋――とばかり、通り抜けざま範囲攻撃魔法『招雷』を落として、まとめて感電死させといた。
ここまでくれば、もう少し。
もう少しで――。
ルリマスの街門は、工事中だった。
わたしが知ってる、ゲームで出てきた門の姿は、どこにもない。
ちょっとショック……。
いざ門前まで辿り着いたはいいものの、大量の石材が、本来、街門があるべき場所に、高々と積み上げられていた。
まさにこれから、新しい街門を築こうと、資材を集めて準備中。ここは、そういう現場になっていた。
よく見れば、外壁のほうもまだ建設途中だ。
正面から少し右脇のほうに、いかにも仮設らしい通用門があって、そちらを一般通行用に開放しているみたい。大型馬車でもギリギリ通れるくらいの幅がある。
……そっか。
ゲームの舞台は十年後。ゲームに出てきた立派な街門と外壁を、いま建設中というわけね。
いや、よく考えたら、これはこれでレアな状況なのでは? こんなのゲームでは絶対に見られないものだし。
べつにガッカリすることはなかった。ここはむしろ、ポジティブに捉えるべきでしょう。
夜中なので、作業は行われていないけど、あちらこちらに篝火が置かれていて、ちらほら現場を行き交う人影がある。
わたしは、そんな門前の様子を、少し離れた街道のど真ん中に立って、眺めていた。
だいたいは作業服っぽいのを着た人たちで、現場や資材のチェックなんかをしてるみたい。
そのなかに、白い長衣? 貫頭衣っていうんだっけ。そういう、ちょっと場違いな格好の二人組が、篝火のそばで佇んでいるのが見えた。
なんだろう、街の偉い人かな? と、よくよく目を凝らして観察してみる。
……ん?
二人組のうち片方のお顔に、ちょっと見憶えがあるような……。
わたしは、ささささっと、身をかがめるように、貫頭衣のお二人のそばへ駆け寄った。
いまも『認識阻害』は掛けているので、そうコソコソした姿勢をする必要はないんだけど。つい、なんとなく。
お二人は、どちらも中年の渋いおじさん。服装のせいで体型はよくわからないけれど、顔はイケてる。イケオジコンビだ。 そのイケオジコンビが、渋い眼差しを街道の彼方へ向けながら、重々しい声を交わしあっている。
この声がまた、どちらも、お腹にズシンと響くような低音イケオジボイス。
か、カッコイイ。
「……本当に咲いたのか?」
「もう五年前のことだ」
「そうか。おれがセイホートにいる間に、そんなことになってたのか」
「だが問題がある。咲いたのは、いまのところ、白いほうだけだ」
「白い百合……すると、星の聖女が、どこかに生まれていると?」
「伝承の通りならな。ただ……古来、あれは紅白がほぼ同時期に咲くものだといわれていた。こんなことは伝承にないと、じいさんたちも戸惑ってるよ」
「そもそも、アテになるのか。そんな古い伝承が」
「それも、俺たちにはなんともいえんよ。だが今、モンスターは各地で激増している。国中、なにやら不穏な気配が漂いはじめている。こういう時だからこそ、伝承の聖女が求められている」
「で、調査しろというのか」
「ほかに誰ができるというんだ。貴様の『法の真眼』だけが頼りだよ」
「……ふん。やってみるさ」
うわああ!
なんか! ものすーっごくカッコイイ会話をしてる!
しかも、これって、ゲームの設定にも深く関わってくる話だ。
この国……というより大陸最大の宗教、聖光教会。
その総本山には、古来からの伝承がある。
総本山の中庭に奉じられている、一対の百合。聖花セイクリッド・リリィ。
それは数千年に一度。
世界を救う聖女が、この世に誕生する。
それを世界に知らしめるために、紅白一対のセイクリッド・リリィが、輝きとともに、花開く。
……とされている。
紅の花は月の聖女、白い花は星の聖女の誕生を告げるもの、といわれていた。
ゲームでは、まず白い百合が咲き、二年後に紅の百合の花が咲いていたはずだ。
それで、スタンレー侯爵家の令嬢ポーラが星の聖女の認定を受け、その二歳下の市井の少女ルナちゃんが、月の聖女と認定される。ゲームでは、そういう説明があった。
……でもいま、白いほうが咲いてから、もう五年が経っている。紅の百合は、まだ咲いてないのだとか。
ゲームと異なる状況だ。月の聖女……主人公ルナちゃんが、まだこの世に生まれてない、ってことだろうか?
これは、もう少しお話を聞かせてもらう必要がありそうだ……。