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#056


 それから三日。

 わたしは、中断と復帰を繰り返しながら、広い広い夜のヴィラスーラ平原を、ひたすら駆け続けた。

 道中、モンスターの群れと遭遇して、範囲魔法で吹っ飛ばすこと四度。

 大規模な馬車の集団も、何度か見かけた。

 いずれも、かなり大勢の護衛を連れて武装した隊商。夜中なので、駅亭に馬車を停めてキャンプを張り、休息中だった。

 わが家にあるような普通の自家用車の単独行は、さすがに一度も見かけなかった。こうもモンスターが多い地域での移動となると、相当数の護衛が必須だろうしね。

 街道の旅程は順調だった。

 むしろ、お家のほうに、ちょっとした問題が生じている。

 近頃、両親が時々、お金のことで口論するようになった。ただでさえ借金まみれの子爵家。子育てもおカネかかるしね。

 あんなに仲のよい夫婦でも、貧乏になってくると、ギスギスしちゃうのかなあ。

 まだそう決定的なものじゃなくて、ちょっと意見が合わない、くらいのものだけど、やっぱりどうしても心配になる。

 わたしが、なんとかしてあげられると、いいのだけど。

 一応、アテはある。でも今すぐというわけにはいかない。もうしばらく、わが家には耐えてもらうしかないな。

 ……などと考えながら、ひたすら石畳を蹴り、街道を駆け続けて。

 やがて視界の彼方に、黒く地平を覆うシルエットが、ぼんやり見えてきた。

 おお、あれだ。

 街だ。ルリマスの街門だ。

 いよいよ近い。われらが聖地。

 わたしは大いに息をはずませ、足取り軽やかに、速度を上げて突っ走った。

 途中、なぜかコボルド数体が、所在なげにふらふら街道を歩いていた。

 ここにきて、聖地巡礼を妨げるとは、なんたる無粋――とばかり、通り抜けざま範囲攻撃魔法『招雷』を落として、まとめて感電死させといた。

 ここまでくれば、もう少し。

 もう少しで――。







 ルリマスの街門は、工事中だった。

 わたしが知ってる、ゲームで出てきた門の姿は、どこにもない。

 ちょっとショック……。

 いざ門前まで辿り着いたはいいものの、大量の石材が、本来、街門があるべき場所に、高々と積み上げられていた。

 まさにこれから、新しい街門を築こうと、資材を集めて準備中。ここは、そういう現場になっていた。

 よく見れば、外壁のほうもまだ建設途中だ。

 正面から少し右脇のほうに、いかにも仮設らしい通用門があって、そちらを一般通行用に開放しているみたい。大型馬車でもギリギリ通れるくらいの幅がある。

 ……そっか。

 ゲームの舞台は十年後。ゲームに出てきた立派な街門と外壁を、いま建設中というわけね。

 いや、よく考えたら、これはこれでレアな状況なのでは? こんなのゲームでは絶対に見られないものだし。

 べつにガッカリすることはなかった。ここはむしろ、ポジティブに捉えるべきでしょう。

 夜中なので、作業は行われていないけど、あちらこちらに篝火が置かれていて、ちらほら現場を行き交う人影がある。

 わたしは、そんな門前の様子を、少し離れた街道のど真ん中に立って、眺めていた。

 だいたいは作業服っぽいのを着た人たちで、現場や資材のチェックなんかをしてるみたい。

 そのなかに、白い長衣? 貫頭衣っていうんだっけ。そういう、ちょっと場違いな格好の二人組が、篝火のそばで佇んでいるのが見えた。

 なんだろう、街の偉い人かな? と、よくよく目を凝らして観察してみる。

 ……ん?

 二人組のうち片方のお顔に、ちょっと見憶えがあるような……。

 わたしは、ささささっと、身をかがめるように、貫頭衣のお二人のそばへ駆け寄った。

 いまも『認識阻害』は掛けているので、そうコソコソした姿勢をする必要はないんだけど。つい、なんとなく。

 お二人は、どちらも中年の渋いおじさん。服装のせいで体型はよくわからないけれど、顔はイケてる。イケオジコンビだ。 そのイケオジコンビが、渋い眼差しを街道の彼方へ向けながら、重々しい声を交わしあっている。

 この声がまた、どちらも、お腹にズシンと響くような低音イケオジボイス。

 か、カッコイイ。

「……本当に咲いたのか?」

「もう五年前のことだ」

「そうか。おれがセイホートにいる間に、そんなことになってたのか」

「だが問題がある。咲いたのは、いまのところ、白いほうだけだ」

「白い百合……すると、星の聖女が、どこかに生まれていると?」

「伝承の通りならな。ただ……古来、あれは紅白がほぼ同時期に咲くものだといわれていた。こんなことは伝承にないと、じいさんたちも戸惑ってるよ」

「そもそも、アテになるのか。そんな古い伝承が」

「それも、俺たちにはなんともいえんよ。だが今、モンスターは各地で激増している。国中、なにやら不穏な気配が漂いはじめている。こういう時だからこそ、伝承の聖女が求められている」

「で、調査しろというのか」

「ほかに誰ができるというんだ。貴様の『法の真眼』だけが頼りだよ」

「……ふん。やってみるさ」

 うわああ!

 なんか! ものすーっごくカッコイイ会話をしてる!

 しかも、これって、ゲームの設定にも深く関わってくる話だ。

 この国……というより大陸最大の宗教、聖光教会。

 その総本山には、古来からの伝承がある。

 総本山の中庭に奉じられている、一対の百合。聖花セイクリッド・リリィ。

 それは数千年に一度。

 世界を救う聖女が、この世に誕生する。

 それを世界に知らしめるために、紅白一対のセイクリッド・リリィが、輝きとともに、花開く。

 ……とされている。

 紅の花は月の聖女、白い花は星の聖女の誕生を告げるもの、といわれていた。

 ゲームでは、まず白い百合が咲き、二年後に紅の百合の花が咲いていたはずだ。

 それで、スタンレー侯爵家の令嬢ポーラが星の聖女の認定を受け、その二歳下の市井の少女ルナちゃんが、月の聖女と認定される。ゲームでは、そういう説明があった。

 ……でもいま、白いほうが咲いてから、もう五年が経っている。紅の百合は、まだ咲いてないのだとか。

 ゲームと異なる状況だ。月の聖女……主人公ルナちゃんが、まだこの世に生まれてない、ってことだろうか?

 これは、もう少しお話を聞かせてもらう必要がありそうだ……。





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