わたしは、街道を塞ぐ木門のそばまで駆け寄り、足を止めた。
真夜中なので、当然のように門はしっかと閉ざされ、歩哨の姿も見えない。たぶん、門の脇の丸太小屋で、寝てるんだろうな。
門の左右は、高さ五メートルくらいの塀になっている。といっても、せいぜい三、四十メートルほどの全長しかない、ほとんど形ばかりの境界だ。街道を外れて、塀を迂回して先に進むことは容易。
ではなぜ、こういう関所があるのかというと、ここはアルカポーネ領内での移動を期限付きで保証する通行手形を、有料で発行して貰う場所なのだ。
なにせフレイア王国って、中世レベルの封建制だから。ごく一部の職業・立場の人たちをのぞいて、平民の自由移動は原則、制限されている。領民の流出を防ぐためにね。
そんな事情で、他領から来た平民は、ここで手形を買わないと、ハイハットにもリュカにも入ることが許されない。貴族は別だけど、それでもまったくフリーパスというわけにはいかず、最低限の手続きは必要になる。
でも。
わたしには『認識阻害』がある。こっそり越境などお手の物。
木門の右側の塀に沿って、とてとて歩き、ぐるりと塀を迂回して、街道へ戻る。これで、誰にも気付かれることなく、あっさり門の反対側に辿り着き、アルカポーネ領の外へ出られた。
出たからといって、すぐに何か変わるわけではないのだけど。
いま、わたしの行手に広がっているのは、ゼレキナの森といって、ゲーム「ロマ星」では、移動可能範囲の一番端っこの森林地帯だった。
つまり、あの森から先は、かつてゲーム内で歩き回り、飛びまわった土地。
すでに、アルカポーネ領の外へ出た。いよいよ、これから「ロマ星」の舞台へと踏み込むことになる。そう思うと、いやがうえにも心は躍る。
いざ往かん、聖地へ。
足取りも軽く、わたしは再び駆け出した。
街道は、森のど真ん中を突っ切るように、はるか南へと伸びている。
相変わらず舗装されてない砂利道だけど、こんな森林の只中に、馬車が通れるほど広い道が整備されているというだけでも、じゅうぶん驚くべきことだ。
リュカの領館書庫で読んだ資料によれば、ゼレキナの森は、太古、「森の民」と呼ばれる異形の人々が都市を築いていたという。
すでに都市は滅び「森の民」も絶滅してしまったが、彼らが用いていた道路や建築物などの遺構は、現代にもある程度、残っているのだとか。
いまわたしが駆けているこの道も、かつて「森の民」が切り拓いた道路を、いまから百二十年ほど前、ハルワード・ガルベスという人物が再整備し、南北の街道に繋げたといわれている。
このハルワード氏が、わがアルカポーネ子爵家のお隣さん、ガルベス子爵家の始祖だという話だ。
そのガルベス子爵家、ゲーム「ロマ星」では、現当主のキシールという中年貴族が、ワンシーンのみ登場する。ルナちゃんがこの地方の冒険者組合から隊商の「護衛依頼」を受け、その達成後に、隊商からの積み荷を受け取る荷主、という立場で。
キシール氏は、ごつい体格の、おヒゲのおっさんで、子爵様というより大工の棟梁といったほうが似合いそうな、貫禄のある見ためだったな。たったワンシーンなのに、やけにインパクトの強い顔面だったので、わたしもよく覚えている。
この冒険者クエストでは、護衛の道中、盗賊の襲撃という、強制戦闘イベントが必ず発生する。レベル1でも勝てるぐらい弱い敵なので、何の問題もない。
その後、キシール氏とルナちゃんが顔を合わせたとき。
キシール氏はため息まじりに「自分には一人娘がいたが、幼くしてこの世を去ってしまった。生きていたら、きみと同じくらいの年頃だっただろう」とルナちゃんに語る。キシール氏の出番はこれだけ。
キシール氏の一人娘……ガルベス子爵令嬢ダイアナは、五歳の頃、母親とともに馬車で移動中、凶悪な盗賊の襲撃に遭い、母子ともども惨殺された。この悲劇を、後にルナちゃんは冒険者組合の関係者を通じて知ることになる。
ここまでに「イケメン三人がパーティー加入済み」という条件を満たしていると、フラグが立ち、ガルベス子爵領の冒険者組合に、「盗賊団の殲滅」という新たな依頼が出現。ルナちゃんと攻略対象イケメンズ、組合の冒険者たち、さらに領主の軍勢、総勢六十名以上による一大殲滅作戦が展開され、見事、ガルベス地方に平和がもたらされる。
あ、ルナちゃんは原則として人殺しはしないんで、盗賊さんたちも殺さないけどね。せいぜい杖で殴り倒して、さらに顔が原型をとどめないぐらいボッコボコにするぐらいで。
この盗賊殲滅作戦、依頼主はキシール氏だった。クエスト達成後、とくに目覚ましく活躍したルナちゃんに対して、そのキシール氏からの謝礼として、報奨金とともに『転移魔術の書』が贈られる。
これ以降、ルナちゃんは『転移』魔法を修得し、いわゆるファスト・トラベルが可能になるのだ。
……というのは、あくまでゲームの話なわけだけど。
もしガルベス子爵領が、ゲームの通りの内情だとすれば、いままさに、盗賊団が領内を跋扈している危険地帯なわけだよね、ここって。
いや、わたしには『認識阻害』があるから。たとえ盗賊さんたちとばったり出会っても、あちらは、わたしに気付かないだろう。問題なくスルーできるはず。
なにより、盗賊退治は、将来、ルナちゃんがやるべきクエストだ。
よその領地の問題でもあるし。わたしは余計な手出しをすべきじゃない。
……と、思ってたんだけどなあ。このときは。