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#046


 この世界は、ゲームじゃない。

 だから、この世界の人たちに、わたしが直接干渉しても、そう大きな問題はないはず。

 実際、ルードビッヒとポーラの未来を変える……ゲームとは異なる未来を作り出すために、わたしは動いているのだから。

 そのために必要なことであれば、わたしは誰にどのように干渉することにも躊躇しないだろう。マルボレギアにわざわざ自分から突っかかり、倒したのだって、そういう前提のうえでやったことだしね。

 けれど、わたし本来の性格というか趣味というか……どうしても、傍観者でいたい、干渉を避けて、大好きな推したちを、そっと見守らせてもらいたい、という気持ちも強い。

 さらにいうと、魔法令嬢メルンちゃんのオリジナル魔法であろう『竜破撃』は、ゲームでは完成していたわけで。

 わたしがここで彼女に干渉しなくても、メルンちゃんは、いずれ自力で正解に辿り着くはずだ。

 むしろ、下手に外部からヒントなんか示してしまうと、メルンちゃんの自力成長の機会を奪うことにもなりかねない。

 ……というわけでっ。

 わたしも、先を急ぐ身。ここは、おとなしく去るしかない。

 とてもとてもとても、お名残惜しいのだけど……。

 わたしは、お二人に向かって、少し離れた場所から、膝をつき、しばし拝礼を捧げた。『竜破撃』の特訓という、ゲームでは絶対見られない貴重なシーンを拝見させていただいた感謝を込めて。ありがたやありがたやー。

 感謝の一拝を済ませると、そっと立ち上がり、わたしはお二人に背を向け、広場から駆け去った。

 これで永遠のお別れ、見納め、というわけじゃない。

 このアミアには、いつでも転移で戻ってこられるのだし、お二人がこの街に留まる限り、またお姿を拝する機会もあるでしょう。

 けれど今は、涙を飲んで、前へ進むべきだ。

 と、勝手に感慨に浸りつつ、その去り際――。

「ねえ、あそこにいた赤い子、食堂にもいましたわよね? いったいどこの子なのでしょう? ずいぶん変わった子みたいでしたけど」

「え? そんなのいたか? 全然気付かなかったぞ」

「なにやら、こそこそしてらしたので、ワタクシ、あえて気付かないフリをしてあげてたのですわ」

 などという会話が、かすかに耳を掠めたような気もするんですが。

 いや気のせい。気のせいですよ。

 まさかまさか、素でずっと、わたしのあれやこれやをメルンちゃんに見られてた、なんてことは……。

 メルンちゃんが、実はわたしより高い魔力を持つ超天才で、それゆえ『認識阻害』を無効化されていた可能性……なんて。

 ありえない、と思いたい。

 ないですよね? いやホントに。






 それから五日後。

 ガルベス領都アミアを去って、わたしはひたすら街道を南下し続けていた。

 昼間は屋敷で食べて寝て食べて寝て家族団欒。マークスも日々すくすく成長している。

 夜は『転移』で街道へ。

 メルンちゃんのことは、もうなるべく思い出したくない。

 思い出したら、死ぬほど恥ずかしいから。

 全部……そう、全部、見られてたわけですよ?

 五体投地も、土下座礼拝も、爆風でワンピースがスポーンと脱げそうになってたのも。おヘソどころか胸元まで、ガバッと丸出しで。

 それらわたしの奇行やら恥態やら、全て。

 ……最初から、見られてるとわかっていれば、他にやりようもあったものを。今更取り繕うこともできないでしょう。

 ならば、逃げる。逃げて、忘れるしかないじゃないですか……。

 それはそれとして、お二人が、わたしの大好きな推しキャラであることには変わりないですけどね。

 十年後にまたお会いしましょうっ。きっとその頃には、メルンちゃんも、わたしごとき小物など忘れておられるでしょう……。

 そうして、わたしは全力でガルベス領を駆け抜け、南隣のオウキャット子爵領へと飛び込んでいた。

 ここはまた、ガルベス領とはずいぶん雰囲気が違う。

 関所とは名ばかりの、錆が浮いてる無人の関門。左右の木柵は風化して、いまにも倒れそう。貴族領の境界線というには、貧相にもほどがある有様。

 境を越えれば、わがアルカポーネ領に似て、のんびりとした田舎に見えた。

 道路も石畳じゃなくなっている。とても鮮やかな赤土の道。

 ただ、ここいらの道は、土を踏み固めて舗装されているようで、見ためよりもしっかりしている。どんな技術なんだろう。前世でも、途上国の道路整備に、そういう技法が使われてるって話は聞いたことあったけど。

 街道の左右は、草ぼうぼうの平原。

 遠くに、雑木林らしきものが、点々と見えている。

 ただ、なんだろう、道路がしっかりしてる割に、平原は荒れてるというか。

 草深い荒れ地のなかに、かつては人の手が入ってた場所……田畑や果樹園だったような痕跡も、随所に見られる。

 以前は、この付近の土地にもそこそこ人が住んでいたのだろう。

 いまや完全に放棄された土地のようだ。付近に、人の気配もない。

 いったいどんな事情があって、そんなことになったのだろう?

 ……という疑問を抱きながら、赤土の街道を駆けること小一時間ほど。

 行手の地形が隆起して、なだらかな坂道になっていた。

 その坂の上に、小さな集落らしきものが見えている。

 夜中なので、灯火のたぐいはない。住民たちは、もうみんな寝てるんだろうか。

 常時発動中の『暗視』の効果で、わたしの視界にはハッキリと集落が捕捉できてるけど、そうでなければ、ただの真っ暗闇としか見えなかっただろう。

 坂を駆け上がり、集落へと接近するにつれ――。

 異臭が漂い始めた。

 わたしのお鼻が、ヒクヒクする。

 異臭っていうか、明確な腐敗臭。それも、お肉とかお魚とか、ナマモノ系のやつ。

 それが風に運ばれ、まだ離れた場所にいるわたしのお鼻にまで届いてきてる。

 ……思い出した。

 あそこ、ゲーム「ロマ星」にも登場する「死霊集落」という場所だ。

 肉体が腐り果てたゾンビが、大量に出没するという、ゲーム内でも屈指の、ホラーなイベントの発生地である……。





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