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#041


 塀の向こうに、アミア政庁の庁舎がそびえている。

 あれも石造りで、リュカの領館とは比べ物にならないぐらい、でっかくて立派な建物だ。

 それを横目に見ながら、わたしは足取り軽やかに、塀沿いの道路を駆けていた。

 この道路の脇は緑地公園になっていて、芝生が敷かれ、樺や樫、イチョウの木などが植えられている。それら木々の間を散策できる遊歩道もある。

 すごいなぁ。整備や維持には、相当なおカネが掛かってそうだけど、それ以上に感心したのは、この街って、都市計画の専門家……都市デザイナーみたいな人が雇われて、仕事してるんだろうな。本当に何から何まで、きっちり作りこまれている。

 わがアルカポーネ領に籠もっていたら、たぶん見られない情景だ。これだけでも、ここまで「おでかけ」してきた甲斐があるってもんです。

 やがて、行手の暗闇に、ぽつぽつと灯りが浮かんでる様子が見えてきた。あのへんが繁華街かな。

 アミアの街に入ってから、ここまで、ほとんど通行人の姿を見ていない。いたのは門の守衛さんたちくらいだ。

 リュカでさえ、このくらいの時間なら、まだ酒場帰りのおじさんくらいは見かけたものだけど。

 ……と思っていたら、向こうから、三人、横に連なって歩いてくるのと行きあった。

「いやな、俺ぁホントに見たんだって。つい昨日のことだよ」

「まだ言うかよ。そんな奇跡みたいなこと、あるわけが」

「あるんだって! いきなり、びゅううっ、て竜巻が吹いてよ。盗賊どもが、まとめて、すっ飛んでいっちまったんだ。俺ぁもう、ただただビックリして、腰抜かしちまってよ」

「そんで、馬車も荷物も無事だったって? そんなことがあるもんかね」

「いやな、さっき、ヒックスやダンツにも聞いたんだけどよ、最近、あっちこっちで、同じようなことが起こってるらしい。襲ってきた盗賊どもが、いきなり竜巻で吹っ飛ばされて、消えちまうんだと」

「どういうこった。街道の平和を守る正義の味方でも現れたってのか? こんなくっそ田舎に?」

 ……風体からして、あの人たち、商人のたぐいだな。

 三人とも、ひどく酔っ払ってる。まさに酒場帰りのおじさんたち。

 それで、話してる内容は……。

 突然巻き起こった竜巻。それは『旋風』という範囲攻撃魔法によるもの。

 それで盗賊があちこちで吹っ飛ばされてるとか。

 いったい誰でしょうね、そんな酷いことをしたのは。

 ……うん、わたし、ただ通行の妨げになる障害物を、都度、排除してただけですし?

 姿は見られてないはずだからセーフ……ですよね? たぶん。






 酔っ払い三人組のうち、二人の顔には見覚えがある。ひとりは何日か前に、もうひとりはつい昨日、盗賊に襲われてた馬車に乗ってた。

 本当に盗賊が横行してるな、このへんの街道って。

 ここからそう遠くない場所に、盗賊団の拠点があるものと推測できる。

 ……っていうかゲームだと、このアミアから馬車で三日ぐらいの距離の山麓に、盗賊連合みたいな大規模な反社会的集団が、複数の要塞を築いていた。

 いま現在、既にそういうものがあるのかどうかは、わからない。行って確かめるつもりもない。それは将来、ルナちゃんがやるべきことだよね。

 わたしとしては、観光がてら、見たいものを見てしまえば、あとは素通りするだけ。目的地はまだまだ遥か先だから。

 三人組の横をすり抜け、さらに通りを駆け続けて、市街の南側へさしかかる。

 政庁の外塀に沿って、道なりに進めば、右手に政庁の南門、左手には繁華街のある大通りが伸びていた。

 南門の手前から大通りへ入る。ここは、他と違って、石畳に色が付いている。赤茶の、煉瓦色……というのかな? それに近い。

 煉瓦そのものじゃなくて、石畳をそういうふうに着色してるっぽい。おかげで、北側の大通りとはだいぶ印象が変わって、ぱっと見、華やかな雰囲気になっていた。

 田舎街らしからぬ、華美で洗練された街並み。こういうのって、やっぱり領主の趣味なんだろうか。うちの父とは、あまり気が合わなそうだなー……ガルベスとアルカポーネ、この両家に付き合いがないのも、案外、こういうところに原因があるのかもしれない。

 そんな華やかな煉瓦色の道を踏みしめ、大通りのど真ん中を、ずんずん歩いてゆく。まさに、ここいらが街のメインストリートなんだろうな。左右には、営業中らしきお店の明かりが、けっこうな数、連なっている。昼間には屋台市も立ってるはずだけど、さすがに今は、屋台は全部畳まれてるみたい。

 通行人の数も意外に多い。酔っ払ったおじさんたちだけじゃなく、若い男女のカップルが、いい雰囲気で歩いてたり。

 で、ゲームだと、だいたいあのへん……通りの右側、白い壁の建物の一階、緑色の庇と、特徴的な色付きガラスの小窓がある店舗。銅の看板もあるはず……おお、あった。

『メリエント食堂』

 ついでに『営業中』の札も掛かってる。ドアは開け放たれていた。

 ここは、ゲームにも登場する、いわゆる冒険者専用設備。リュカにも酒場はあったけど、メリエントは、地元の冒険者組合に所属する組合員専用の食堂兼居酒屋なのである。上の階は、これまた冒険者専用の宿屋になっている。

 このメリエントから見て、大通りを挟んだはす向かいに、黒い神殿みたいな建造物が、ででんとそびえている。それが冒険者組合アミア支部だ。おおう、ゲームで見たのとまったく同じ建物。なんだか感動してしまう。

 まずは、情報収集といきたいところ。メリエントのほうから先に入っちゃおうかな。

 開け放たれたドアの向こうからは、賑やかな歓談の声が響いてきている。

 わたしは、意を決してドアをくぐり、中へ足を踏み入れた――。

「ああっ、それ、ワタクシのですわよ! 返しなさい!」

「ちっげーよ、オレが注文したんだって! オマエこそ、その肉返せよぉ!」

「うるさいですわね! ちょっと味見するだけですわ!」

 店内のテーブル席で、骨付き肉を奪い合ってる、子供の二人組がいた。

 あの子たち、どっかで見た気がする……声も聞き覚えが……。

 さながら、ゲームに出てきた「三角帽子の魔法令嬢」と「光輝の聖剣士」の二人を、そのまんま子供にしたみたいな容姿で……。

 ……え?

 いや、まさかね? そんなこと、あるわけが……あるの?





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