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#036


 ゼレキナの森の街道を少し進むと、やがて、いかにも堅牢そうな鉄門と石壁に行き当たった。

 高さ十メートル以上の石壁が街道を塞ぎ、前進を阻んでいる。

 石壁の真ん中に、両開きの大きな門。当然、しっかと閉ざされている。

 壁の向こうには、これも石造りの灰色の太い角塔が、傲然とそびえ建っていた。

 塔の左右には張り出し窓が備わっている。見張り用の望楼かな?

 関所というか……要塞だこれ。

 門の周りに人影はない。

 けれど、壁の向こうは、やけにざわついていた。

 複数の足音が駆け回り、がらごろと石臼を引くような音とか、やかましい金属音とかが、あっちこっちで響いている。

 なにか大声で呼び合っているような様子もうかがえる。

 どうも、こっち側ではなくて、要塞の反対側で、なんらかの異変が生じているっぽい。

 とりあえず、わたしは門の前まで歩み寄って、辺りを眺め渡してみた。

 高い石壁は、街道を塞ぐばかりではなく、森のほうまで、延々と続いている。

 わがアルカポーネ領の、形ばかりの境界線とはまるで違う。かなりガチな防壁として設置されてるみたいだ。

 これを迂回するのは、ちょっと時間が掛かりそう。

 ……ならば。

 わたしは、呪文を詠唱した。

『浮遊』

 魔法が発動する。

 たちまち、わたしの身体は、ふわりと宙に浮き上がった。

 そう、これは以前、制御に失敗した魔法だ。

 効果は、「対象に掛かる重力が反転し、真上に浮きあがる」というもの。

 本当に、ただ真上に浮くことしかできない。それだけの魔法。

 高度は、制御の術式を付与することで任意に調節できる。

 以前のわたしは、その制御方法を知らなかったので、天井に激突する羽目になったのだけど。

 けれど今のわたしは違う。かの『応用魔術大全』全六十巻を読破し、あらゆる魔法の運用法を学んだ。

 当然『浮遊』の魔法だって、思うように使いこなせるようになっている。

 だいたい高度五十メートルくらいまで上昇し、ぴたりと止めて、浮遊状態を維持。

 見渡せば、視界一面、明るい月と、宝石のような星々の連なりが広がっていた。

 キレイ。まるで夢のような光景……。

 とか思ってたら、いきなり、下から強い風がびゅうびゅうと、全身に吹き付けてきた。うわー、ワンピースがっ! めくれるうー! おヘソ丸出しー!

 あ、いやー、誰も見てないだろうから。ここはもう、あえて気にしなくていいや……。

 それにしても、ちょっと、上がりすぎたかも。眼下、四角い壁に囲まれた要塞の、ほぼ全景を眺めおろせる。

 ふむふむ、規模はかなりのもの。千人くらいは常駐できるだけの設備がある。様式は石造の平野城をさらにシンプルにしたような構造。濠は無く、吊橋などもない。防御力よりは、拠点機能をより重視した城砦、ってとこかな……。

 なんて、このへんは領館書庫にあった史料本の受け売りだけどね。お城や砦にも、いろんな様式があるんだなあって、興味深く読ませてもらってたよ。

 で、いまこの要塞を上から眺めるに、アルカポーネ領側の門には、ほとんど人員も配置されてない。

 問題は、反対のガルベス領側。

 そっちの門に向かって、いま、要塞内の各所から、兵隊らしき人たちが、どんどん集まってきている。

 さらに、門壁の向こう側にも、真っ黒い人だかりが整列している様子。

 こんな夜中に、なんの騒ぎだろう?

 気になるけど、よその土地の騒動に、無闇に干渉すべきじゃない。

 さっさと、この要塞を飛び越えて、先に進もう。






 いま使用中の『浮遊』魔法は、ただ宙に浮くだけの効果しかないけど、これに加えて……。

 わたしは、新たな呪文を詠唱する。

『突風』

 この魔法は、文字通りの突風を、目標めがけて吹きつける魔法。せいぜい小石を吹き飛ばすくらいの威力しかないけれど、それで十分。

 発動直前――ここでちょっと応用魔術による工夫。

 魔法の発動点を、わたしの背後一メートルほどに設定する。そこから『突風』を当てる対象は、わたし自身だ。

 発動と同時に、ドン、と、強めに背を押される感覚とともに、わたしの身体は、前へ前へと、吹き流されはじめた。

 こういう具合に、複数の魔法を組み合わせ、さらに応用の工夫をこらすことで、一応、空を飛ぶことが可能だ。これこそ応用魔術の真髄。

 ……欠点もあるけどね。

 だいたい七十メートルあたりが『浮遊』の限界高度。それ以上は無理。

 そして、魔力の消費が半端じゃない。たった五分間、宙に浮き続けるだけで、魔力消費量は『獄炎』一発分を超える。エネルギー効率は最悪といっていい。

 だいたい二十分も浮いてると、わたしでも魔力切れを起こして、ぶっ倒れてしまうだろう。とても、自由自在とはいかない。

 使うべき場所やタイミングは、きちんと考えたうえで、使いこなす必要がある。常用には向かない技術だ。

 さて、そうしてわたしは、要塞の上空を飛び越え、本格的にガルベス領内に入った。

 要塞の門あたりでは、何百人という兵隊さんが列をなし、篝火をたいて待機中のようだ。そこへ、要塞内から新たな隊列がやってきて、どんどん合流していってる。

 おそらくだけど、ここで夜明けまで待って、どこかにお出かけしようとしてるのかな。

 兵隊さんたち、みんな鎧を着て、完全武装してる。

 相手はモンスターか、それとも盗賊のたぐいか……。いずれにせよ、こっちから干渉すべき理由はない。

 わたしはあえてスルーを決め込み、兵隊の列の遥か頭上をふわふわ浮遊し、通り過ぎた。

 ……そろそろ、いいかな。

 次第に高度を落とし、要塞から二、三百メートルほど離れた街道上に、すたっ、と着地。

 地面の感触に驚いた。

 この道路。石を敷き詰めて、がっちり、キレイに舗装されてるよ。

 これなら、サスペンションのない馬車だって、スムーズに走れるだろう。

 わがアルカポーネ領の道路とは、えらい違いだ。おカネ持ってるんだなー、ガルベス子爵家って……。





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