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#043


 ここガルベス子爵領は内陸で、海には面していない。

 にも関わらず秋刀魚のような海産物が流通しているのは、ガルベスの西隣、シュイジー伯爵領との交易によるものだろう。

 シュイジー伯爵領は王国西部の海岸沿いにあって、大規模な漁港と貿易港を整備している。

 そこで水揚げされた海産物の一部が、おそらく、魔法で冷凍された状態でガルベス領へ輸送されてくるのだと推測できる。

 一方、わがアルカポーネ子爵家は、残念ながらシュイジー伯爵家とは境も接していないし、交流もない。

 わが家の場合、ミーレス商会の仲介により、内陸部の大貴族、ランスジータ伯爵家と鉱石や建築資材、岩塩などの取引きをしており、政治的にもそちらの派閥に属している。

 おまけに、ランスジータ家とシュイジー家は、ぶっちゃけあまり仲がよろしくないので、ますますわが家はシュイジー伯爵家とは縁がない。

 そんな事情から、わたしはお家にいる限り、お魚を食べられない、という悲しい状況に置かれているのである……。

 ホント、派閥争いとか、馬鹿馬鹿しい限りだと思う。仲良くしましょうよ皆さん。

 そう、こちらの、お二人のように……!

 テーブルを挟んで向き合う、少年少女……「まだ三角帽子をかぶってない十歳ぐらいの魔法令嬢らしき美少女」と「短髪爽やかな十歳ぐらいの光輝の聖剣士と思われる美少年」の超お似合いコンビ。

 二人は、食事を終えて、仲むつまじく、笑みを交わしあっている。

 ああー、なんて尊い。美しい。おかわいらしい。

 そりゃ、こんな素晴らしいシチュエーションを目の当たりにしちゃったら、もう誰だって思わず五体投地しちゃいますよね? ええ、わたしはしますよ。迷いなく。

 ありがたや、ありがたやー。

「んー、そろそろ寝る?」

「まだですわ。今夜も特訓、やりますわよ」

「ええー、オレもう眠いよ」

「だーめ、ですわ。だいぶ手ごたえは掴めてきたのですわ。あともうちょっとですのよ」

「マジかー……しょうがねえなあ」

 二人は同時に席を立った。おお? どこかに移動ですかっ! これは是非とも、ついていかねば!

 わたしは、がばっと顔を上げ、なお四つ這いの姿勢のまま、お二人の様子を見ていた。

 まず令嬢のほうが先に立ち、ずんずんと店の出口へ歩いてゆく。聖剣士くんが「おい待て、会計……」と、後を追う。

「ツケといてやるよ。明日まとめて払いに来い」

 例のダンディーでスキンヘッドな渋いおじさまが、カウンターの向こうから二人に声をかけた。

「ありがとう、支部長さん!」

 と、聖剣士くんは元気に礼を述べつつ、先に出口の向こうへ去った令嬢を追いかけ、お店を出て行った。

 ……支部長?

 え、あの渋いハゲ……いえスキンヘッドのおじさん、支部長なの?

 ここは冒険者組合直営のお店なわけだから、そこで支部長と呼ばれる人ってことは、つまりこのアミア冒険者組合で一番偉い人ってことよね?

 ええと、たしか。

 ああ、そうだ。ゲームの「ロマ星」にも、アミア冒険者組合の支部長というのは登場している。でも、外見は汎用グラフィックの使いまわし……目鼻も描かれてない、いわゆるモブ顔になっていた。髪はふさふさだった。

 なるほど、と思った。

 この世界、ゲームに酷似してはいても、ゲームじゃない。

 大体、わたしシャレア・アルカポーネ自身にしてからが、ゲームでは「女生徒B」という汎用グラフィックの使いまわしだった。当然、シャレアと同じモブ顔の女生徒が、学園には大勢いたのだ。

 もちろん、いまのわたしはモブ顔ではない。ならばゲームで「モブ顔」だった人たちも、この世界では、きちんとしたオリジナルの容姿を持っているはず。

 モブ顔支部長が、実は、頭部が眩しいダンディーおじさんだったとしても、なんら不思議なことではなかった。

 こんな当たり前のことを、今まで考えもしなかったとは。我ながら、まだまだ認識が浅かった。

 いまわたしが生きているこの世界は、ゲームじゃなくて、紛れなき現実だということを、わたしは、決して忘れてはいけない。

 この世界にいるのは、みんな、作り物のキャラクターではなく、生きている人間。

 だからこそ。

 ――推したい。

 という気持ちが、わたしの中に、いま、より一層、強まってきた。

 わたしが大好きだった、あの人たちを。いま現実に生きている、あの人たちを。

 見たい。会いたい。推したい。

 そしてそして、あれやこれやのシチュエーションを、こっそり傍観させていただいて!

 尊みを! 摂取させていただきたいッ!

 わたしは、ぱっと、その場から立ち上がると――。

 いそいそと、お店の外へ走り出て、先ほどのお二人の行方を追った。






 さっき聞いてた話だと、これから、なにかの特訓をするのだと、魔法令嬢ちゃんは言っていた。

 特訓? いったい何を特訓するというのでしょう。そんなの絶対見たいじゃないですか。興味深々ですよ。

 それに、まだお二人のお名前も、うかがってませんしねー。

 わたしは、夜道のど真ん中に立ち、ふんすと鼻息荒く、腕を組んで、周囲の状況を探った。

 ほどなく、常時発動中の『気配察知』が、あのお二人らしき気配を知らせてくる。

 ……さっき、わたしが通り抜けてきた方角の、緑地?

 その緑地の広場の片隅に、お二人一緒に居るみたい。

 わたしは、ぱたたたっ、と石畳を駆け、大通りを引き返して、緑地広場へと急いだ。

 あと少しで到着、というところで。

 突然。

 行手に、ぐぼうんっ、と、鈍い爆発音が響いた。

 続いて、猛烈な爆風が、ぶふぉおおー! と、広場の外にいるわたしのところまで吹きつけてきた。

 あまりの強風に、周囲の樹木が一斉にしなり、わたしのスカートもおヘソまでまくれ上がり、土砂や葉っぱや枯れ枝などが巻き上がって飛んできた。

 な、何事っ? あと、やっぱりわたし、スカートの裾が短すぎる!

 誰にも見られてないからいいけど、ちょっと、どうにかしないと、このままじゃ色々駄目だと思う!

 やがて、風はおさまって……。

 わたしは、おそるおそる、広場に踏み込んでみた。

 広場の端には、例の、小さいお二人が佇んでいる。

 そして広場のど真ん中には。

 キャンプファイヤーのごとく、燃え上がる炎の塊。

 ただその炎は、普通のものではなかった。

 真っ黒い――まるで墨のような色をした、不気味な黒い炎が、そこに轟々と燃えていた。

 なにかの魔法によるものなのは間違いないけど、わたしは、こんな魔法、知らない。

 もしやこれが……噂の、竜破撃?





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