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#032


 五歳になった。

 マルボレギアを倒し、ダンジョン最下層で「因子」ちゃんと出会った後。

 わたしはなるべく外出を控えて、もっぱら、かの『応用魔術大全』全六十巻の読破に集中した。

 昼間は、屋敷で気楽な幼児として過ごしつつ、夜はリュカの領館書庫へ転移して読書。この世界の魔法の奥深さと楽しさに、わたしはすっかり夢中になっていた。

『応用魔術大全』全巻を読み終えた頃には、もう五歳の誕生日も近付いて、身体もそれなりに成長していた。まだまだ幼児だけど。

 魔法運用の理論はすべて頭に叩き込んだ。

 あとは実践あるのみ。

 だけど、この近辺で、無闇に暴れ回るのは考え物だ。どこに人目があるかわからない。またレッドデビル騒動がぶり返さないとも限らないし。

 それと、この書庫の蔵書って、あらゆるジャンルを網羅してて、まだまだ面白い本が多い。なんなら、ここにある本、全部読んでしまいたい。

 そんな事情から『応用魔術大全』の読破後も、まだ書庫で本漁りを続けている。

 たまーに読書に飽きたら、また『認識阻害』で透明人間と化して、夜のリュカを、ぶらぶらお散歩したりもする。

 ……ここ一年近く、わたしの日常は、そんな感じで過ぎていった。

 この時期までに、わがアルカポーネ領内では、いくつか大きな出来事があった。

 まず、リュカの民家の地下にて、父の直接指揮による大規模な摘発が実行された。

 そこは、邪教団として王国全土に悪名とどろくカタリナス教の支部であり、地下のアジト内には、召喚石の製造プラントが設けられていた。

 それらの事実を告発した人物の詳細は不明となってるけど、実は、わたしだ。

 夜中の「お散歩」中に、本当にたまたまアジトの存在を探り当ててしまい、領館にこっそり匿名のお手紙を送って、あとはすべて父におまかせした。

 ついでに、教団の召喚石がハイハット襲撃事件の原因であることも、さりげなく書き添えておいた。

 この事件後、召喚石の存在やその詳細は、一般には公表されなかった。おそらく父がそう判断したのだろう。正しい判断だと、わたしも思う。

 下手に情報を流して、そんなものを欲しがったり、自分でも作ってみよう、なんてお馬鹿……いや困った輩が出てこないとも限らないから。

 新聞記事には、カタリナス教が反乱を準備し、危険な違法物品を生産していた、という具合に書かれていた。

 ともあれこれで、ハイハット襲撃事件以来、何かと騒がしかったアルカポーネ領も、どうにか安寧を取り戻した。

 ハイハットは、一時は廃村案も囁かれていたものの、カタリナス教のアジトが壊滅し、最大の懸念だったモンスター再出現の可能性はなくなった、との判断により、もとの場所に村が再建されることになった。

 もう現地での作業は始まっている。これについて父は「いやー、大赤字だなぁ。今度の借金は、どこに頼もうかな」と、まるで他人事みたいに、のんびり語っていた。いや、のんびり語ってる場合じゃないと思うんだけど。

 それで母のほうは「心配いりません。また兄にかけあってみますよ。アタシが頼めば、嫌とはいわないでしょう」と、やけに自信ありげに応えていた。なんか実兄の弱みでも握ってるんだろうか、うちのママは。

 なお、この頃には、母は懐妊していて、もうだいぶお腹が大きくなっていた。

 そして、わたしの五歳のお誕生日。

 近隣からお客様を招いて、屋敷でささやかなパーティーを開いてもらった。

 わたしの社交界デビューはまだ先の話なので、基本的に身内のみで、お祝いをするということらしい。

 母の実家である騎士家の人たち……母に弱みを握られてるらしき叔父様とか、その他、わたしがよく知らない親戚の方々も、ちらほらと、おいでになられた。

 母は身重なのに、張り切ってお料理に腕を振るっていた。なんというかもう、肝っ玉母さんの歩く見本みたいな人だ。

 パーティーには同年代の親戚の子供たちが三人来てて、初めて顔合わせをした。

 みんな素直で、いい子たちなのだけど、どうも話が合いそうにない……。

 わたし、中身はいい年のお姉さんだしね。さすがに本物のお子様方と同じ目線で語るのは無理筋というか。

 どうしても、子供たちのお世話をする大人としての態度で接してしまって。

 同い年のはずの親戚の女の子が目をキラキラさせながら「おねえさまって、よんでいい?」とか言ってきて、困惑させられる一幕もあった。

 親戚の子たち三人は、もともと顔見知りらしくて、とても仲がよかった。男の子二人に、女の子ひとりという組み合わせ。

 これは将来、さぞや尊い絵面が見られそう、なんて、つい想像して息が荒くなってしまったり……。

 いえ、ですから、変態じゃないですよ? これくらいの妄想、誰だって普通にしますよねえ?

 そんな賑やかなお誕生日も過ぎて。

 母が、元気な男の子を産んだ。

 わたしに、弟ができた。

 前世にもいなかった、血の繋がった弟が、初めて、産まれてきてくれた。






 出産直後は、母子ともに危険な状態だったようだ。

 この世界、新生児の死亡率は高い。文明レベルが近世くらいで、医療技術の発達が遅れているので、そこは仕方ない。

 ただし、この世界には魔法がある。

 わが家の場合、なんといっても父がいる。

 助産婦から、出産直後の状態を聞き取ると、父はすぐさま、まだ分娩台に横たわる母と、生まれたばかりの息子に、治癒魔法の上位版である『大治癒』の魔法を連発し、見事、貴重なふたつの命を救った。

 ただ、直後に父は魔力切れを起こして、丸一日、昏倒してしまった。

 そりゃ、いくら焦ってたからって消費魔力の大きい『大治癒』を二十回以上も発動させたら、そうなりますって。

 それほど父も必死で、なりふり構わなかったってことだね。

 まさに、愛のなせるわざ。

 わたしは、そんな父の行為のエモさと尊みに打ち震えつつ、ひとりベッドで奇声をあげながら、ごろんごろん転がっていた。

 いえだから、変態じゃないですってば。





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