本格的にガルベス子爵領へと足を踏み入れてから、一週間になる。
初日早々、助けた女の子に、わたしの姿を目撃されてしまうというアクシデントはあったけれど、いつまで気にしてても仕方ない。そう切り替えて、わたしは本来の目的……「聖地」ルリマスを経由し、王国南部、ペスカレ地方にある中級ダンジョンへの到達を目指し、日々驀進した。
毎夜「おでかけ」して、とにかく街道沿いに南下を続け、疲れたら『転移』で帰って寝る。また夜になったら、中断地点へ『転移』してマラソン再開。
毎日その繰り返し。
そうしてゼレキナの森を駆け抜け、二箇所の関所を通り抜け、道中、街道を塞いで悪事にいそしむ盗賊たちを、面倒とばかり風魔法で吹き飛ばすこと四度に及んだ。
……って、ちょっと盗賊多すぎじゃない? どうなってんの、ここの領治は。うちのアルカポーネ子爵領じゃ、盗賊なんて、噂すら聞いたことなかったのにね。
逆に、こっちの領内に入ってから、モンスターのたぐいを全然見かけない。土地柄というやつだろうか。
現在地は、ガルベス子爵領の領都、アミアの少し手前ぐらいの街道上。もちろん夜中である。
ここいらの地形は、ゲームにも登場するはずなんだけど……けっこう、違うなあ。
ゲームでは、このあたりの街道の左右に、領軍……領主に直接雇用された私兵集団……の駐屯所や野外訓練場などがあり、昼夜問わず厳重な警戒態勢が敷かれていた。臨時の関所もあり、馬車や徒歩での出入りにも、厳しいチェックと手続きがあった。
いま街道の左右に広がっているのは、麦畑。それも収穫はとうに終わって、何もない。
ゲーム内で、ルナちゃんが初めてガルベス子爵領を訪れたときは、領内の盗賊の勢力が強くなりすぎて、領軍でも抑えがきかなくなっていた。領主のキシール氏は、領都近辺の守備に全力を注がざるをえず、やむなく地元の冒険者組合に協力を要請した……というストーリーになっている。
ただ、ゲームのそのへんのお話は、いまから十年以上も後のこと。
とすれば、現時点ではまだ、それほど盗賊の害は深刻化してなくて、領軍の施設なども築かれてないってことかな。
領都アミアの街壁と正門は、もう視界に入ってきている。
アミアは、ゲームではルナちゃんの移動範囲の最北端付近という、まさに僻地の都市だった。それでも、街の規模はそこそこ大きくて、商店も多くて、道中の宿場町よりは賑わっていた。
あそこには、現領主のキシール氏と、その家族が住んでいるはずだ。
あと、アミアには冒険者組合の支部もある。ゲームでは「三角帽子の魔法令嬢」という異名で知られる女魔法使いが所属していて、常に相棒の「光輝の聖剣士」と行動をともにしていた。この二人がまた、背も胸もちんまい傲慢お嬢様な美少女魔術師と、長身鈍感イケメン剣士っていう、もう見た目も性格も大変尊い組み合わせ。
この二人組、ルナちゃん一味と直接話したり絡んだりするシーンはなく、ストーリー本編にもほぼ関わらないチョイ役でありながら、地味に人気があり、彼らを主役とする二次創作もちらほら作られていた。かくいうわたしもファンでした。「光輝の聖剣士」役の声優さんの直筆サイン色紙持ってたぐらいには。
もしかして、あの二人って、いま、アミアの冒険者組合にいるんだろうか?
……と一瞬思ったけど、あの二人が活躍するのも、十年後が舞台の、ゲーム内でのこと。
今の時点では、仮に実在の人物としても、二人ともまだ子供のはず。冒険者なんて、やってるわけないよね。
アミアの街門は閉ざされていた。
門扉は、でっかい鉄の両開き。左右の外壁は、高さ二十メートルはありそうな、それはもう立派な石造り。
うちの領都とは、えらい差だ。なにせわがリュカの外壁は木の塀で、放火されて、ぼーぼー燃えてたし……。
門前に人の気配はない。壁の向こうには高い木製の櫓があって、たぶんそこから門外を監視してるんだろう。
もちろん『認識阻害』を持つわたしなら、門に近寄っても、誰かに気付かれることもない。
……『鑑定』とか使われない限りはね。
いえ先日の件は猛省しておりましてー、いまは『鑑定』対策として、『認識阻害』を改良しようと、術式をあれこれいじくったり、試行錯誤の真っ只中。
いずれは誰にも見破られない、より強力な術式を構築したいと思ってるけど、なかなか思い通りには仕上がらない。この世界の魔法、ホントに奥が深い……。
でも研究に没頭してばかりもいられない。なんといっても、聖地巡りの旅の途中だしね。
『浮遊』
門前で、呪文を詠唱し、わたしはフワリと宙へ浮いた。
例の方法で、ここの壁を越えてしまおう、という算段。
ゆっくり上昇を続け、壁の高さを超えて、高度四十メートルほどで静止。
おお。
街の全景が、よく見える。
夜中だし、当然ほぼ真っ暗なのだけど、『暗視』『身体強化』の恩恵で強化された視力で、割と細かいところまで、ハッキリクッキリ、俯瞰できている。
この景色は。
ゲームでも見たおぼえがある。
そうだ。ここはアミアの街。ゲームに表示されていたアミアの街の全景マップと、ほとんど一致している。
……ここだって「ロマ星」の聖地のひとつというも過言じゃない。
いっそ、街丸ごとスルーして、さっさと先に進んでしまうのも、ひとつの手ではあるけれど。
ここでそんな選択を取るようでは「ロマ星」ファンの名折れ。
見物しないわけには、いかないでしょう。
そんなわけでっ、聖地アミア巡礼、いってみましょう!