わたしの脳内に語りかける、かわいい声の主。
仮に、「声ちゃん」と勝手に呼んでるけど。
その本体は、豆粒より小さな金の光球だった。
いまは、召喚石の魔力を取り込み、わたしと同じくらいの背格好の、金色に発光する人型の何かと化している。
(あー……そっか。ちょっとだけ、思い出したよ)
いったい何者なのか、という疑問への答え。
(あたしはね。いんし、なの)
いんし。
とは何ぞ?
印紙、なわけはないし。
もしかして、因子……かな?
因子とは、超ざっくり言うならば、何らかの現象や状況を生じさせる原因、もしくはそれらの原因となる物質、物体のこと。
(うん、それそれ! あたしはね、この世界の、因子のひとつ、だよ。……たぶん)
たぶんって。
この世界の、因子。
さきほどの意味に当てはめると、この世界という「現象」を生じせしめる、原因物質。
なんか、物凄いことを、さらっと言っちゃってるような。
それって、神様ってことでは?
(んー? ちがうよ。この世界に、神はいないから)
えええっ? そうなの? この世界、神様いないの?
あー、でも、わたしが転生する直前、アナーヒター様が言ってた気がする。
神々は下層世界に直接干渉できない……とか、なんとか。そういうことなの?
(それでねっ、よくわからないけど、いつか、あたしが、がんばらなきゃいけない時が、くるんだ。そのときまで、あたしは、じっくりチカラを蓄えておかなくちゃいけない。でも、あの悪いやつに、ジャマされて、こんなとこに閉じ込められちゃったんだ)
えーと。つまり声ちゃん改め「因子」ちゃんは。
いつか、その世界の因子ヂカラ? を発揮して、頑張る時が来る。それで充電中だったところを、あの悪魔マルボレギアが、妨害してきたと……。
(うん、ジューデンはよくわかんないけど、そんな感じ。たぶん)
そんな感じかー。
聞いてるわたしも、わかったような、わからんような、なんとも、ふわふわした気分だけど。
ともあれ「因子」ちゃんが、タダモノではない、ってことだけは、よくわかった。
(……おー。あたしも、あなたのこと、色々わかっちゃった)
え? わたしのことですか?
(こんな近くにいるとね。ぎゅんぎゅんって、伝わってくるんだ。あなたが、どういうヒトで、何がしたいのか。どこから来て、なんのために、この世界にいるのか。だいたい、わかっちゃったよ)
いえその、わたしなんぞ、そんなたいした者では……なんのかのと言っても、結局、趣味に生きてるだけの陰キャですから。それくらいは自覚してますから。
(うふふ。あなたがそういうヒトだから、あたしたち、出会えたんだと思うよ。たぶん)
そ、そういうものでしょうか……。
(あたし、そろそろ、おうちに帰るよ)
そっか。因子ちゃんを誘拐監禁していたマルボレギアはもう消えて、行動を阻んでいた壁も崩れ落ちた。自力で動けるだけの力も取り戻した。
なら、いつまでも、こんな辛気くさいところにいる必要はないよね。
(うん。全部、あなたのおかげだよっ! いまは、なんにもできないけど、いつか、もっと大きくなって、あなたに会いにいくから! そのときは、たくさん、たくさん、あなたに恩返しをするからね!)
おお、それは楽しみ! 恩返しといえば、定番は鶴……やっぱり、お嫁さん?
(あなたが望むなら、なるよ? お嫁さん)
いえ、冗談です。
(ほんと、おもしろいね、あなたって。また会えたら、いーっぱい、おはなし、しようね! やくそくっ!)
ええ。約束しましょ。
(じゃあねっ、ばいばーい!)
金色に輝く人型が、ぱたぱたと右手を振って、別れを告げてきた。
わたしも右手を振って応えた。
やがて、人型から、再び金色の光球へと姿を変え……びゅんっ! と、真上に飛んで、天井をすり抜け、消えてしまった。
行っちゃったかー。
われながら、なんとも不思議な経験をしたもんだ。
世界の因子のひとつ、ねえ。
ってことは、他にも、因子ちゃんみたいな子が、この世界のどこかにいたりするのかも。いずれ、そういう子たちとも巡りあう機会があるのかもしれないな。
……でも今は、帰ろう。
今夜は色々ありすぎて、さすがに疲れちゃったし。
わたしは、『転移』の呪文を詠唱した。
瞬時に目の前の情景が入れ替わる。
あー。疲れた。なんとか無事に、わたしのお部屋へ、戻ってこられた。
まず『暗視』『気配察知』『身体強化』『認識阻害』をすべてオフに。
魔力はともかく、体力的に限界近いみたい。『身体強化』を切ったら、一気に疲労が出てきた。
時刻は……わからないけど、まだ夜明けまでは、じゅうぶん間があるはず。
今日は、マルボレギアに苦戦したせいで、お気に入りのワンピースを、すっかり汚してしまった。
靴なんて、もうボロボロだ。
服は自分でお洗濯すればいいとして、靴はどうしよう。
明日、こっそり、リュカのお店に買いに行っちゃおうかな。あ、でもわたし、おカネ持ってない……それに、四歳児が一人でお買い物は、ちょっとハードル高いな。
もうこれは、父に新品をおねだりするほうが早いかも?
でも、そういう面倒なことは、明日考えよう。
いまは、すっごく眠い。
ささっとパジャマに着替えて、服と靴を箱に押し込み、ベッドへ潜り込む。
すぐさま、わたしは深い眠りに落ちた。
おやすみなさい……。
眠りの底で、また、声が聴こえていた。
これは夢だ。例の夢。
今回は声だけじゃなく、おぼろげに、情景も見えている。
具体的な場所とかはわからないし、人の顔の見分けもつかないぐらい、全てがぼやけてるけど。
(……どうだ?)
(今は、安定しています、モニタリングに支障はありません)
(ぐっすり眠ってますね。なんとも気持ちよさそうに)
(でも寝相が……お腹丸出しじゃないですか。風邪ひきませんかね)
(彼女は格別、頑丈ですから。そうそう体調を崩す心配はないでしょう)
(それで、原因はわかったのか?)
(いいえ……。マルボレギアを消去するところまでは、異常はなかったのですが)
(それはそれで、とんでもない話じゃないか?)
(まさか、あの世界では最強クラスの敵性存在を、あんな方法で倒すとは)
(裏技ってやつですかね?)
(いや。ゲームに、回復魔法がダメージになるなんて仕様は入れてない。演算でも、そんな状況は予測できていなかったからな。マルボレギアも、単なるイベントキャラとしてシナリオに組み込んでただけ。戦闘用のステータスなんて設定してないんだ)
(現実だからこそ、シミュレーターでは知りえない、我々にとって想定外の出来事も起こりうる、ってことか)
(問題は、その後ですよ。マルボレギアが消えた直後、強烈なジャミングが掛かって、一時的にこちらの『神眼』を封じられ、映像は砂嵐。モニタリング不能に陥りました)
(ジャミングの出所は不明。いかなる能力の影響によるものか、不明。偶然なのか、意図的な妨害なのか、それすらも不明……)
(そして、我々のモニタリングが封じられている間の出来事も不明。彼女がどこへ行き、何をしていたのか、すべて不明)
(映像が回復したら、もう彼女はベッドでスヤスヤ、ですからね……)
(本当に、何があったのやら)
ほー。そんなことになってたのか。
いや何が何やら、全然わかんないけど。話は聞こえてるのに、意味はさっぱり理解できない。
そういう奇妙なフィルターが掛かってるみたい。
ていうか、あれ、話し合いの真ん中にいるの、アナーヒター様だよね。
ぼんやりしたシルエットだけど、なんとなく判別できるよ。
ということは、これ、天国の神様たちの集まり、ってことかな?
(ともあれ……ジャミングの解析、及び『神眼』の再点検に取り掛かるとしましょう。今回は無事に済んだようですが、またいつ同じ事態に陥るか、わかりませんからね)
(承知しました)
(それで、第二次の介入については?)
(上から許可が下りませんでした。それに、彼女ほど第九世界に適応できる人材も、他に見つかっていません)
(そうですか……では、このまま彼女は)
(ええ。引き続き、彼女にすべてを託すしかありません。彼女にとっては、つらい選択を強いられることになるかもしれませんが……)
ちょっぴり儚げな声で呟くアナーヒター様。
彼女って誰のことだろ?
……そんな疑問とともに、情景は急速に薄れ、すべてが真っ白に溶けて、消えた。
深いところに沈み込んでいた意識が、また、泡のように、ふわりと浮き上がっていく。
これは夢。
目がさめたら、また全部忘れてる。
そういう夢だ。