赤土の街道を離れ、草原へと分け入る。「死霊集落」を迂回するために。
……風に乗って、明確に、えぐい異臭が、わたしの鼻まで届いてくる。
もうあそこの住民、みんなゾンビになっちゃった後なんだろうな。
ゲーム画面のゾンビですら、わたしは生理的に相当キツかった。
現実にそんなもの間近で見たら、正気を保ってられる自信がない。
ゆえに、避ける。だって怖いもの!
さいわい、あそこのゾンビは、集落から外には出ていかないという話だから、最小限の迂回で先へ進めるはず。
しばらく、ざっざっざっと青草を踏みしめ、わたしは一心不乱に草原を駆けた。
行手に、雑木林が見えている。
あの林の外周に沿って南下すれば、集落を迂回して坂を下り、領都デルカの方角へと進めるはずだ。
今夜はそこを目標にしよう。無事にデルカの手前まで辿り付いたら、『転移』で帰って、寝ましょう……。
そう甘くなかった。
雑木林まで駆け寄ったところで、常時発動中の『気配察知』に反応アリ。
モンスターとかでなく、生きた人間。
それも一人や二人じゃない。、
十人以上の集団の気配が、林の木々の向こう側に、固まって存在していた。
……怪しい。
この状況で、いったいどんな集団が、この夜中、こんな何も無い場所に留まってるのか。
まさか観光客とかじゃないよね。
野暮な干渉をする気はないけど、なんとなく、ちょっと気になる。
いまでも『認識阻害』は掛けてある。わたしが集団に近付いても、見咎められることは、たぶん、ないはず。たぶんね。
メルンちゃん級の、よっぽど強い魔法使いがまざってたら、先日みたいに、一発でバレるかもだけど……。
あんな超天才が、そうそう世間にごろごろいるとは思えないし。だいじょーぶだよ。たぶん。
ってわけで。
わたしは雑木林へと踏み込んだ。
念のため、木陰に身をひそめつつ、こっそりこっそり、気配のある場所へと近寄ってゆく……。
木々の間に、大きなテントが張られていた。がっしりした柱を何本も地面に突き立てて、ぶ厚い布を張って、周囲まですっぽり覆ってある。天幕ってやつね。
以前、ハイハットが焼け落ちた後、冒険者組合が焼け跡にテントを張ってたけど、それとほぼ同じくらいの大きさとデザイン。
てことは、あれはよもや、冒険者のキャンプ?
さささっ、とテントのそばまで寄ると、中から話し声が。
「……何度も言わせるな。明日には撤収する。もう決まったことだ」
「ルアンドロ様はどうなるのです? 見殺しにするのですか」
「彼一人を救うために、我々が危険を冒すわけにはいかん」
「司祭どのには気の毒だが……我らが神、カタリナス様への贄となってもらおう。真にカタリナス様へ忠節を誓う信徒なれば、それは本望というものだろう」
「北塔への報告は?」
「司祭どのが禁術を用いたのは確実だ。だが実験は失敗した。結果、村はゾンビであふれかえっている。そう伝えるしかあるまい」
「魔女どのから授かった教書に問題があったのだろうか」
「それは我々のあずかり知るところではない。ルアンドロどのは、予定に従い、実験のため、教書にある禁術を行使した。だが、魔女どのが言っていたような結果は得られなかった。我々は、そうありのまま報告するだけだ」
……これは。
邪教団カタリナス。
その教団関係者のキャンプとみて間違いない。
ゲームにはなかった話だ。実はルアンドロは教団の部下を率いて集落を訪れていて、でも結局見捨てられた、ということになるのかな。
カタリナス教団は、わたしにとって、不倶戴天の仇敵に等しい。
ルードビッヒの死亡パターンの四分の一ぐらいが、この教団絡みの事件だからだ。
教団の判断で直接暗殺される場合もあれば、他の王位継承者や大貴族と組んで暗躍しているケースもある。
けれど「死霊集落」の件は、ルードビッヒの死亡パターンとは関連性がない。ゲーム内での死霊集落のイベントも、結局、北塔の魔女の「死者蘇生の禁術」とやらがインチキだった、という事実が判明するエピソードでしかない。
ここにいる教団関係者が、どの程度の地位かは知らないけど、言葉遣いからみて、司祭ルアンドロの部下……あまり位階は高くなさそうな人たちだ。
いくら仇敵カタリナス教団といっても、こんな下っ端の方々にまで、いちいち構う必要はないかな。
彼らのことは放っといて、先を急ぐべきかもしれない。
……と、思ったんですけどねえ。
「魔女どのについては、それでよいとして……あとは」
「バルジ侯の依頼か」
「あちらには、ゼンギニヤ大司教猊下が向かっておられる。あの御方ならば、何も問題あるまい」
「召喚石の実用実験のついでに、貴族領をひとつ潰す、か。バルジ候も、随分むごい依頼をしたものだな」
「貴族も一枚岩ではない。派閥が違えば敵国も同然というしな。敵に対する大貴族のやり口としては、むしろ穏当なほうだろう」
「リヒター家、だったか。いまごろは、モンスターに蹂躙されて、草も生えない更地になっているだろう。気の毒なことだ」
「すべてはカタリナス様の思し召しだ」
陰湿にささやき合う声が、テントの中から漏れ聞こえている。
……おやおや。
おやおやおや。
ここでゼンギニヤの名前が出てくるとは。
でもって、リヒター家って、わがアルカポーネ領の西隣、リヒター辺境伯のことじゃないですか?
これはちょーっと、聞き捨てならぬ会話ですね……?