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#031


 わたしの脳内に語りかける、かわいい声の主。

 仮に、「声ちゃん」と勝手に呼んでるけど。

 その本体は、豆粒より小さな金の光球だった。

 いまは、召喚石の魔力を取り込み、わたしと同じくらいの背格好の、金色に発光する人型の何かと化している。

(あー……そっか。ちょっとだけ、思い出したよ)

 いったい何者なのか、という疑問への答え。

(あたしはね。いんし、なの)

 いんし。

 とは何ぞ?

 印紙、なわけはないし。

 もしかして、因子……かな?

 因子とは、超ざっくり言うならば、何らかの現象や状況を生じさせる原因、もしくはそれらの原因となる物質、物体のこと。

(うん、それそれ! あたしはね、この世界の、因子のひとつ、だよ。……たぶん)

 たぶんって。

 この世界の、因子。

 さきほどの意味に当てはめると、この世界という「現象」を生じせしめる、原因物質。

 なんか、物凄いことを、さらっと言っちゃってるような。

 それって、神様ってことでは?

(んー? ちがうよ。この世界に、神はいないから)

 えええっ? そうなの? この世界、神様いないの?

 あー、でも、わたしが転生する直前、アナーヒター様が言ってた気がする。

 神々は下層世界に直接干渉できない……とか、なんとか。そういうことなの?

(それでねっ、よくわからないけど、いつか、あたしが、がんばらなきゃいけない時が、くるんだ。そのときまで、あたしは、じっくりチカラを蓄えておかなくちゃいけない。でも、あの悪いやつに、ジャマされて、こんなとこに閉じ込められちゃったんだ)

 えーと。つまり声ちゃん改め「因子」ちゃんは。

 いつか、その世界の因子ヂカラ? を発揮して、頑張る時が来る。それで充電中だったところを、あの悪魔マルボレギアが、妨害してきたと……。

(うん、ジューデンはよくわかんないけど、そんな感じ。たぶん)

 そんな感じかー。

 聞いてるわたしも、わかったような、わからんような、なんとも、ふわふわした気分だけど。

 ともあれ「因子」ちゃんが、タダモノではない、ってことだけは、よくわかった。

(……おー。あたしも、あなたのこと、色々わかっちゃった)

 え? わたしのことですか?

(こんな近くにいるとね。ぎゅんぎゅんって、伝わってくるんだ。あなたが、どういうヒトで、何がしたいのか。どこから来て、なんのために、この世界にいるのか。だいたい、わかっちゃったよ)

 いえその、わたしなんぞ、そんなたいした者では……なんのかのと言っても、結局、趣味に生きてるだけの陰キャですから。それくらいは自覚してますから。

(うふふ。あなたがそういうヒトだから、あたしたち、出会えたんだと思うよ。たぶん)

 そ、そういうものでしょうか……。

(あたし、そろそろ、おうちに帰るよ)

 そっか。因子ちゃんを誘拐監禁していたマルボレギアはもう消えて、行動を阻んでいた壁も崩れ落ちた。自力で動けるだけの力も取り戻した。

 なら、いつまでも、こんな辛気くさいところにいる必要はないよね。

(うん。全部、あなたのおかげだよっ! いまは、なんにもできないけど、いつか、もっと大きくなって、あなたに会いにいくから! そのときは、たくさん、たくさん、あなたに恩返しをするからね!)

 おお、それは楽しみ! 恩返しといえば、定番は鶴……やっぱり、お嫁さん?

(あなたが望むなら、なるよ? お嫁さん)

 いえ、冗談です。

(ほんと、おもしろいね、あなたって。また会えたら、いーっぱい、おはなし、しようね! やくそくっ!)

 ええ。約束しましょ。

(じゃあねっ、ばいばーい!)

 金色に輝く人型が、ぱたぱたと右手を振って、別れを告げてきた。

 わたしも右手を振って応えた。

 やがて、人型から、再び金色の光球へと姿を変え……びゅんっ! と、真上に飛んで、天井をすり抜け、消えてしまった。

 行っちゃったかー。

 われながら、なんとも不思議な経験をしたもんだ。

 世界の因子のひとつ、ねえ。

 ってことは、他にも、因子ちゃんみたいな子が、この世界のどこかにいたりするのかも。いずれ、そういう子たちとも巡りあう機会があるのかもしれないな。

 ……でも今は、帰ろう。

 今夜は色々ありすぎて、さすがに疲れちゃったし。

 わたしは、『転移』の呪文を詠唱した。

 瞬時に目の前の情景が入れ替わる。

 あー。疲れた。なんとか無事に、わたしのお部屋へ、戻ってこられた。

 まず『暗視』『気配察知』『身体強化』『認識阻害』をすべてオフに。

 魔力はともかく、体力的に限界近いみたい。『身体強化』を切ったら、一気に疲労が出てきた。

 時刻は……わからないけど、まだ夜明けまでは、じゅうぶん間があるはず。

 今日は、マルボレギアに苦戦したせいで、お気に入りのワンピースを、すっかり汚してしまった。

 靴なんて、もうボロボロだ。

 服は自分でお洗濯すればいいとして、靴はどうしよう。

 明日、こっそり、リュカのお店に買いに行っちゃおうかな。あ、でもわたし、おカネ持ってない……それに、四歳児が一人でお買い物は、ちょっとハードル高いな。

 もうこれは、父に新品をおねだりするほうが早いかも?

 でも、そういう面倒なことは、明日考えよう。

 いまは、すっごく眠い。

 ささっとパジャマに着替えて、服と靴を箱に押し込み、ベッドへ潜り込む。

 すぐさま、わたしは深い眠りに落ちた。

 おやすみなさい……。






 眠りの底で、また、声が聴こえていた。

 これは夢だ。例の夢。

 今回は声だけじゃなく、おぼろげに、情景も見えている。

 具体的な場所とかはわからないし、人の顔の見分けもつかないぐらい、全てがぼやけてるけど。

(……どうだ?)

(今は、安定しています、モニタリングに支障はありません)

(ぐっすり眠ってますね。なんとも気持ちよさそうに)

(でも寝相が……お腹丸出しじゃないですか。風邪ひきませんかね)

(彼女は格別、頑丈ですから。そうそう体調を崩す心配はないでしょう)

(それで、原因はわかったのか?)

(いいえ……。マルボレギアを消去するところまでは、異常はなかったのですが)

(それはそれで、とんでもない話じゃないか?)

(まさか、あの世界では最強クラスの敵性存在を、あんな方法で倒すとは)

(裏技ってやつですかね?)

(いや。ゲームに、回復魔法がダメージになるなんて仕様は入れてない。演算でも、そんな状況は予測できていなかったからな。マルボレギアも、単なるイベントキャラとしてシナリオに組み込んでただけ。戦闘用のステータスなんて設定してないんだ)

(現実だからこそ、シミュレーターでは知りえない、我々にとって想定外の出来事も起こりうる、ってことか)

(問題は、その後ですよ。マルボレギアが消えた直後、強烈なジャミングが掛かって、一時的にこちらの『神眼』を封じられ、映像は砂嵐。モニタリング不能に陥りました)

(ジャミングの出所は不明。いかなる能力の影響によるものか、不明。偶然なのか、意図的な妨害なのか、それすらも不明……)

(そして、我々のモニタリングが封じられている間の出来事も不明。彼女がどこへ行き、何をしていたのか、すべて不明)

(映像が回復したら、もう彼女はベッドでスヤスヤ、ですからね……)

(本当に、何があったのやら)

 ほー。そんなことになってたのか。

 いや何が何やら、全然わかんないけど。話は聞こえてるのに、意味はさっぱり理解できない。

 そういう奇妙なフィルターが掛かってるみたい。

 ていうか、あれ、話し合いの真ん中にいるの、アナーヒター様だよね。

 ぼんやりしたシルエットだけど、なんとなく判別できるよ。

 ということは、これ、天国の神様たちの集まり、ってことかな?

(ともあれ……ジャミングの解析、及び『神眼』の再点検に取り掛かるとしましょう。今回は無事に済んだようですが、またいつ同じ事態に陥るか、わかりませんからね)

(承知しました)

(それで、第二次の介入については?)

(上から許可が下りませんでした。それに、彼女ほど第九世界に適応できる人材も、他に見つかっていません)

(そうですか……では、このまま彼女は)

(ええ。引き続き、彼女にすべてを託すしかありません。彼女にとっては、つらい選択を強いられることになるかもしれませんが……)

 ちょっぴり儚げな声で呟くアナーヒター様。

 彼女って誰のことだろ?

 ……そんな疑問とともに、情景は急速に薄れ、すべてが真っ白に溶けて、消えた。

 深いところに沈み込んでいた意識が、また、泡のように、ふわりと浮き上がっていく。

 これは夢。

 目がさめたら、また全部忘れてる。

 そういう夢だ。





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