オウキャット子爵領は、領都をデルカといい、他に村落がひとつという、ごく小さな貴族領。
けれど、重要な税収源である唯一の村落が、ある時期を境に、大量のゾンビが徘徊する「死霊集落」と化してしまった。
これは、ルアンドロという男の仕業。邪教団カタリナスの司祭だ。
ルアンドロは当初、人畜無害な聖光教の宣教師を装って村落を訪れた。
村落の住民らは、あっさりルアンドロを信用して迎え入れた。
ほどなく、ルアンドロは、住民の少女のひとりを、ひそかに殺害し、超古代の呪法を用いて、その死骸をおぞましいゾンビと化さしめた。
「おかしいな? なぜこうなる。教本によれば、この呪法は死者を蘇生させるものだと……」
どうやら、ゾンビ化は、ルアンドロの本意ではなかったらしい。
ゾンビ化した少女は、凶暴な怪物となって、ルアンドロに襲いかかった。
かろうじてルアンドロは建物から逃げ出したものの、少女は付近の村人たちに見境なく襲い掛かり、片っ端から噛み付いていった。
ゾンビに噛まれた人は、ゾンビになる。
ええ、ゾンビ物って大概そういう設定だよね。この世界のゾンビもその例に洩れず、噛んで噛まれて、一気に増殖していった。村落の全住民がゾンビ化するまで、半日も掛からなかった。
ただ不思議なことに、この村人ゾンビたちは、最初にゾンビ化した少女も含めて、村から外には決して出ようとしない習性を持っていた。もともと田舎の住民だからだろうか。やけに保守的なゾンビの群れだった。
そんな事情から、この異変はなかなか外部に伝わらず、領都デルカに第一報が届いたのは、事件発生から三ヶ月後のことだった。
村落へ行商に訪れた旅商人らが、変わり果てた姿となった村人ゾンビらに襲われ、命からがらデルカへ逃げ込んできたことで、ようやく状況が領主のところまで伝わった。
まさに寝耳に水。領主のオウキャット子爵は、領民……というか税収源の一大事に驚き、慌てて地元の冒険者組合支部に対策を依頼した。
けれど、デルカの冒険者組合はきわめて規模が小さい。所属する冒険者は十人に満たず、なかでも腕利きといえるのは、四十代のおじさん剣士ただ一人。他は雑用ぐらいの経験しかない若者たちばかり。
「しょうがねえな、ちょっくら様子を見てきてやらあ」
それが四十代ベテラン剣士さんの最後の言葉だった……。
冒険者組合はアテにならない。では領軍はというと、これも式典の儀仗をつとめるだけの、見栄ばかりで実力は皆無という、飾り物の軍隊だった。
それでも、村落が故郷だという領兵の若者たちが、領主の許しを得て武装し、家族友人縁者らを救うために、故郷へ向かった。
もちろん誰も帰ってこなかった。
もはや、他領に救援を頼むしかない。境をまたげば、近隣に聖光教の教会も、大規模な冒険者組合もある。
だけど余所の貴族や教会に借りをつくるのは云々……などと、この期に及んで、しょうもない見栄でずっと悩んで、結局何もしない領主オウキャット子爵。
年月だけが無慈悲に経過し、事件発覚から実に十年後。
たまたまデルカの街を訪れてきた、通りすがりの学生たち。
そう。それこそ我らが主人公、ルナちゃん一味である。
もちろん主人公だから、ずーっと困っていたオウキャット領の方々を放っておくわけもなく。
ルナちゃんは即断即決、イケメンな仲間たちを引き連れて「死霊集落」へ乗り込むと、出会う村人ゾンビたちを、手当たり次第、聖女パワーでどんどん浄化していった。
ゾンビが聖女パワーで浄化されたら、どうなるか。
ゾンビさんはたちまち目にも眩いキラキラエフェクトに包まれ、一瞬だけ生前の姿に戻って、ルナちゃんに感謝しながら、光に呑まれて消滅するのである……。
途中、物陰から突然ゾンビが飛び出してきたり、空からゾンビが降ってきたり、地面からゾンビが生えてきたり、鍋の蓋を取ったらゾンビの顔があったりと、ちょっと心臓に悪い演出が何度もあるけど、結局、ただの一人も助からない。
村人ゾンビをきれいさっぱり片付けた後、ルナちゃんは、崩れかけた聖堂の床に、地下への階段を発見する。
降りてみると、石造りの地下室……本来は地下牢として使われていたのであろう部屋に、干からびた白骨死体が転がっていた。
念のため、おそるおそる声をかけてみるも、へんじがない。ただのしかばねのようだ。
白骨死体のそばには、一冊のボロボロの手帳。
内容は、カタリナス教司祭ルアンドロの手記だった。日付は、およそ十年前。
ルアンドロは、例のラスボス「北塔の魔女」に仕える邪教徒であり、長い修行の末、死者蘇生の禁術を魔女から授かったのだという。その実験のため、この辺境の村を訪れ、禁術を実践したところ、たしかに死者は蘇った。ゾンビとして。
――思ってたんと違う!
と叫んだかどうかは知らないけど、ルアンドロとしても、これは想定外の状況だったらしい。
まごつく間に、村はゾンビだらけになってしまった。脱出もままならなくなったルアンドロは、慌ててこの地下牢へ逃げ込んだ。
どうにかゾンビから身を隠すことはできたものの、救助はアテにできないし、水も食料もない。
せめて、死ぬ前に、前後の事情と真相だけでも書き残しておこう……。
というわけで、この手記により、ようやくルナちゃん一味は、ゾンビ騒動の原因を知ることができた。
手記の最後の一行には……。
騙しやがって、あのくそババア! 地獄に堕ちろ!
と書き殴られていた。
これにてイベントは終了となる。
……オウキャット子爵領でのイベントは、とくにエンディングまで到達するのに必須というわけじゃない。
報酬も、イケメン攻略キャラたちの好感度が一律に少し上がるという程度の、しょっぱいものだ。
あとは……この後に展開されるメインストーリー、ポーラが「死者蘇生の禁術」を求めて北の塔へ向かったと、人伝てに聞かされるイベントにて、ルナちゃんの態度と台詞が、若干変化する。そりゃ「禁術」の内容がゾンビ製造法だと知ってたら、そのへんの反応が変わるのは当たり前かもね。
ようするにこれは、ゲームやり込み派のために用意された、ちょっとしたサブイベントのひとつ。
時系列からいって、ちょうど今頃、いま街道の彼方に見えている、名も無き村落が「死霊集落」と化した直後ぐらいだろう。
ひょっとしたらルアンドロさんもまだ地下で生きてるかもしれない。
けれど。
あえてわたしが、あそこに踏み込む必要はない。将来、ルナちゃんが解決すべきイベントでもあるしね。
ってわけで、ここはまるっとスルーで。集落を迂回して、さっさと先へ進むことにしましょう。
いえべつに、ゾンビが怖いとか、そういうわけではないですよ。
ゲームで、空から突然、三体のゾンビが一斉に飛び込んできて、一気に画面いっぱいドアップで迫ってきたときには、ついモニターの前で汚い悲鳴あげたりして、それが今でもトラウマだったりしますけどね?
いえほんと、決してゾンビなど怖くもなんとも。
すいません、やっぱ怖いです。あれホント心臓に悪いんです。スルーさせてください……。