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#048

 赤土の街道を離れ、草原へと分け入る。「死霊集落」を迂回するために。

 ……風に乗って、明確に、えぐい異臭が、わたしの鼻まで届いてくる。

 もうあそこの住民、みんなゾンビになっちゃった後なんだろうな。

 ゲーム画面のゾンビですら、わたしは生理的に相当キツかった。

 現実にそんなもの間近で見たら、正気を保ってられる自信がない。

 ゆえに、避ける。だって怖いもの!

 さいわい、あそこのゾンビは、集落から外には出ていかないという話だから、最小限の迂回で先へ進めるはず。

 しばらく、ざっざっざっと青草を踏みしめ、わたしは一心不乱に草原を駆けた。

 行手に、雑木林が見えている。

 あの林の外周に沿って南下すれば、集落を迂回して坂を下り、領都デルカの方角へと進めるはずだ。

 今夜はそこを目標にしよう。無事にデルカの手前まで辿り付いたら、『転移』で帰って、寝ましょう……。

 そう甘くなかった。

 雑木林まで駆け寄ったところで、常時発動中の『気配察知』に反応アリ。

 モンスターとかでなく、生きた人間。

 それも一人や二人じゃない。、

 十人以上の集団の気配が、林の木々の向こう側に、固まって存在していた。

 ……怪しい。

 この状況で、いったいどんな集団が、この夜中、こんな何も無い場所に留まってるのか。

 まさか観光客とかじゃないよね。

 野暮な干渉をする気はないけど、なんとなく、ちょっと気になる。

 いまでも『認識阻害』は掛けてある。わたしが集団に近付いても、見咎められることは、たぶん、ないはず。たぶんね。

 メルンちゃん級の、よっぽど強い魔法使いがまざってたら、先日みたいに、一発でバレるかもだけど……。

 あんな超天才が、そうそう世間にごろごろいるとは思えないし。だいじょーぶだよ。たぶん。

 ってわけで。

 わたしは雑木林へと踏み込んだ。

 念のため、木陰に身をひそめつつ、こっそりこっそり、気配のある場所へと近寄ってゆく……。

 木々の間に、大きなテントが張られていた。がっしりした柱を何本も地面に突き立てて、ぶ厚い布を張って、周囲まですっぽり覆ってある。天幕ってやつね。

 以前、ハイハットが焼け落ちた後、冒険者組合が焼け跡にテントを張ってたけど、それとほぼ同じくらいの大きさとデザイン。

 てことは、あれはよもや、冒険者のキャンプ?

 さささっ、とテントのそばまで寄ると、中から話し声が。

「……何度も言わせるな。明日には撤収する。もう決まったことだ」

「ルアンドロ様はどうなるのです? 見殺しにするのですか」

「彼一人を救うために、我々が危険を冒すわけにはいかん」

「司祭どのには気の毒だが……我らが神、カタリナス様への贄となってもらおう。真にカタリナス様へ忠節を誓う信徒なれば、それは本望というものだろう」

「北塔への報告は?」

「司祭どのが禁術を用いたのは確実だ。だが実験は失敗した。結果、村はゾンビであふれかえっている。そう伝えるしかあるまい」

「魔女どのから授かった教書に問題があったのだろうか」

「それは我々のあずかり知るところではない。ルアンドロどのは、予定に従い、実験のため、教書にある禁術を行使した。だが、魔女どのが言っていたような結果は得られなかった。我々は、そうありのまま報告するだけだ」

 ……これは。

 邪教団カタリナス。

 その教団関係者のキャンプとみて間違いない。

 ゲームにはなかった話だ。実はルアンドロは教団の部下を率いて集落を訪れていて、でも結局見捨てられた、ということになるのかな。

 カタリナス教団は、わたしにとって、不倶戴天の仇敵に等しい。

 ルードビッヒの死亡パターンの四分の一ぐらいが、この教団絡みの事件だからだ。

 教団の判断で直接暗殺される場合もあれば、他の王位継承者や大貴族と組んで暗躍しているケースもある。

 けれど「死霊集落」の件は、ルードビッヒの死亡パターンとは関連性がない。ゲーム内での死霊集落のイベントも、結局、北塔の魔女の「死者蘇生の禁術」とやらがインチキだった、という事実が判明するエピソードでしかない。

 ここにいる教団関係者が、どの程度の地位かは知らないけど、言葉遣いからみて、司祭ルアンドロの部下……あまり位階は高くなさそうな人たちだ。

 いくら仇敵カタリナス教団といっても、こんな下っ端の方々にまで、いちいち構う必要はないかな。

 彼らのことは放っといて、先を急ぐべきかもしれない。

 ……と、思ったんですけどねえ。

「魔女どのについては、それでよいとして……あとは」

「バルジ侯の依頼か」

「あちらには、ゼンギニヤ大司教猊下が向かっておられる。あの御方ならば、何も問題あるまい」

「召喚石の実用実験のついでに、貴族領をひとつ潰す、か。バルジ候も、随分むごい依頼をしたものだな」

「貴族も一枚岩ではない。派閥が違えば敵国も同然というしな。敵に対する大貴族のやり口としては、むしろ穏当なほうだろう」

「リヒター家、だったか。いまごろは、モンスターに蹂躙されて、草も生えない更地になっているだろう。気の毒なことだ」

「すべてはカタリナス様の思し召しだ」

 陰湿にささやき合う声が、テントの中から漏れ聞こえている。

 ……おやおや。

 おやおやおや。

 ここでゼンギニヤの名前が出てくるとは。

 でもって、リヒター家って、わがアルカポーネ領の西隣、リヒター辺境伯のことじゃないですか?

 これはちょーっと、聞き捨てならぬ会話ですね……?





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