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#045


 わたしは、すぐ間近で見ていた。

 その魔法が発動する瞬間を。

 魔法令嬢メルンちゃんの右手からほとばしる巨大な魔力が、特殊な詠唱によって凝集、圧縮され、まっすぐ前方へと解放される。

 たちまちグラウンド中央に炸裂する白い閃光。

 耳を聾する爆音とともに、四方に爆風が吹き荒れる。

 わたしの小さな身体は、至近距離から、もろに爆風を食らい、吹っ飛ばされかけた。なんという威力でしょう。『身体強化』を掛けてなかったら、たぶん普通にすっ飛んでたと思う。

 猛烈な風圧で、短いワンピースのおヘソどころか胸元まで、ぶわささぁっ! と、盛大にまくれあがってしまった。ちょ、これ、めくれすぎィ! もう脱げちゃいそうー! あーれー!

 必死に服をおさえ込みつつ、かろうじて前へ顔を向けると、お二人の、微動だにしていない背中が見えた。

 メルンちゃんだけなら、自分の魔法で吹っ飛ばされてしまったかもしれない。けれどその両肩を、うしろから聖剣士レノくんが、しっかと支えて、爆風の衝撃を持ちこたえている。

 なんという尊いお姿……と見惚れてる場合じゃない。ちょうど、わたしの背後には楡の巨木がそびえていて、このまま吹っ飛ばされると、その幹に叩き付けられかねない。

『浮遊』

 わたしは急いで魔法を発動させた。

 実は……この魔法の肝は、重力操作にある。宙に浮くだけではなく、術式を反転させることで対象の重量を増加させて「沈む」ことも可能。『応用魔術大全』を読まなければ、一生知らなかったであろう応用方法だ。ほんと、この世界の魔法は、奥が深い。

 反転術式で垂直方向へと「沈む」ことにより、わたしは一気に「重く」なる。地面にぐぐッと足を踏ん張り、かろうじて、その場に留まることができた。

 いま、わたしの体重、たぶん数百キロはある。このまま体重計に乗ったら壊れちゃうだろうな。

 やがて爆風がおさまると、わたしは『浮遊』の効果を切り、再び、もとの身軽さを取り戻した。

 お二人の様子は、と見ると――。

「失敗だなー」

「先ほどより、少しはマシになったのですけど……まだまだですわね」

 嘆息を交わすお二人。

 グラウンドの中央には、さっきも見た、黒い炎のような魔力塊が、ぐらぐらと揺らめいていた。







 ゲームでは、「三角帽子の魔法令嬢」の得意魔法『竜破撃』について、詳細は語られない。

 実際にそれを使用するシーンすら、ゲームでは描かれなかった。

 ただし威力については、わたしやルナちゃんが使用できる最大威力の攻撃魔法『獄炎』と同等であり、しかも無属性……つまり相手を選ばず、何でも誰にでも、最大限の威力を発揮する、という説明を、モブ顔の支部長から聞かされるシーンがあった。

 その『獄炎』は、ゲーム内での解説によれば、戦術核に匹敵する破壊力だという。戦術核といっても、どの程度のものやらイメージしずらいけど、実は一発で小都市ぐらい壊滅させるだけの破壊力になる。

 そんな凶悪魔法の直撃を食らって無傷だったマルボレギアは、まさに化け物としか言いようがない。回復魔法であっさり溶けたのは僥倖だった。

 それはともかく、いまメルンちゃんが放った『竜破撃』は、まだまだ『獄炎』ほどの威力には達してない。本人も言うように、完成の域にはあと一歩、足りていないようだ。

 わたしは、その未完成品を目の当たりにして、もう正解に辿り着いていた。

 今更のようだけど、この世界における「魔法」というのは、当人の保有魔力を詠唱もしくは思念によって引き出し、望む効果を得る、という一連の手続き。

 必要な詠唱や思念は、求める効果に応じて変わってくる。それらの総称を、術式という。

 より高い効率や威力を追い求めるならば、術式に、様々な工夫をこらさなければいけない。具体的には、詠唱の文言を足したり削ったり改変したりする。

 よくある手法では、同じ文言を繰り返したり、もっと効率よさげなワードに入れ替えたりする。

 そうして、より理想的な術式を練り上げ、構築しようと追求してきた先人らの努力が、応用魔術という成果を生んだ。

 さて。

 あのグラウンド中央に揺らめいているのは、メルンちゃん自身が放った魔力の残滓。

 術式によって消費しきれなかった魔力が、ああいう形で爆心点に居残ってしまったものだ。

 原因は二つ。ひとつは、メルンちゃんの放つ魔力量が、半端なく濃密なこと。あんな大きくて濃い魔力を、一度に放射するなんて、わたしにはできない芸当だ。凄い才能だと思う。

 いまひとつは、術式の効率が悪い。

 メルンちゃんの特濃魔力を、効率的に消費しきれていない。それで威力は中途半端だし、あんな風に、消費できなかった魔力が残留してしまう。

 不完全燃焼、という表現が一番近いだろうか。

 おそらくメルンちゃん自身も、それらの失敗原因は理解しているはず。

 けれど、何をどうすれば、それらを解消できるのか、わからなくて行き詰まってる。それがメルンちゃんが置かれてる現状なのだろうな。

 ……あのドラゴンへの誹謗中傷にしか聞こえない詠唱。ぶっちゃけあれが諸悪の根源であり、ちょいちょいと文言をイジるだけで、消費効率は一気にハネ上がる。

 わたしはその具体的なやりかたを、もう既に頭の中で構築し終わっている……。

 これ、メルンちゃんに、教えてあげたい。

 でも、わたしはあくまで傍観者。ゲームの人たちに無闇に干渉してよいものかどうか。

 悩ましい。

 わたしは、どうすべきだろう?





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