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#050


 オウキャット子爵領にて「死霊集落」を迂回し、ついでにカタリナス教団のキャンプを「お掃除」した後。

 わたしは、いったん前進を停めて、お家に帰って寝た。長々と盗み聞きをしてる間に、夜明け近くになっていたので。

 ベッドにばったり倒れて眠ると、夢の中で、ゾンビの大群が輪になって、盆踊りしていた。なんだか前世にも、そんな映画があった気がするけど……。

 なぜ、この夜に限って、そんな悪夢を見たのか、わけがわからない。やっぱりゾンビは駄目。わたしには無理です。

 翌日。

 深夜。

 いつものように、わが家から『転移』で街道へ復帰し、赤土を蹴って駆けること一時間ほど。

 彼方に、もう領都デルカの防壁と関門が見えてきていた。

 ここの子爵領の境界線は、やる気ゼロとしかいいようのない、形だけの朽ちた門壁だったけど、デルカの外壁は、おそろしく立派で頑丈そうな石垣になっていた。

 外壁の周囲には外堀をめぐらせ、関門の前に、でっかい跳ね橋をかけて往来する構造になってるみたいだ。うわー、めちゃくちゃ、おカネかかってるよ、あれ。

 で、いまは夜中だから、その跳ね橋は上がっていて、門も閉まっている。当然、中に入ることはできない。

 例によって『浮遊』を使えば、入るのは簡単だけど。そこまでして見たいモノって、あの街にあったかどうか。

 ゲーム内での出来事をあれこれ思い返してみると……ルナちゃん一行がここを訪れるかどうかは任意。べつにデルカに行かなくても、ゲームの進行には支障がない仕様だった。

 街に入れば、その時点でサブクエストが自動発生し、住民らから『死霊集落』の話を聞かされ、そのまま強制的にゾンビ退治へ、という流れになる。

 これというサブキャラクターは出てこないし、メインキャラクターにも、ほとんど台詞が設定されてない。

 肝心のルナちゃんでさえ、せいぜい、ゾンビを浄化するときの「光よ!」と「安らかに眠って!」とかいう掛け声ぐらいしか喋らない。

 今にして思うと、任意のサブクエストだからって、随分と雑な作りのイベントだったなって……とりあえずゾンビ出しとけ、みたいな、いい加減なノリを感じる。

 うん。ここは丸ごとスルーでいいかな。先を急ぎましょう。

 べつに、一刻も早くゾンビイベントから遠ざかりたい、できれば一生関わり合いになりたくない、なんて思ってませんよ?

 嘘です思ってます。ホント無理ですゾンビは。

 ゲーム「ロマ星」で、ゾンビが出てくるスポットは、オウキャット子爵領だけ。

 この小さな貴族領さえ駆け抜けてしまえば、もうこの世界で、ゾンビと関わることはないでしょう。

 さらばゾンビよ! さらばー!

 と、わたしは領都デルカの外堀を大きく迂回し、全力で街道を南下し続けた。







 次なる行き先は、ブランデル侯爵領。王国中部から南部まで、かなり広大な領域を占めている。

 わたしの第一目的地である宿場町ルリマス、最終目標である中級ダンジョンがあるペスカトーレ地方、どちらも、この侯爵領内にある。ゲームでは、序盤から中盤にかけて、主人公ルナちゃんの主要活動拠点となる地域だ。

 領主のブランデル侯爵は、攻略イケメンズの筆頭格、すなわち第四王子アレクシスの擁立派閥を率いる大貴族。それだけに出番は多く、全てのルートに登場して、必ずルナちゃんの味方になってくれる。白髪とおヒゲが素敵な、ちょっとスタイリッシュで優しいおじいさまだ。

 ここブランデル侯爵領は、メインストーリーの舞台であるとともに、重要なサブクエストも、いくつか用意されている。王都に次ぐ「ロマ星」の聖地というも過言じゃない。

 ここは「ロマ星」ファンとして、わたし個人としても、色々と思い出深い土地。

 その場所へ、これから現実に訪れることができるなんて……もう、いまから楽しみで仕方ない。

 わたしはすっかり胸躍らせて、足取りも軽く、ぐんぐんと速度を増して、赤土の街道をひたすら駆けた。

 やがて、はるか視界の先の街道上、巨大な影のように横たわる関門が、だんだん見えてきた。

 あそこだ。あれが侯爵領の境界。あの関門から先が、ブランデル侯爵領だ。

 けれど、その手前に、なにやら人が集まっていて、騒がしい。

 こんな夜中に、いったい何事だろう?

 遠目には、門前に集まってるのが十人ほど。大型馬車が二輌。格好は、いずれも一般平民の服装……ていうか商人?

 それを門壁の上から見下ろしてる、守衛か武装兵らしき方々が三……いや四人かな。

 あそこの門壁、かなりの厚みがあって、その上が通路になってるみたい。

 関門はぴったりと閉ざされてる。そりゃ夜中だし、それが普通なんだけど。

 なのに門前の人たちが、開けろ開けろって口々に騒いでて、門衛の人たちが困ってる。そんな状況みたいね。

 例によって例のごとく、わたしの身には『身体強化』『認識阻害』『気配察知』『暗視』のフルセットが、きっちり掛けてある。

 堂々と近寄っても、誰もわたしの存在には気付くまい。

 てわけで、さっそく、関門前の騒ぎを、間近に見に行っちゃいましょう。

 ええ。もちろん、たんなる野次馬ですとも。騒ぎに加わる気はございません。





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