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#051


 オウキャット子爵領とブランデル侯爵領の境界線にそびえる関門。

 厳密には、カボー関というらしい。ただの門じゃなくて、かなり大きい要塞のような造りになっている。

 ガルベス子爵領にも、同じような関門要塞があったっけ。ぱっと見の構造や建築様式もよく似ているので、ひょっとしたら同じ建築デザイナーだかお城デザイナーだかのお仕事なのかも。

 オウキャット子爵は自領の管理を真面目にやる気がなく、境界線の管理もノータッチ。

 関門の所有者はブランデル侯爵。警備隊の配置、出入りのチェック、手形の発行などの手続きも、すべてブランデル侯爵側が勝手に取り仕切っている。

 ……というのはゲームで見た説明だけど、こっちの現実でも、そうなってるみたいだ。

 前世だと、中世欧州あたりの貴族って、だいたい領土の境界線をめぐって喧嘩してたようなイメージがあるんだけどね。フレイア王国では、あまりそういう話は聞かない。それが良いことなのかどうなのか、ちょっと、わたしには、なんともいえない。

 さてそのブランデル侯爵領の関門要塞、カボー関の前にて、現在なにやらトラブルが生じている。この真夜中に。

「なあっ、頼む! 入れてくれよぉ!」

「このままじゃ、俺ら、みんな死んじまう!」

「追われてるんだ! 開けてくれよぉ! まだ死にたくねえ!」

 門前で、泣きながら必死に訴え続けてる人たち数名。

 姿格好や、大型の荷馬車二輌をうしろに控えさせてることなどから、旅の商人の一団と推測できる。

 一方、門壁の上に立つ守衛さんたちは、対照的に、ごく落ち着いた様子で、門前の人たちを見下ろしている。

「いかなる事情であろうと、規則は曲げられん。開門はあいならぬ。夜明けまで待て」

 ひややかな声で告げる。

「それじゃ、あいつらに追いつかれる! たっ、頼むよ、通行税を上乗せしてくれてもいい! 荷物も、あんたらが欲しいものがあれば献上する! だからっ」

 何かに追われてる、という主張を繰り返す商人さんたち。

 でもそれ、ホントかな?

 たったいま、わたしは街道を走ってきた。ここまでの道中で何かあれば『気配察知』に引っかかるはずだけど、人やモンスターなどの気配はまったく感知できなかった。

 小動物っぽい気配は、街道の左右に草原や畑から、ちらほら感じられた。野ネズミとかイタチとかじゃないかな。そんな害のあるものとは思えなかった。

 この周囲でも、関門要塞から離れた場所に、これという気配はない。

 とすれば、この商人さんたちは、虚偽の脅威を訴えて、無理に関門を開かせようとしてる、ということだろうか。

 いやでも、『気配察知』で感知できない脅威というものが存在する可能性も……?

 モンスターのなかには「スピリット」と呼ばれる精神生命体の一系統があって、これは気配察知に引っかからない特性を持っている。

 空中浮遊で移動し、姿を消すも現すも自在。壁や天井もすり抜けて、どこまでも追ってくる。まさに幽霊みたいなモンスターだ。人間に強い憎悪を抱いているらしく、『錯乱』『闇刃』『黒毒』などの凶悪な闇属性魔法で攻撃してくる。

 でも幽霊そのものではなくて、あくまでモンスターなので、ゲーム内では『解析』魔法を使用すれば、ハッキリと姿を見られるようになり、どうにか対応できるようになっていた。

 ……ただスピリット系のモンスターって、ゲーム内ではダンジョンにしか出てこなかったんだけど。そんな神出鬼没なモンスターが地上を好き勝手うろついてたら怖すぎる。

 でも一応、探ってみましょうか。もしスピリットが追ってきてるとなると、この関門要塞が危険に晒されるし、下手すると、わたしも追いかけられる対象になりかねない。

 わたしは、門から少し離れた街道の脇で、呪文を唱えた。

『解析』

 魔法が発動し、周囲の情景に変化が生じた。

 似たような魔法に『鑑定』があるけど、あれは特定対象や、ごく狭い範囲の空間内の詳細情報を得るための魔法。それらの情報が、さながら文字の書かれた寒天が脳内に直接流し込まれるように、うにょうにょと送られてくる。何度やっても慣れない不気味な感触だ。

 もし鑑定対象に『認識阻害』などの隠蔽・欺瞞効果が掛かっている場合、それらを突き抜けて、一時的に「本来の状態」を可視化する効果もある。

 で。その『鑑定』の常時発動版が『解析』だ。

 視界に入るものすべてに『鑑定』の効果が及び、しかも当人が効果を切るか、もしくは魔力切れでぶっ倒れない限り、効果は永続する。

 当然、膨大な「鑑定情報」が、たちまち四方八方から寒天の津波のごとく脳内にぶにゅるるるるんと押し寄せ続ける。

 凡人ではこの情報の奔流には到底耐えられない。だいたい数秒も経たずにぶっ倒れる。それほど扱いの難しい魔法だ。

 十分な修練を積んだ魔法使いならば、情報量をコントロールして、脳への負担を軽減し、上手に使いこなせるそうで。

 わたしはまだまだ、そんな領域には達してないけど、十数分ぐらい、どうにか維持可能なぐらいには鍛えている。

 発動直後から、うにょるるん、ぎゅぶるるるるる! と、周囲の膨大な鑑定情報が、わたしの脳へと押し寄せてきていた。

 やっぱ気持ち悪い……感覚的には船酔いに近いかな、これ。

 けれど、必要な情報は、きっちり得られた。

 わたしがいる位置から、五十メートルくらい離れた街道上。ふよふよと浮遊移動している、謎の半透明物体が、複数。

 ……いや、あれ、スピリットじゃないよ?

 形状、半人型で足が無い。スピリットに似てるんだけど、違う。

 わたしの『解析』が、とんでもない詳細分析情報を送り込んできている。

 ここまで商人さんたちを追ってきている謎の存在。その正体。

『解析』は告げている。

 あれは「本物の幽霊」さんたちだと。





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