スピリットは、ダンジョンに棲息するモンスターの一系統で、精神生命体。
幽霊みたいな外見と性質を備えてるけど、実は生物。ゆえに殺すことができる。
でもいま、わたしが『解析』で可視化しているのは……。
魔力溜まりから異界を通ってきたモンスターじゃない。
人間の死者の怨念が、肉体を喪ってなお、現世に留まって、活動している状態。
つまり本物の幽霊。それも団体さん。十体くらい、いるんじゃないかな?
その集団が、ふよんふよんと街道上を浮遊移動しつつ、まっすぐ関門要塞へ向かっている。
って、やけに落ち着いてるな、わたし。
幽霊なんて実際に見るのは初めてだし、明らかにホラーな状況なんだけどね。
ただ、個々の顔も判別できないぐらい全体像がボヤけてて、ほとんどスピリットと区別が付かない外見になってる。おかげで見た目はそれほど怖くない。
それに、あの幽霊さんたち、わたしのほうにはまったく意識を向けてない。ようするに他人事なので、冷静に見ていられるのかも。
わたしの脳内に流れ込んでくる情報によれば……。
幽霊さんたちは、いわゆる思念体であり、非生物であるため、直接的な物理干渉はできない。これはお互いにそうで、こっちからもあっちからも、直接殴ったり斬ったりはできない。
ただし、あの幽霊さんたち、どういうわけか、魔法を使えるらしい。『迅雷』や『氷弾』といった、ごく初歩的な攻撃魔法だけみたいだけど。
魔法を使って、一方的に物理干渉を仕掛けてくるわけだ。こっちからは手が出せないというのに。
わたしが妙に落ち着いてる理由は、他にもある。
ゲーム「ロマ星」にも、幽霊が出てくるサブイベントがあったからだ。
攻略対象イケメンズの一人、「騎士団長の次男フォルクス」の攻略ルート、通称「脳筋聖女ルート」の序盤で発生する。
あくまでサブのショートイベントのひとつで、クリア必須というわけじゃない。大抵のプレイヤーは、初見では発生条件を満たすことなく素通りしてしまう。
その条件とは……。
フォルクスがNPCとしてパーティーに加わっている状態で、街道のとある地点に設置されている「祠」に対して「しらべる」コマンドを用いること。
条件が満たされていると、イケメンだけど粗暴な剣士のフォルクスくんが、オラついた台詞を吐きながら「祠」を破壊してしまう。
たちまち「祠」に封印されていた古い思念体、すなわち「幽霊」の大群が解放され、一斉に、ルナちゃん一味に襲い掛かってくる……。
もちろんルナちゃんは聖女なので、襲い来る幽霊さんたちを、ぶん殴って浄化していく。もう一度いいます。ぶん殴って浄化していきます。
聖女だけに許された特殊能力により、ルナちゃんは、幽霊でも物理的に殴ることができるのです。さすが主人公というべきか。
きれいさっぱり幽霊を片付け、最後にルナちゃんのお仕置きジャンプアッパーがフォルクスくんの顎に炸裂。
鮮やかに殴り飛ばされ、宙を舞いながら、「おもしれぇ女……」と呟いて気を失うフォルクスくん。
だいたいそんなイベントである。
フォルクスくんは、騎士団長の次男というだけあって、大柄で、剣の腕前は学園一。登場当初は、先に述べた幽霊イベントにもあるように、押し出しが強いオラオラ系イケメンで、かなり粗暴というか傍若無人なところがある。
けれどルナちゃんへの好感度が上がるにつれ、たびたびルナちゃんにぶん殴られるイベントが発生し、ルナちゃんにだけは、まったく頭が上がらなくなっていく。
そうしてルナちゃんに調教……いや人の優しさを教えられ、オラついた態度はだんだん控えめになって、騎士として、人間として成長してゆく。
このルートのグッドエンドでは、あえて一騎士としてルナちゃんを主に定め、剣を捧げようとするフォルクスくんを、ルナちゃんはぐっと押しとどめる。
「わたしが望むのは、騎士の剣じゃない。あなたとともに歩んでいく未来を、捧げてください」
ってな感じでー。そういうお話である。うむうむ、尊い。
ただ、このフォルクスくん攻略ルートだけは、なぜかルナちゃんが、ほぼ考えなしに、襲い来るトラブルの数々を腕ずくで解決していく……なんというか、力こそパワー! みたいな展開が多くて。
いつしか「脳筋聖女ルート」なんて通称で呼ばれるようになった。
さて、そんなフォルクスくん絡みの「幽霊イベント」だけど、発生場所は……。
まずルリマスの街でルナちゃんとフォルクスくんが合流し、そこから街道沿いに北上。侯爵領を出てしばらく進むと、小さな祠が道の傍らに……。
あー。ちょうど、わたしがさっき通ってきたあたりなんだ。ゲームの幽霊イベントが発生するのって。
でも途中、それらしい祠なんてなかったけどな?
まだ関門の前では、商人さんたちが、必死に懇願を続けている。もう幽霊さんたちは、だいぶ追いついてきてるし。あと数分もあれば、攻撃魔法の範囲に届きそう。
でもなんで、幽霊さんたちが追ってきてるのか。
ふと気になったので、商人さんたちの荷馬車のひとつへ、ててててっと駆け寄って、幌に覆われた荷台を覗き込んでみると。
なんだか木で組まれた犬小屋みたいなのが、ででん! と積み込まれていた。
……これかー。
祠、壊したんじゃなくて。
丸ごと盗んできちゃったかー。祠を。
そりゃ幽霊さんたちも怒って追ってきますよ。