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#044


 その広場は、アミア庁舎に隣接する緑地帯の中央付近にある、土のグラウンドだった。

 広さは、よくわからないけど、野球でもサッカーでもカバディでも、なんでもできそうなぐらいには広い。

 で、そのグラウンドのど真ん中に、いま、謎の黒い炎が、ごおごおと燃え上がっている。

 あれが厳密な意味での「火」なのかどうかは……たぶん違う。

 あれは、一般人の目にもハッキリ見えるほど、めっちゃくちゃ高純度な魔力の塊。それが揺らめきながら大気中にエネルギーを放射している状態。

 それで、黒い炎のように見えるけど、本物の火ではない、とわたしは推測した。煙も上がってないしね。

「あちゃー。また失敗だな」

「あと、もう少しなのですけど。まだ……足りないようですわ」

 かの「三角帽子の魔法令嬢の十歳くらいの姿、ただし帽子はかぶってない」と「光輝の聖剣士の十歳くらいの姿、聖剣抜き」のお二人が、グラウンドの隅に仲良く並んで、黒い炎を眺めていた。

 そのお二人の姿が今わたしの視界にあるというだけでも、有り難くて、もったいなくて、またつい五体投地しそうになった。

 けれどここは、ぐぐっとこらえて。

 こそこそっと、お二人の立つ脇のほうへ歩み寄り、膝をついて拝みつつ、会話を聞かせていただくことにした。

「それで、手ごたえはあったのか?」

「ええ。理論的には、ほぼ完成に近いですわ。ただ肝心の威力が……魔力の圧縮と放射のタイミングが合わないのが原因ですわね」

「ほー。うん、全然わからん」

「相変わらず頭がクラゲですわね、あなた……」

 小さくため息をつく魔法令嬢ちゃん。そんなお姿も、とてもお可愛らしい。

「ほんの少し、術式を練り直す必要がありますわ。あともう一歩、というところですわよ」

「じゃあ、これでも、前進はしてるってことか。なんだっけ……ドラブンレイク? の完成まで」

「ドラゴンブレイクっ! ドラブンレイクって、どこの湖なのですわ!」

 見事なボケツッコミを展開するお二人。これが夫婦漫才というものでしょうか? なんという尊い会話でありましょう……ありがたや、ありがたやー。

 ……と感動ばかりしている場合じゃない。

 つまりこれ、ゲームで「魔法令嬢」の最強魔法といわれた『竜破撃』を、いままさに完成させようとしている真っ最中ってことじゃないですか。やー、特訓って、そういうことだったんですねぇ。

 もしかして、わたし、いま、凄い現場に居合わせてるのでは?

 魔法令嬢ちゃんが、パキン! と指を鳴らすと、グランウンド中央に揺らめいていた黒い炎は、闇に溶けるように消え去った。

「さて、それじゃ、もう一発いきますわよ。レノ、支えてくださいまし」

「おう、任せとけ」

 聖剣士くんが、魔法令嬢ちゃんの背後に立ち、その両肩へ、ふわりと手を置いた。

 おお……何が始まるのでしょう?

 ていうか……レノ?

 それが聖剣士くんのお名前なんでしょうか。

「でもよ、メルン、大丈夫なのか? 魔力は」

「ふふん。ワタクシの魔力量、甘く見ないでもらいたいですわね! まだ二、三発は撃てますわよ!」

「そうか。でも、あんまり無茶はするなよ」

 メルン。

 それが、魔法令嬢ちゃんの、お名前?

 レノと、メルン?

 お……おお。

 ふぉおおおおおおおおおおおおお!







 ゲームでは最後まで謎のまま。DLC、ファンブックやオーディオドラマ、各種設定資料、その他あらゆる「ロマ星」関連メディアにおいて、とうとう一切触れられることがなかった「三角帽子の魔法令嬢」と「光輝の聖剣士」のっ!

 お名前がっ!

 ついについに!

 判明ッ!

 これが興奮せずにおられましょうかッ!

 本名かどうかはまだ確定してないけど、少なくとも、お二人は、お互いをそう呼んでおられる。

 世間のどんなディープな「ロマ星」ファンであろうとも知りえない、なんならひょっとしたら開発者の方々さえ知らなかったかもしれない、そんな謎のヴェールに包まれていた、かのお二人の呼称を、ここで直接、聞き知ることができた。

 それだけでも、この世界に転生してきた甲斐があったというものです。

 まさに「ロマ星」ファンの本懐というものじゃありませんかっ!

 ああああ、ありがたや、ありがたや……。

「二発目、始めますわよ」

「おう」

 お二人の短いやりとりが、夢幻の境を彷徨いかけていたわたしの意識を、グイッと現世へ引き戻した。

 いや、危ない危ない。感動のあまり、決定的瞬間を見逃すところだった。

 感動して伏し拝むのは、後でもいい。

 今は、お二人の……ことに「メルン」ちゃんの魔法を、この目にしっかと刻みつけねば。

 両肩を「レノ」くんに支えられた状態で、「メルン」ちゃんは、スッ……と右手を前に差し向けた。

「メルン」ちゃんの口から、歌うような美声が流れ出てくる。これは詠唱……それも、現代では用いられていない、特殊な言語による呪文。

 わたしの記憶が正しければ、これは古代に絶滅した「森の民」が用いていたとされる「ハイエンシェント・ルーン」といわれる古代魔法言語だ。

 美少女の声高らかに、おごそかに響く、一般人には解読不能な美しい詠唱。

 でもわたしは、この言語を知っているし、解読もできる。

 内容は。



 もしもし竜よ

 竜さんよ

 世界のうちでおまえほど

 顔が醜いものはない

 どうしてそんなに不細工なのか



 竜への誹謗中傷にもほどがある……。いや、本当にこういう内容なんですってば。

 厳密にいえば、こういう内容を、ふた回りくらい複雑に、もったいぶった言い回しにして、修飾たっぷりに、いかにも厳粛っぽい語感に仕立ててある、ハッタリの効いた罵詈雑言とでもいうべき代物。

 内心、ちょっと引きながら眺めてると、やがて詠唱が完成した。

「メルン」ちゃんの右掌に、体内から溢れ出た魔力が、ギュゥゥゥン! と凝縮してゆく。

 そして――。

『ドラゴン・ブレイク!』

 膨大な魔力が、いま、大気中へと解き放たれる――。





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