冒険者専用食堂兼酒場「メリエント食堂」は、冒険者組合アミア支部が運営する施設。
ゲーム内の説明では、たしか……年々、盗賊の害が増えてくるにつれ、この街には多くの冒険者が集まるようになった。盗賊に対抗するための戦力……一種の傭兵として活躍している冒険者が多いのだとか。
こういう事情も、わがアルカポーネ領とは明確に違う。リュカの組合支部も、かなり規模は大きいんだけど、ほぼモンスター退治がお仕事で、対人戦闘みたいな状況は、まず起こらないそうだから。
地域差というか土地柄というか。同じ王国の僻地でありながら、境をまたぐだけで、こうも違いがあるものかな。
そのへんは、今は置いとくとして。
広い店内、雑然たる酒場の喧騒、その片隅のテーブルに向かい合う、小さな二人組。
わたしは、急いでそのテーブルに駆け寄った。それはもう光の速さで。
同時に『浮遊』魔法を詠唱。二人の目線とだいたい同じ高さで宙に浮き続けるよう制御し、テーブルの脇からガッツリ傍観できる態勢に。『浮遊』の維持による消費魔力は膨大だけど、気にしない。
いやむしろ、わたしの魔力は、まさに、こういうときのためにある。たとえ魔力切れを起こしてぶっ倒れても悔いはなし!
さあさあ、傍観させていただきましょう!
かたや、栗髪黒眼、口調だけはお嬢様風な、十歳ぐらいの美少女。
挙措や態度は、ちょっと素朴というか、お行儀よろしくはないっていうか……。あまり、ご令嬢な感じではない。
かたや、金髪碧眼、短めに刈り上げた頭髪も爽やかな、スポーティーな雰囲気漂う美少年。これも十歳くらい。
美少女のほうは、「三角帽子の魔法令嬢」がそのまんま幼くなったような容姿。トレードマークの三角帽子はかぶってないけど、顔立ちや雰囲気は、まったく同じだ。特徴的なお嬢様口調も同じ。
美少年については、声や雰囲気は大分違うのだけど、顔つきはやっぱり「光輝の聖剣士」の面影を強く持っている。たぶん、声変わり前なのかな。ちょっとハスキーな、かわいらしい声になっちゃってる。
やっぱりこの二人は、「ロマ星」に登場する、あの冒険者コンビと見て間違いない。年齢的にもだいたい一致する。二人とも、本当に、お可愛らしい……!
さきほどまで二人は、骨付き肉を奪い合って、テーブルを挟んでガッチャンガッチャン騒いでいたけれど、周囲の大人の冒険者の方々は、微笑ましいものでも見るように、穏やかに眺めてるだけだった。
なぜ十歳くらいにしか見えないこの二人組が、こんな夜中、冒険者組合の専用設備で食事などしているのか。それを周囲もまったく当然のように受け入れているのは、どんな事情によるものか。
もしや、この年齢と外見で、二人とも、もう冒険者をやってるとか?
可能性がないわけじゃない。冒険者組合の規則に、年齢制限みたいなものはなかったはずだから。
疑問も興味も尽きないけど、今はとにかく、ひたすらこっそり傍観させていただきたい。
結局、骨付き肉争奪戦は、聖剣士くんが折れる形で、魔法令嬢ちゃんの勝利となった。
そこへ、スキンヘッドにエプロン姿という、やけに渋い顔のおじさんが、新たなお皿を運んできた。ウェイターというには貫禄がありすぎる。店主さんだろうか。
「ほれ、これで注文分は全部だな?」
「ありごとう存じますわ」
魔法令嬢ちゃんが、にこにこ笑顔で応えると、渋いおじさんは「さっさと食って早く寝ろ」と無愛想に告げて、立ち去っていった。し、渋い……! スキンヘッドのせいで無駄にいかつい印象だけど、声にも態度にも滲み出るダンディズム。ちゃんとした大人って、ああいう人だよねーって思える。
二人と、おじさんとの関係性も気になる。どんな間柄なんだろう?
そして、運ばれてきたお料理は。
この香ばしい匂い!
これってば、焼いた、秋刀魚っ?
もしくは、それに酷似した焼き魚……かな?
でも見た目も香りも、秋刀魚にしか見えない。
「あれ、焼き魚? そんなの注文したっけ?」
「ワタクシが注文したのですわ。ああ、あなたはお魚、苦手でしたっけ」
「魚はさ、骨がね……」
「いつまで経っても、お子ちゃまですわねえ。ほら、こうするんですわ」
スプーンを巧みに使って、秋刀魚っぽい焼き魚を、するすると解体してゆく魔法令嬢ちゃん。
「へえ、うまいもんだな」
素直に感嘆の声をあげる聖剣士くん。
「家にいた頃は、いまくらいの季節って、毎日こればっかり食べてましたもの。嫌でも上手くなりますわ」
見る間に、魔法令嬢ちゃんのスプーン捌きで、焼いた秋刀魚は、すっかり身と骨と頭にキレイに分離された。
前世のわたしも、お箸でなら、これくらいできたんだけど、スプーン一本で、こんな綺麗にできちゃうのは凄い。器用だ。たぶん、わたしじゃ真似できない。
あと、毎日秋刀魚食べてる令嬢って、なんだろう。どんなご実家なの……。
「さっ、食べてごらんなさい。大丈夫、骨はありませんわよ」
と、魔法令嬢ちゃんは、分離させた魚の身の半分を、スプーンで聖剣士くんの空皿に移してあげた。
「お、おう」
聖剣士くんは、フォークで魚の身を刺し、意を決したように、口へ運んだ。
たちまち、ぱぁっ、と目を見開く聖剣士くん。
「……おお? うまい!」
「でしょう? ワタクシの故郷の味でしてよ。お肉をもらった代わりですわ」
得意げな笑顔の魔法令嬢ちゃん。
なんて……なんて、かわいい笑顔をするの、この子は!
「うん、いける、これ。焼き魚って、こんなうまいもんだったんだな!」
聖剣士くんも、これまた可愛らしい満足顔。
互いに笑みを交わす二人。
仲直り……いや、もっと仲は深まり、絆も、さらに強くなったに違いない。
この状況、シチュエーション。
このやりとり。
二人の笑顔。
そのすべてがっ!
すべてが、かわいい! 尊い!
めっちゃ推せる!
尊すぎて死ぬ!
眼前に展開される光景、そのあまりの尊みとありがたみに、わたしは――。
静かに『浮遊』魔法の効果を切り、着地。
そこから、ごく自然に。
そうするのが、当然であるかのように。
その場の床に、泣きながら五体投地していた。