目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
#033


 わたしの弟は、マークスと名付けられた。

 フレイア王国の貴族は、基本的に男子が家督を継ぐ。そういう法があるわけじゃなく、昔からの慣習として。

 男子の跡継ぎがおらず、養子も取れず、やむなく長女が家を継いだ……という例が、一応過去にあるにはあるけど、きわめて稀なケースだとか。

 つまりマークスこそは、わがアルカポーネ子爵家待望の跡取り息子。それだけに両親の喜びもひとしおだ。

 父の『大治癒』がよほど効いたのか、マークスは、それはもう健康な赤ちゃんで。

 同じく『大治癒』を浴びまくってしまった母も、マークスに負けないぐらい急回復を遂げ、もう元気に動き回っている。

 父は再び育休を取って屋敷に詰めており、すっかりイクメンになっていた。わたしのときと同じだ。

 もちろん、エイミを除く使用人の方々も総出で、手厚くマークスのお世話にあたっている。

 で、わたしとエイミは、ちょっと蚊帳の外っぽい立ち位置。

 でもいいんだ。

 マークス、もう、めっちゃくちゃめっちゃくちゃ、かわいくてかわいくてかわいくて仕方ないもの。

 よく泣く子だけど、わたしが、顔の前に、ぴっ、て人差し指を出すと。

 ぴたっと泣き止んで、わたしの指をじーって眺めてから、小さな手で、わたしの指を、きゅって握る。そんで、にこーって笑うんだよ。

 もうもう、愛おしくてね!

 マークス、わが弟くん、生まれてくれてありがとうねって、心から言っちゃったよ。

 あと、エイミは、弟くんが生まれた後も変わらず、わたしの身の回りのお世話を焼いてくれている。

「あたしはシャレアさまの専属ですから。おまえは自分の主から目を離すなって、お館様からも奥様からもいわれてるんです」

 だそうで。

 そんなエイミ、実は、家令のイケオジことルーシャンさんに、ひそかに想いを寄せていることを、わたしは知っている。

 まだぴっちぴち十代後半のエイミと、初老のルーシャンさん。親子ぐらい年齢は離れてるんだけどね。エイミってそういう趣味なんだなー。

 いえわかりますよ、寡黙かつ気遣い完璧なイケオジ紳士に憧れる、年若いメイドさん。

 なかなか先が楽しみな状況じゃないですかこれは。ルーシャンさんって、奥さんに先立たれてて、いまは独り身だそうだし。

 もちろん、わたしは一切干渉しない。ドキドキワクワクしながら、状況を見守るばかりだ。

 ただ、今はマークスが生まれたばかり。ルーシャンさんも忙しくて、エイミに構ってる暇はなさそうだけどね……。






 そんなわが家。マークスが産まれて、子育ては大変そうだけど、両親は、以前にもまして幸せそうだ。

 わたしも、その幸せの輪のなかにいる。

 夕刻。

 今日のマークスは、とってもご機嫌だった。

 そんなときは、わたしも、両親も、自然に笑顔になる。そんな穏やかな時を、わたしたち家族揃って過ごしている。

 母の胸で、やけにお澄まし顔なマークスを眺めていて、ある光景が、脳裏に浮かんだ。

 わたしの「最推し」カップル。

 ルードビッヒとポーラ。

 あの二人が、ゲームのような悲劇に見舞われることなく、順当に結ばれたなら。

 いつか、その幸せの先で。

 二人にも赤ちゃんが、生まれるかもしれない。

 それはきっと、いまわたしが見ているマークスと同じくらい、かわいい赤ちゃんに違いない。間違いない。

 いやそれ絶対可愛い。もうそんなの絶対めっちゃくちゃ可愛い!

 見たい!

 見てみたい!

 ルードビッヒとポーラの幸せな結婚。まず何より、それを見てみたい。

 そして、生まれてくるのは、珠のように愛らしい御子!

 その御子を胸に抱くポーラっ! 寄り添い微笑むルードビッヒィィィ!

 なんてなんて尊い絵面なの! 絶対見たいじゃないですかそんなの!

 ……などという妄想を、マークスを眺めながら、つい脳内で思い描いていた。

「ぷぇ?」

 マークスが、母の腕に抱かれつつ、ちょっと不思議そうな眼差しを、わたしに向けてきた。

 あー、いやいや、おねえちゃん、べつに不審者じゃないからね? ちょっと幸せな妄想に浸ってただけですからね?

 などと内心で言い訳しつつ。

 ……そうだ。わたしは「最推し」たちに、そんな幸せな未来をもたらしたい。そのために、力を求めて、駆けずり回ってきた。

 そろそろ、修行を再開すべきかもしれない。

 なにせ、まだルードビッヒの死亡ルートを、たったひとつ、潰せただけ。前途はまだまだ多難だ。

 喫緊の課題として、魔法運用の習熟という目標がある。『応用魔術大全』は読破したけど、まだそれらの内容を実践、検証していないので。なるべく早めに着手すべきだろう。油断してると、時間はあっという間に過ぎてゆくのだから。

 具体的には……まず、王国南方、ペスカレ地方にある中級ダンジョンの攻略。

 そのダンジョン内にて、各種魔法の検証実験を行いつつ、最下層を目指す、というのがよさそうだ。

 ゲーム「ロマ星」では、その中級ダンジョン最下層で、とあるアイテムが入手可能だった。

 金竜の卵、という。

 名前そのまんまであり、ゲームではそれを入手後、ルナちゃんが愛情込めてお腹で数日温め、金竜の雛を孵す、というイベントが発生する。

 この赤ちゃん金竜、プレイヤーが任意に命名することができる。デフォルトネームはソル。太陽ってことかな?

 ソルは、ルナちゃんの「月の聖女」の法力で急成長を遂げ、わずか十日ほどで立派なドラゴンとなって、主であるルナちゃんを背に乗せ、自在に空を飛びまわる。以後、ルナちゃん一味の移動手段として活躍するようになる。

 このソルの入手は、ラスボス「闇星の魔神」戦における勝利条件のひとつであり、トゥルーエンド到達のためには絶対に外せないイベントとなっていた。

 この世界で、ゲームと同じイベントが発生するかどうかは未知数。

 そもそも、わたしはルナちゃんじゃないしね。仮に金竜の卵を見つけても、あえて触れないほうが無難だろう。

 ただ、他にも中級ダンジョンには入手可能アイテムがある。わたしは、そちらを目的にしたほうがよさそうだ。

 よし。

 そうと決めたら、さっそく今夜から、行動を始めよう。

 まずはアルカポーネ領を出て、南を目指さないとね。しかも徒歩というか、走って行く以外、移動手段はない。

 わがアルカポーネ領は王国中北部。ペスカレ地方は王国のほぼ南端。

 これは長い旅路になりそう……。





コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?